4月からはじまる、「青切符初導入」にかかわるとのことなので、初めて近所の小学校で開催の講習会に参加してきた。
対象は、4町内会の合同開催なので、おそらく万人単位になる人口がある。
念のため市の人口データ(令和8年2月住民基本台帳ベース)にあたったら、世帯数の合計は17,663で、人口は38,000人を超えている。
それで、参加者の合計が30人程度であったので、人口当たり参加率は0.8%程という低レベルで、見事な関心のなさ、であることがわかった。
この講習参加者のある高齢夫人の独り言は、「自転車に乗るのが怖くなったから、もうやめようかしら」であった。
かくゆうわたしも、同感である。
折りたたみ式の自転車は、マイカーの荷室に「サイクリング・コース」まで運んでから楽しむのが妥当だと感じたし、普段乗りのチャリンコにはここ数年乗っておらず、自転車置き場に放置しているありさまなのである。
なんにせよ、保守・修理が必要な状態である。
さてそれで、講習会の中で、講師の警察官が放った一言もなかなかに「味のある」ものだった。
それが、「法律がおかしい」なのである。
まさに、現場と法案を書く官僚の目線とのギャップ、ということだとおもわれる。
もっとも「変」なのは、いま消し込みに忙しい、「歩行者・自転車併用信号」があることを前提とした、「自転車横断帯」の存在で、このために、左側道路脇を走行してきた自転車は、車両のための信号機ではなく、上の信号機に従わなければならないばかりか、交差点を直進できず「横断歩道」の横に描かれている「自転車横断帯」に回り込む必要があることだ、という。
なんにせよ、自転車は「車両」にあたるので、基本は車道の左端を走行しないといけない。
来月1日からの「青切符」で、もっとも取締の件数があがりそうなのが、「止まれ」を無視(5,000円)したもので、それから、イヤホンの使用(5,000円)、車道の右側を走行する逆走(6,000円)が続き、手に持っての携帯電話使用は12,000円だ。
これらが同時なら、それぞれ加算して処分となる。
そんなわけで、警察庁も、「自転車ルールブック」(54ページある)を作って、珍しくも国民に向けて発信しているのである。
なので、しらなかった、とは言わせない、という意気込みだけは伝わってくる。
ところで、現場の警官がボヤくのをどうかんがえるのか?
わが国は、民主主義(=国会)が機能していない、ということのひとつの事象なのである。
「官僚制」にあたるが、わが国のばあい、マックス・ウェーバーの分類でいう、「家産官僚」の側にあることに注意がいるだろう。
なお、もう一方の分類は、「依法官僚」という。
家産官僚は、とある家の統治のために当主を補佐するものをいうが、江戸期の幕臣や各藩の家臣団はこれだし、明治になって「朝廷」に仕えるという方便に於いて、日本の官僚は「依法官僚」を装いつつもじつは「家産官僚」として、国家を私物化することを当然としてきたのである。
警察組織がどの国でも軍隊のごとく「階級制」を採用するのには、指揮命令系統が「上から」の一方通行を「合理的」とするからである。
対して、わが国の家長制的な民間企業では、あんがいと「双方向」であるし、ばあいによってはかなり「ボトムアップ方式」の下からの一方通行もみられたのである。
そこで、民主制では、国会議員から国務大臣(国家公安委員長)になる仕組みと、政府を動かす唯一の手段たる「予算」を国会で決めるやり方とを採用してきたのである。
つまるところ、警察官のボヤきの原因に、国会議員と大臣の「無機能」がかんがえられるのである。
すると、先代の国家公安委員長が、「地元」選出の議員だったことも皮肉っているように聞こえたし、現職も、神奈川県内の選挙区からの人物だから、神奈川県警の警察官の発言としては勇気があるといえる。
結局のところ、国家の介入が厳しくなることで、これは!とおもったら自転車から降りて、「歩行者」に変身すれば、「おとがめ無し」になるようになっているのである。

