昭和の「悪書」を読んでみる

共産思想の啓蒙をやった図書で、あんがいと売れたのが、柳田謙十郎『労働者の哲学』(青春出版社、1962年10月)だ。

手元にあるのは、発刊から3年も経たない1965年7月時点で、「第18刷」となっているから、かなりの売れ行きだったろう。

前書きに「日本でもっともやさしい哲学書」と自負していて、巻末には『共産党宣言』からはじまる、次に読むべき資料のリストが丁寧にある。
懇切丁寧に初心者読者の成長を促す、よき(悪しき)アドバイスをしていることも、売れた理由なのだろう。

かんたんにいえば、ふつうのひとを共産主義者に改造するための啓蒙書であるから、これを読んで感銘などしようものなら、なんだか『マグマ大使』にでてくる「人間モドキ」のようにされてしまうのである。

この番組を観た当時のわたしは、豆腐屋の「がんもどき」と重なって、おでんにでてくるがんもどきはいっさい口にしなかった時期がある。

それにしても、「普茶料理」の数々の「モドキ」は、修行僧たちの異常なまでの食欲の裏返しを見せつけられる逸品たちだ。
京都宇治市の黄檗山・萬福寺でいただくものは、芸術的な「モドキ」である。

がんもどきは、どうやっても「がん(雁)の肉」にはならないが、共産主義に脳を侵された人間もどきには、解毒剤としての読書が効く。

そのひとつが、『学者先生戦前戦後言質集』(全貌社、1944年)である。
ここには31人が実名で挙げられていて、11番目に本書の著者、柳田謙十郎の名前がある。

なお、6番目に清水幾太郎があるが、このひとは最晩年にまた転向して、左右双方からの信用を失った。

清水の戦前と最晩年を「回帰」と評価するひともいれば、これらの中間期を「放蕩」というひともいる。
まるでハンバーガーのような評価だ。

役人の世界では川崎一郎アルゼンチン大使が書いた『素顔の日本』(二見書房、1969年)が「悪書」になっている。
それは、この本の「日本人そのものズバリ」の項冒頭に、「日本人の体型がひどい」と書いたことが原因で、なんと大使を解任されたというからである。

ときの外務大臣とは、愛知揆一(池田派から佐藤派に移る)のことで、佐藤栄作内閣であった。

川崎の本は、原著が英文なので翻訳書を読むことになる。

わたしが邪推するのは、日本人の体型がひどいことが大使解任の理由ではなく、真の理由はGHQを「征服者」だと批判したからであろう。

なお、退官後の著作には、『素顔の日本外交』(新潮社、1970年)、『サヨナラ日本 小説・裸の商社マン』(徳間書店、1973年)、『国際感覚入門 外国との差をつめるセンス』(徳間書店、1974年)などがある。

「悪書のおふれ」が国からあったのか?『素顔の日本外交』は、横浜市立図書館にも、神奈川県立図書館にも蔵書がない。
大手出版社の「新潮社」からの本なのに。

わたしの興味は、悪書の悪書たる所以であって、一世を風靡した柳田を、いまいかほどのひとが記憶しているのか?があるし、役所を追われた元大使の主張の中身を自分なりに評価してみたいのである。

なお、むかしの大使は天皇陛下の名代としての「偉さ」があった。

いまはかんたんに「大使」というが、正式には、特命全権大使(特別職国家公務員)である。
外務大臣が申し出て、内閣が任免し、天皇が認証するので、「認証官」ともいう。

そんなわけで、川崎一郎大使が解任されるには、上の手続きをもう一度踏むことにもなるのである。

いまなら、任命責任が国会で問われることになろう。

この意味で、川崎氏が残した書籍は、「悪書」という名誉がつきまとうのである。

こういった芯のあるひとが絶えたのは、学校教育ではいっさいふれないために、「国家観」を持たない学業エリートたちが国家運営をしていることにある。

それに、60年前にして失業の憂き目をもって、ますます「バカを見ない」ための国家間の欠如を「良」とする社会になったから、加速度が加わったようなものである。

一方の柳田は、1983年に物故した。

ソ連崩壊を見ずに旅立ったのは、本人にはラッキーであろうが、読者に大迷惑だけを残したのは罪深い。

わが国の労働運動が低迷していることには、柳田のような輩が書いたり吹聴した「思想の傷」が深いので、解毒に失敗したひとがたくさんいるからだろう。

新規加入がないのは、そんな毒に冒されたくないという自己防衛があるのだと推測できる。
しかして、これがまた、経営者を増長させる理由になるので、じつは柳田らの言動は、経営者のためになったのであった。

なるほど、ロシア革命の資金スポンサーが、ロスチャイルドやロックフェラーだったことの意味がわかるというものだ。

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