高市政権は気づかなかった

23日、高市首相の意向をうけた衆議院議長が、「解散詔書」を読み上げて衆議院は解散された。

はたして、ほんとうに「解散権」なるものは、首相だけの『専権事項=伝家の宝刀』なのか?という議論が、そのまま憲法論議になるのは、「日本国憲法」自体に権能者とその行為をおこなえる時期などの条件が「ない」からである。

それで、戦後で初の解散をした吉田茂は、憲法69条の「内閣不信任案決議」を唯一の理由にしていたが、二度目の解散時には、憲法7条を基にしたので野党議員が、「違憲訴訟」を起こしている。

対して、最高裁は憲法判断を「せず」に、国民の政治判断に委ねられる、と逃げたことで、あたかも「7条解散=首相の専権事項」になったのである。
ようは、書いていないのだから判断できぬ」ということであって、衆議院の解散と憲法は、そのまま国民の責任とされているのである。

つまり、「憲法とは何か?」という根本問題についての、基本的な知識を教育する義務が政府にあるけれど、それをやると国民が賢くなるので「やらない」のは、戦時に捕虜などの身分を定めた「ジュネーブ4条約」にある、国民への教育徹底義務をいっさいやらない条約違反状態でも平気でいるのとおなじ構造である。

それはまた、原発の安全性が「法」で確保しているからと、スリーマイル島原子力発電所事故の教訓からできた、「マニュアル」輸入を、経産省が阻止したことのようなのだ。

想定外は想定しない。

これは、古代「言霊」の思想であって、言葉にしたら実現するから「しない」、「いってはならぬ」、「書いても読んでもならぬ」となっていて、昨今の事情変更にもかかわらず、「核武装」の議論さえもしてはならぬという論と、まったくおなじ論理構造なのである。

つまり、わが国は21世紀にしてなお、「古代宗教国家」のままなのである。

そんなわけで、今回の「解散に至る経緯」を俯瞰すれば、高市首相は、すくなくとも昨年末まで、「解散」をかんがえていなかったとおもわれる。
世界の表層でおきた「事件」は、イランのデモが12月28日あたりから燎原の火のごとくになったのと、3日のマドゥーロ夫婦の拘束劇である。

むろん、この間に、高市首相と岡田克也衆議院議員とのやり取りからでた「台湾発言」による中共の反発にどうするか?がある。
なかでも、6日に発表された、「レアアースの対日輸出規制」は、強いトランプ政権2.0からの締付けに対する「弱い日本」へのあてつけ制裁と理解すればいいだろう。

だが、これは日本経済には「痛い」どころではなくて、「失神をともなう激痛」となろう。

ようは、ここでの「解散」は、国内事情よりも世界情勢への対応に、石破政権で少数与党に落ちこんだ状態の巻き返しをしないと、対抗できない、といった発想がわいたのだと思われる。

しかし、昨年12月5日(日本時間)の、トランプ政権2.0が発表した、「アメリカ合衆国国家安全保障戦略」に、高市政権が無反応だったことの重大さをいいたいのである。

ようは、上に挙げた昨年暮れからの一連の出来事は、このアメリカ合衆国国家安全保障戦略に影響されていることはまちがいない。
その「戦略」に従って、22日、ダボス会議に300人もの団体参加したトランプ大統領は、なんと、グローバル全体主義者を前に、「平和評議会=第二国連」の発足式までやった。

それに、22日は、アメリカがWHOを脱退した日となったのである。

だが、WHOは、昨年の年度負担金をアメリカが支払っていないことを理由に、「脱退を留保」しているのである。
これは、WHO運営予算の22%にあたる巨額だ。

わが国は、WHOからの脱退どころか、平和評議会への招待をうけているのに「参加」どころか、「無視」しているヨーロッパに同調しているのである。

高市政権は、あきらかに「外交オンチ」である。

これはこれで、解散しても変化が困難なのは、既存政党がぜんぶ「オンチ」だからである。

3月に予定の、「高市訪米」がどうなるのか?は、日本国民の政治選択に委ねられている、のである。

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