日本留学生に外国留学を勧める日本人

日本語会話の練習なのか?それとも何が目的なのか?がわからなかったが、とある場所で日本人女性と外国人(ベトナム)留学生がずっと会話している近くに居合わせてしまった。

途中で、この二人は英語での会話になっていたりとしていたが、優しい日本人女性らしく、彼の将来についてのアドバイスにあたっては、「学位を取得したい」という要望に、キッパリとドイツ留学を勧めていたので書いておく。

まず、彼女が日本で学位取得(修士・博士)しても、日本の大学に研究者として残れる可能性の少ないことを挙げていた。
次に、よしんば日本企業に就職することも、外国人には絶対的不利であると語っていたのである。

それで、どうしてドイツがいいのかといえば、第一に、学費が安いことを挙げた。
次に、ドイツならドイツ人からみた外国人の雇用に、大学も企業も日本よりずっと門戸が広いことを挙げたのである。

なるほど。

本人がどうしていま日本に留学していて、何を学んでいるのかをしらないので、深いことはここではいえない。

つまり、あくまで一般論として書けば、「高度外国人財」をいう日本政府の主張が、浸透していないのか?と感じただけでなく、もしや、「高度外国人財」に当該する外国人にも信用されていないのか?とうたがったのである。

それにしても、「少子」が話題になりはじめたのは、ざっと40年以上前のことで、わたしが20歳ほどの時分に、「超高齢社会」がセットであった。

このとき、同輩たちが他人事のように話すので、自分の年齢に40を足して記事を読まないのか?といったら、その場にいた全員が「自分たちのことだ!」とようやく気づいて認識を新たにしたのを記憶している。

にもかかわらず、文科省は大学設置基準を緩めて、どんどん新しい大学が設立されたのだが、いまからおもえばこれも「移民推進政策」として考案されたものだったのだろう。

それでも、学位を得るのにドイツより費用がかかるのは、どういうことなのか?

加えて、この議論にドイツの隣国、ポーランドが登場しない。

ベトナムはいまでも共産党が支配するけれど、彼らの「内輪の事情」から、中共とは仲が悪いがソ連共産党とは親分子分の仲だった。
それで、ポーランドを含むソ連圏には大挙して留学生を送り込んでいたのだが、「(自由体制への)体制転換」で、ひとりも祖国へ帰った者はいなかった。

祖国で、親族・親類たち縁者がどんな目にあったかの詳細はしらないが、何もなかった、ということはないだろうと推測する。

それで、ポーランドには結束力の高い強固なベトナム人コミュニティができていて、ワルシャワだけでも、すでに親子三代、10万人ほどの規模になっている。

ポーランドの大学は、全校が国立で、わが国のように「エセ国立」ではなく、しっかりとした国立だから、授業料は無料だし、入試=入校資格だから、大学に差がなく近所に通学する。

だから、よく日本のマスコミは、ワルシャワ大学を「ポーランドの東大」などとのウソを垂れ流すが、逆にポーランド人にとって「東大その他」という意味が理解できない。
学生が学校を選んで、そのために引っ越しをするようにみえるのも、「大学名」ではなく、「教授名」での選択をしているからである。

それだから、授業担当の教授ごとに、学校をまたいで履修することも、しっかり「大学卒業」単位として認定してくれるのである。
だから、学生たちは、「どこの大学を卒業したか」なる概念がなく、たんに「大学卒資格」としてとらえている。

むかし、今東光が、親友の川端康成が入学し受講していた東大の授業に「もぐり」で受講し、期末試験の成績がクラスでダントツのトップだった。
それで、「履修表」に君の名がどこをみてもないのはなぜだ?と教授に聞かれて、「もぐりの学生です」とこたえたら、教授が驚いたという逸話がおもいだされる。

ポーランドでは、むろん、大学運営の予算も国が面倒を見るので、わが国のようにケチくさく学校が営利企業になったかのごとくせせこましく自分で稼ぐことも不要である。
ハーバード大学の元学長が、『商業化する大学』を書いているが、真似なくともよいものを真似て、真似るべきを真似ないのが、日本の実態となっている。

だが、ただほど高いものはない、で、ポーランドの大学生には、履修届を出した科目の再履修(落第)は一科目でも許されず、そのまま放校=退学処分となる厳しさがある。

アメリカでは留学生(ビザ)での労働許可は降りないし、大学生がクラブ活動にうつつを抜かすことも、じつは困難なのである。
恐ろしい分量の宿題をこなさないと、単位取得は不可能だからである。

ポーランドの大学生の場合は、よほどの成績優秀者なら別だが、大多数がアルバイトに精を出すような余裕はなく、使える時間はすべて勉強にあてないと到底、卒業できないのである。
よって、ポーランド国民は「大学卒」資格に、おおいなる尊敬の念を抱いているが、残念なことに国内では就職先がないために、海外に出てしまうのが社会問題になっているのである。

そんなわけで、わが国の大学は、なぜか「ゆるゆる」で、入学さえできたら自動的に卒業できるようになっているし、戦後は特に「レジャーランド化」したのも事実である。

そうやって、卒業シーズンの華やかな衣装に身を包んだひとたちをみるにつけ、弱冠の阿呆らしさを感じるのはわたしの悪い癖である。

しかも、「校名」が学歴になる慣習があって、「学部」や「学科」ばかりか、「専門」についてほとんど不問という特徴がある。
この逆に質問されるのが、世界のふつう、なのに、である。

だが、すでにその世界の常識は、学部卒業=大学卒、では高度人材としては履歴書が寂しすぎて、就職もままならないのだ。
それで、冒頭のように「学位:修士・博士」についての相談になるのである。

つまり、あと何年かしらないが、わが国でも従来の「大学卒」だけで、国際的な勝負はままならなくなること必定という段階にきている。
これに気づかない、親世代の多数における鈍感さがすごいのである。

この意味で、上に書いた華やかな衣装の卒業生には水をさすが、「安泰とはいえない社会人スタート」の憂うつが、端からも見て取れないことに、気の毒な感情移入をしてしまうのである。

果たして、大学経営側も、目の前に迫っているはずのこの事態にどう対応するのか?の経営戦略すら見えてこないのは、もはや国立・公立・私学を問わず、全大学を支配下におさめた文科省によって、独自性を「やってはいけない」ことにされているとかんがえる。

この一点において、外国の大学の「自由さ」に敵わない構造となっているのである。

すると、わが国にやってくる外国人留学生とは、形を変えた若年労働候補でしかないのではないのか?といういつもの批判となることは、いがいにハズレではない。
かつてあった、「労働会」(貧しい学生の学費支援のため)だけの機能が、「大学」という看板の意味となる運命となり、とくにそれは現実の「Fラン」校の実態と合致する。

これが他人事ではないのは、将来、「Fラン」に限らずに、いま、「難関」といわれている大学にも上に書いた世界事情が影響して広くわが国でも波及するだろうと予想できるからである。

40年後を語るのに、自分の年齢に40を足すことができないひとたちが、大学経営なり、文科省の官僚となっているにちがいない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください