100倍のコロナワクチン被害救済予算

昨年が3.6億円あまりだった、「コロナワクチン被害救済予算」が、ことしは110倍の397億円以上が計上されていることが判明し、国会で首相に問いただしたものの、武見太郎の息子がやっている厚生労働大臣が、あたかも空母を守るために身代わりで「撃沈」する駆逐艦の役を担った忠誠の場面があった。

しかも、この答弁は、「専門家が安全だといっている」という、論理のすり替えをもって押し通したから、もしもわが国がアメリカのような訴訟社会であれば、ここで大臣に指摘された専門家たちは、将来の損害賠償請求を覚悟しないといけなくなる。

しかし、そうなると政府の審議会委員にだれもなり手がなくなるので、きっとアメリカよりも腐っているわが国の司法は、「審議した結果の誤謬」は問題とせずに、審議会の存在意義を優先させた判決文を作文するのだろう。

つまるところ、裁判官も、わが国の主権者は国民ではなく、行政官僚であると認定するのだとかんがえられる。

これが、わが国の「法秩序」だと。

すると、学校教育でやっている、「日本国憲法」の教え方が、まちがっているということになってしまう。

それで、文部科学省の官僚は、そんな判決すら無視してもおとがめはないことになる。

そうやって、テストの設問にもなんら変更を加えないから、勉強優秀な子供たちは、左翼思想を自らたたき込む努力をして、偏差値エリートになっていくし、左翼思想の教師と保護者たちを黙らすことで、面倒を避けるのである。

そんなわけで、SARSのときのわが国厚生労働省のことを、「The Ministry of kill」と呼んでいた外国人エリート金融マンたちがいうように、「殺人省」となっても、シブシブ被害国民を救うという態度だけは保持しているのは、騒がれると面倒だから、という理由に過ぎない。

どうせ、役人たちが自腹をきるわけではないのである。

すると、菅直人という自己顕示欲しかない人物が、厚生労働大臣だったときに、薬害エイズの被害者に土下座したのは、なんのことだったのか?

菅直人氏は、いまこそ元大臣として、強力な苦言を武見大臣に呈しなければならないが、気配もない。

さて、問題なのは、予算(カネ)ではなく、被害状況なのである。

死亡と後遺症の両方があるけど、政府の専門家たちがいう「安全」という判断の思考停止は、こうした被害の実態をみないことにする、という「データ改竄」をやっているからではないか?と疑うのである。

ようは、審議会では、厚生官僚がつくった資料だけで判断して欲しい、とあらかじめ指示されて、勉強だけをやってきてなお研究予算が欲しいだけの「乞食学者」を選抜してできているのが、審議会だからできる技である。

残念なことに、わが国では国会と行政省庁の力関係が逆転しているので、国会の厚生労働委員会に審議会や研究会がなく、あくまでも行政側につくられて情報統制も同時に完結してしまうのである。

この意味で、国会機能として「正常」なのは、国立国会図書館だけ、という無様なのである。

諸悪の根源に、予算編成「権」が、財務省にあって、税の徴収「権」も財務省にあることで、予算の執行だけに徹するようにできていない。
加えて、立法府なのに、行政府にある内閣法制局が、事実上の立法権まで握っている。

予算の編成権は、国会になければならないし、立法権を取り戻さないといけない。

しかしながら、女性議員と外国人の不倫問題がさも重大事件だと、国民を欺く努力に余念がないマスコミは、徹底的に政府予算に依存している経営体質に変容した(国民が購買しない)ので、あまねく「お国=行政」に日和って、ちょうちん記事を垂れ流すのである。

こうして、国民に政治不信を煽れば煽るほど、近く予想される総選挙の投票率がまた落ちて、与党に有利なるという、選挙運動をはじめている。

そのために、こうした議員のひとりやふたりが落選しても、どうでもいいのが「党組織」の論理なのである。

ほんとうの被害状況は、おそらくこのまた100倍以上あるのではないか?

接種開始当初、薬害エイズ事件から参議院議員になった、川田龍平氏は、「史上最大の薬害事件にならなければいいが」と発信していたけれど、この懸念が現実になったのは、彼自身が厚生行政の被害者で、大臣が土下座したとてなにも体質が変わっていないことを熟知しているからだろう。

世界で、「超過死亡」が話題になっているなか、国民一般で「超過死亡」という言葉すらしらないのが日本という状態になっている。

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