『井伏鱒二自選全集』から、第五巻に収録の「駅前旅館」を読みたくて図書館で借りた。
文庫本に同じタイトルがあるけれど、「全集」でよかったのは、旅館を題材にした二作が露払いとして先に収録されていることにある。
それは、「掛持ち」(文藝春秋、昭和15年4月)と、「ある草案」(文藝春秋、昭和31年8月)の二作で、どちらも「駅前旅館」に通じる佳作である。
学校でテストの暗記対象となるのは、井伏鱒二・山椒魚・黒い雨、のセットであって、むかしなら半強制的に読むように指導されたが、いまはそんな「詰め込み」を否定しているだろうから、上の「セット」を暗記できるだけでよいという「詰め込み」になっているのかしらんとおもうのである。
個人での利用に限定することを前提に、かなりの書籍を三脚に付けた「ipad mini」のカメラで撮影し、それをOCR処理した上でPDF化し、さらにノートアプリの定番「Goodnotes」に放り込んで、これで「読書」するようにしている。
電子書籍なら、スクショからおなじ処理をしている。
こんな手間をかけるのは、「Goodnotes」に収録することで、書籍を超えた串刺し検索も、赤をいれた手書きメモも、みんな検索対象になるし、好きなページをアウトライン登録=自作の目次にできるので、一発で目的のページに飛ぶこともできる。
加えてわたしのipadには、「物書堂」さんの有料=優良・辞書シリーズをいくつか入れている。
毎年4月の新入生・進学時期になると、ありがたいことに「物書堂」さんは、年に一度の「大売り出し」をやってくれるので、電子版の辞書を購入するならこのときがチャンスなのである。
今年は、『精選版 日本国語大辞典』やら、『日本語シソーラス』なる、大型辞書を購入したいとかんがえている。
当然だが、電子版の辞書群なので、いったん端末にインストールしたら、オフラインでつかえるし、他の辞書との同時検索が可能でこれがすこぶる便利なのである。
これで、「Google先生」を検索する頻度がずいぶんと減る。
ときに、文化勲章の井伏鱒二だからというわけもないが、むかしの作家らしく、古い日本語が多用されているし、余程でなければいちいちルビも振っていないので、「読めない」、「意味がわからない」箇所が相当に登場するのである。
「駅前」の次に収録されているのは、『故篠原陸軍中尉』(新潮、昭和37年10月)で、徳冨(健次郎)蘆花の『寄生木』の原作者、小笠原善平の手記についての論考なのである。
作品内で、「篠原陸軍中尉」とあるのは、じっさいは、27歳で自決した小笠原善平氏のことである。
その人物が23歳(明治37年)で書いた乃木将軍夫妻へあてた口上が、いまのわたしにだってとても書けない立派なものであるから驚くしかない。
明治14年に貧しい東北の農家に生まれた人物の弱冠20代にしての教養レベルは、いまの後期高齢80代でも追いつかないだろう。
この退化はなんだ?
という感覚でもって、辞書検索をするのである。
なので、「漢和辞典」は必須だし、小型国語辞典ではぜんぜん足らないのである。
それゆえに、読書スピードはがぜん落ちるが、腑に落ちる。
こういう読書があったのか、と、デジタル時代に感謝しつつも、ぜんぶ手書きでやっていた時代の手記ゆえに大型辞書も手元になかったと想定すると、そのレベルの高さにただただ恐縮するばかりなのである。
これを残した徳冨蘆花もすごいが、それをまたダイジェストする井伏鱒二が文化勲章なのも、納得である。
蘆花は未受賞ではあるが、兄の徳富蘇峰は文化勲章なのだ。
わが国には、ダレス兄弟のごとき権謀術数に没頭したものは聴かないが、徳冨兄弟がいて、それがまた思想から袂を分かつところにもちがいがある。

