結局のところ、トランプ政権2.0は、ヨーロッパの「再編」をやっている。
21日、ダボス会議2026年の年次総会にトランプ政権チームは300人という「団体参加」し、グローバル全体主義者たちを前に「徹底破壊的」な言動を押し進める痛快がある。
これを大批判展開する、23日付け日本経済新聞は、山上信吾元オーストラリア大使がいうように「読むに値しない」と自ら証明した。
ダボスの22日にトランプ大統領は、さらに第二国連と目される「平和評議会」を発足させたので、7日に発表した「国連脱退」の次のステップに入るスピード感である。
当然ながら、グローバル全体主義のプロパガンダ機関である日経新聞は23日付け別の記事で、「国連第一主義」を主張する「古さ」を披露しているようではあるが、このスピードについて行けないのがよほど悔しいのであろう。
これら一連の「反ダボス・セッション」を許可する、主催者たる世界経済フォーラムの側に何があったのか?
おそらく、彼らが散々ばら言っていた「多様性の要求」を順手にとって、拒否できない「合気道」で倒されたのだろう。
ずさんな屁理屈に、精密な理屈(=常識)で対抗する。
これも、ひとつのトランプ政権2.0による、得意の「いけず」なのである。
さて、東を意味する「アジア(古代アッシリア語の「asu」から)」に対して、西(日が沈む方向)を意味する「ereb」がヨーロッパの語源との説がある。
なんにせよ、狭い地域にさまざまな部族や民族がひしめいていたために、戦争が絶えないのもこの地域の特徴であったので、徐々に戦争のルール化がはじまって、それが「国際法」へと進化した。
なので、未来を描いた『1984年』における戦争は、計算からはじき出された「数」でもって、三つ巴の戦争被害を互いに「データ消去」することでの「実戦」からの進化をはかる思考になったとかんがえついたことに、恐ろしい合理性があるのである。
むろん、ここでいう「データ」とは、個々の国民の「生」そのものが数値になった世界をいう。
それで、国家がその「データ消去」をやりあうことの意味とは、互いの国民生存の監視システムの稼働による「平和」だというのである。
ところが現実は、「(国家)主権」という概念ができると、国際法はとたんに主権との争いになって、主権の上に国際法がある、という小説のようなわけにはいかなくなった。
その(国家)主権の源泉が、選挙による「民意」であるからである。
だが例外があって、徹底的なる敗戦の社会破壊で、連合国に占領施された日本とドイツは、連合国の決定=国際法との認識に強制・訓練されたので、(国家)主権よりも、選挙結果よりも、上、に国際法があるように条件付けられたから、国益そのものが何か?すら曖昧になったのである。
その勉強エリートが集合しているので、日経新聞のような主張がまかり通る異常が起きても、おなじく教育訓練された国民が気づかない。
『1984年』を書いたジョージ・オーウェルのごとく「先進的な発想」をしたのは、みな、英国人(『ユートピア』のトマス・モア、『タイムマシン』のH・G・ウェルズ、『すばらしい新世界』のオルダス・ハクスリー)であることにあらためて気づくと、かんがえたことは実行される法則との連関から、とっくのむかしに英国のヤバさが予告されている、ともいえる。
それが、保守党と労働党のグダグダで、大英帝国の末期には「福祉競争」による、「ゆりかごから墓場まで」を、両党が争って政権選択のテーマにしたのであった。
こうして、サッチャー政権の誕生までに、英国はとっくに社会主義国として破たんしたのであるが、サッチャーをしても「岩盤社会主義」を解体することはできなかった。
高福祉の甘い蜜に溺れた国民が、「民意」を発揮して、国家破たんの元凶たる高福祉をやめることができなかったからである。
それで登場した怪物極左のスターマー政権が、いまどきどんなに支持率が低かろうがたじろがないのは、英国をマルクス=エンゲルスが大英図書館で描いたとおりの理想的共産国家にするためである。
それが、トランプ政権2.0のアメリカと決別する覚悟でいることの、彼らなりの合理的帰結なのだ。
それだから、ロンドンの一等地、旧王立造幣局の広大な敷地に、アヘン戦争で痛めつけた国の末裔にあたる大使館建設許可となったのも、「英・中同盟」の時代になったことの目に見える現実である。
ところが皮肉なことに、「アメリア」という、英国内務省が製作した「思想教育用ゲーム:PATHWAYS」に登場する「悪役キャラ=反移民極右活動家」が、ネット上で大バズりして「われらがヒロイン」になってしまったのである。
政府の計画は失敗(裏目に出る)する、伝統的な自由主義の教科書的事例になった。
トランプ政権2.0は、英国の切り捨ては当然に、(西)ヨーロッパの切り捨ても意図しているから、双方での溝が加速度的に広がっている。
この現象が地図にあらわれて、グリーンランド領有問題になったのである。
だが、以上のことを念頭に、あらためて時系列をたどれば、ヨーロッパ(英国とEU)が先にアメリカに仕掛けていたことだとわかる。
ここにきてアメリカが内向きの「ドンロー主義」をいいだしたのは、そんなヨーロッパから追い出されたのがアメリカで、国家安全保障戦略にあるように引きこもることにしたために、東西の「経度」を棄てて、南北(アメリカ大陸)の「緯度」にこだわれば、自然とグリーンランドが地図にあるのだった。
「本国」のデンマークは、いまさらながらに「正統な領土」だとして、あたかも被害者づらをしているけれど、そもそもが、デンマークという国は「ヴァイキング」と切り離せない歴史があって、バルト海の入口にあることの戦略的位置づけは、やっぱり地図をみれば一目瞭然なのである。
内海たるバルト海の「外」にでては、イングランドやノルマンディー公国(フランス北部)にも軍事遠征し、征服者となったこともある、まさにヨーロッパの暴れん坊がデンマークだったのだ。
この歴史を、英国やヨーロッパのひとたちはしっている。
トランプ政権2.0のやり方は、いったん横暴な態度に出て、周りの反応を確かめると、徐々に現実適用する変化をみせるのが「パターン」になっている。
この点で、わが国周辺とは比較ならない「複雑さ」が、ヨーロッパにはあるので、北方領土問題とおなじ土俵でグリーンランドをみてはならない。
しかも、グリーンランドの先住民に対する、奴隷化、をデンマークはたかだか半世紀前まで、公然と行っていた闇もあるし、ナチス・ドイツに本国が占領されたときには、アメリカにドイツの手が及ばぬグリーンランド防衛と支配を、米国駐在大使の判断で「委託」していたのは、本国政府が消滅していた事情からである。
そんなわけで、6万人もいないグリーンランドの住民は、この「領有問題」をどうかんがえているのか?という、「民意」がとわれる当然があるけれど、だれも調べないのは何故か?ということが今後クローズアップされるのは必至だ。
はたして、「民意」はどこまでが有効なのか?という問題提起をしているのがトランプ政権2.0なのだといえ、それがまた、クリミア領有やウクライナ戦争のロシア側の主張と重なるので、おいそれと調べもしないし報道しないのがマスコミの悪知恵なのである。
ために、2026年のダボス会議に、トランプ政権2.0の重鎮たちが300人もこぞって参加し、グローバル全体主義に染まった聴衆を唖然とさせる発言を繰り返し、ナショナリズムの時代に振り子が振れているとアッピールしているのである。
こんな状況なのに、解散を決めたわが国の高市政権は、以上の動きに対応した言動をまったく発していないばかりか、選挙の争点すら提案がない。
まるで他人事なのは、トランプ政権2.0による、わが国政界再編の「あぶりだし」も、同時にはじまっているからなのである。
なぜなら、アメリカが「経度」ではないと宣言したことは、わが国の国家安全保障戦略の無理やり大転換をも意味するからである。
この意味で、公明党に吸収された立憲民主党の幹部たちの「安全保障上の発言」がコロコロ変わって定まらないのも当然なのである。
結局、「自主防衛」をするしか、選択肢がなくなったのである。

