21日、2022年7月8日の安倍晋三前首相が暗殺された件で現行犯逮捕された、山上哲也(当時41歳)に、求刑通り無期懲役の判決がくだった。
本件の「闇」について、本ブログではいろいろと書いてきた。
残念ながら、納得できる説明がほとんどないままに、裁判が進行し、なんらの疑問・修正もなく判決に至ったのは、法治国家としての記念すべき「逝去日」となったといえるだろう。
この点で、教科書でおそわる1891年の「大津事件」から、大幅どころではない、しゃれにもならぬ事態となっている。
すくなくとも、大津事件では津田三蔵なる警察官(巡査)が斬りつけた「事実」がある。
それで、相手がロシア皇太子だったことで、ときの政府(第一次松方内閣)は「大審院(いまの「最高裁)」に執拗な圧力をかけたが、これを児島惟謙(こじまいけん)院長(愛媛宇和島藩出身)がはねのけて「司法権の独立」をはたした、とならうのである。
安倍晋三氏暗殺の場合、二度発射した山上の手製銃が凶器だと確定しているが、週刊文春2023年2月8日号における「疑惑の銃弾」にあるとおり、物理的に本当に発射されても適中することがありえないものが、全マスコミの「打ち消し記事」によって、「なかったこと」になっているのである。
むろん、山上の手製銃も、凶器として疑われることはない。
つまり、銃の性能と、上下左右の発射角度のふたつの「物理要件」に、重大な疑念がある事件なのである。
これに、犯行を否認しない、山上被告の「精神的な要件」が加わっている。
しかし、なんといっても、物理的要件の問題がきわめて重要であるのは、本人が殺意を持っていたとする事実があったとしても、実行ができるのか?にはなしが戻るからである。
殺傷力のない武器をつかった、では、犯行は達成されない当たり前がある。
疑念を異論として排除し、これを報じないのが「全社」にわたると、国民はみごとに騙される。
このわざとらしいマスコミの対応が、状況証拠にもなるのであるし、奈良県警の杜撰な対応と、ふたりの執刀医の真逆な見解もなにもが、山上犯人説だけに寄せられている。
そこで、22日に「安倍元首相暗殺の真相を究明の会」が奈良弁護士会館で記者会見を開いている。
ここで、会長の弁護士は、検察、山上被告の弁護人、それに裁判官が結託しているとの疑惑から、それぞれを告発する予定であると語っている。
このこと自体が、「わが国司法にとっての大事件」なのだ。
安倍氏との個人的な友情をつくったというトランプ大統領は、二度以上、「複数形をもちいた真犯人=やつら」について言及しているのである。
これはこれで、在京の大使館やらからの「極秘情報」の報告があったやもしれぬし、そういうことを思わせぶりにしているのである。
さらに、判決に関する「世界の報道」も、蒸し返しになるのを避けるがごとく、以上の疑念には一切触れていないし、暗殺からしばらくは、世界の指導者たちのおおくが「哀悼の意」をSNS発信していたのに、今般の判決に対するコメントがぜんぜんみあたらないのも、「ずいぶん(冷たい)」なのである。
なんにせよ、安倍晋三氏の弟子あるいは政治的な後継者と「いわれている」高市氏は、地元の奈良が舞台になった事件当時から本件には一切の言及がなく、「沈黙のひと」を貫いている。
このことも、わたしには、この人物の「仮面下の素顔」を想像して怖くなる原因なのである。

