その土地の美味いものを集めて、宿で部屋呑みする、というのもひとつの旅の贅沢だが安上がりな楽しみ方である。
静岡県の沼津は、かねてから「漁港」で有名だが、残念ながら「観光化」して久しく、駿河湾の海の幸を存分に味わう、ということは不可能になって久しい。
一番人気の「三色丼」とは、「マグロ、サーモン、イクラのせ丼」のことだから、どこにも駿河湾産の魚はいない。
これをしってかしらず、たいそう歓んでいる観光客をみるにつけ、大衆社会の誕生と観光客の誕生のイコールな関係がわかるのである。
それで、このひとたちは自分がふだん口にするモノにも無頓着(思考しない)だから、雰囲気にだけのまれることでも満足する。
これが、略奪的な観光業を絶滅させるどころか冗長させる原因なのである。
わたしは横浜市民なので、意識に薄くとも意識すれば「神奈川県人」ではある。
その神奈川県は、相模湾に面してはいるものの、かなり以前から「海の幸」を失って、ところどころにある「漁港」では、「観光漁業=たとえば観光・地引網」すら不可能になっている。
漁師が網にあらかじめ放り込んでおく魚すら、とれなくなったからである。
例によって、オリンピック方式なる日本独特の、早い者勝ちで漁れるだけとるやり方=乱獲、もさることながら、昨今では相模川水系などの「ダム」による水質汚濁で海が汚染されるメカニズムが原因ではないかともいわれている。
水は流れがとまって溜まると、自動的に腐るからである。
それが、伊豆半島の向こうにある駿河湾でどうなっているのかは詳しくしらないが、世界で駿河湾にだけしかいない名物の「桜エビ」がぜんぜんとれなくなってしまった。
そんなわけで、わが家で沼津を訪問するときは、飲食店なら「焼き鳥」をメインに訪問先を検討する。
だが、部屋呑みならば、JR沼津駅南口横にある、「沼津アントレ」こと「JR沼津駅ビル」にある、名産店街での老舗練り物専門店の「カレー・ボール」がまずはゲットの対象であった。
今回、久しぶりに訪問したら、なんと東京の高級スーパーチェーンが堂々の入居中で、「名店街」の消滅をみたのである。
たしか、このカレー・ボールは、沼津市商工会の絶賛推奨品ではなかったか?
つまり、沼津市商工会が東京の高級スーパーに負けたのである。
決めたのは、大家である「JR東海グループ」なのだろう。
そのむかし「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンを必死でやっていた国鉄のDNAを微塵も感じさせないのは、別に「東海」だけではない。
むしろ「国鉄」を悪の権化のように否定したのが「JR」なのだ。
ゆえに、駅舎の新築・建てかえに当たっても、旅の情緒を完全無視した、無機質な「ポスト・モダン」が大好きな、古い思想に凝り固まっている。
建築学会がそんなポスト・モダン思想の建築家を顕彰する体制も、責任逃れの設計者選定に貢献するメカニズムで、まったくダムの功罪と似ているのである。
あまりの衝撃に、急遽、部屋呑みから焼き鳥店での「呑み」に方針転換して、何度か利用している店の暖簾をくぐった。
精算時、カレー・ボールの話をしたら、大きく頷いて賛同を得たのには、沼津港にしか直営店がないことへの不満があるためだ。
なにせ、沼津人は沼津港へはほとんど行かない、からである。
別の老舗焼き鳥店の女将は、嫁入りして半世紀以上になるのに、一度も沼津港に行ったことがないと話してくれたことがある。
これは、横浜人にはわかりやすい話で、横浜市民は滅多に「みなとみらい地区」に行かないのとおなじなのである。
沼津の女将さんと共通の理由は、「用がない」である。
久しぶりに歩いた商店街も、少し前から比べても衰退が目立つ。
その割に、古い町並を形成していた商業ビルが解体されて、新築の工事が盛んなのは、何を建てるのか?と表示をみれば、「共同住宅」なのである。
どこに住宅需要があるのか定かではないが、これが「移民依存」だとすれば、ひとつの「世の末」をみているのであった。
なお、シブシブ、沼津港へ行って、カレー・ボールをゲットした。
このとき、沼津駅ビルの一番奥にもあるはず、と案内されたが欠品していたとおもわれる。
なぜなら、もしやとおもって鮮魚コーナー横の練り物冷蔵庫も確認したからである。