「天然もの」だからといって,ぜんぶの「魚」がうまいわけではない.時期や気候変化など,様々な要因で,安定しないのも「天然」ならではのことだ.
一方で,「養殖」あるいは「人工」だからといって,それだけで忌み嫌うのもいかがか.目的や用途によっては,十分満足できると同時に,あんがい「天然」と区別できないことがある.もちろん,手軽さという点では,天然以上のこともある.
最近の銭湯の進化は「湯質」にある.
火山がおおい日本列島は,世界でも有数の温泉大国である.また,入浴方法として,湯船に浸かる習慣は,古代ギリシャ・ローマとブータン,それに日本だけ,というのも文化人類学ではいわれている.
だからか,「銭湯」がめずらしいので,外国人観光客たちの観光スポットにもなってきている.それで,「入浴マナー」がわからない外国人に,絵で示した注意書きが貼ってあるのを目にする.
天然の炭酸温泉は,火山性とは逆の性質の地層でないといけないらしいから,温泉がどこにでもある日本国内でも,かなり珍しいものだった.ところが,医学的に,炭酸ガスの温泉入浴が,血行を改善すると認められて,がぜん注目があつまった.循環器系のおおきな病院には,炭酸ガスの風呂があって,これに「治療」として入浴すれば,ちゃんと「点数」が計算され,健康保険が適用される.
それで,いまとなっては「人工炭酸風呂」は,銭湯でも定番になりつつある.廃業がつづいている業種であるが,きっちり経営は二極化しているようだ.
最近のトレンドは,「高軟水」である.
「軟水」とは,「硬水」とちがって,ミネラル分がすくない水をいうから,「高」がつくというのは,ほとんどなにも入っていない水にちがいない.もともと,日本の水は「軟水」だから,水道水も「軟水」だ.ペットボトルで買うと,ほとんどが「ミネラルウォーター」すなわち「硬水」を飲むことになる.ミネラルウォーターを,黒くコーティングされた鍋で沸かすと,まわりに白い粉がつく.これが「ミネラル」で,主成分は「カルシウム」である.水道の水でこうはならない.
ちなみに英国の水道水も,ヨーロッパでは珍しく「軟水」である.ポットに蛇口から勢いよく水を入れると,泡となった空気もいっしょに混ざる.これでわかした湯でもって紅茶をいれると,すこぶるうまい.みえない空気の泡で茶葉が適度に「踊る」,水に余計な成分がないから,ピュアな味になるというわけだ.ヨーロッパ大陸側は「硬水」なので,おなじ紅茶でも味はおちる.それで,コーヒーが主流になった.
さて,「高軟水」の湯である.
これで顔を濡らして手で触れればすぐにわかる.つるつるなのだ.
髪も,かわけばさらさらになる.
「高軟水」は,ミネラルでもある石鹸成分や皮脂の古い油分を取り除くからだという.
その「高軟水」をつかった,炭酸泉や,マイクロバブルの湯に超音波振動など,機能性のある湯船が幾種類もあるのが最近の「銭湯」である.
銭湯とフランスのパン屋
自宅に風呂がない,とか,自宅の風呂釜がこわれて修理中とか,理由はそれぞれあるにせよ,原初は,自宅に風呂がない,が圧倒的な利用理由であったろう.
江戸の長屋が,現代のアパートになっても,住宅事情がわるかったころは,日常で銭湯しか入浴できないから,生活必需,という分野だった.そして,町内に一軒かならずあった.
このような状態は,かつてのパリのパン屋のようである.パリのパン屋は,町内のひとは町内のパン屋でしか購入できなかったから,そうはいっても日本の銭湯はまだ自由だった.ただし,別の町内の銭湯に浮気すると,なんだか冷めた目線でみられたものだ.
パリでこの町内規制が撤廃されたのは,カルフールのおかげだった.大型スーパーで売っているパンを,みなさんこぞって購入した.町内の全人口が,自分の店のパンを必ず買う,ということが,どのくらいパンの品質を低下させるのか,すこしかんがえればわかることだ.
ところが,カルフールのパンは,日本製の冷凍パンを店内で焼いたものだった.
これで,フランスのパン屋組合が両手を上げた.町内規制強化よりも,競争を選んだのだ.
「このままでは,フランス人のパンは,ぜんぶ日本製になってしまう」つまり,「フランス人のパンは,フランス人が作らなければならない」であった.
世界に冠たる「フランスパン」は,こうして生き残っただけでなく,おそるべき底力で「世界に冠たる」を復活させた.その陰で,町内のパン屋のおおくが廃業せざるをえなかった.
人気銭湯の近場という立地
いまや,銭湯はひきつづき生活必需ではあるものの,レジャーという要素が急速におおきくなっている.これは,スーパー銭湯との競争がそうさせたのではないか?
自宅に風呂があろうがなかろうが,たまには快適なおおきなお風呂がいい.
選択肢はたくさんある.スーパー銭湯もいいが,さてどうしよう.きょうはどこに行こう?
毎日が日曜日とはいわないまでも,生活に余裕があれば,毎日でもゆったり浸かれるお風呂で,快適さと健康を維持したい,というのは人情だ.
ゆっくりすればするほどに,喉が渇く.
最近の銭湯は,牛乳系だけでなく,ちょっとしたつまみや生ビールもある.
だけど,ほんとうは,近所の居酒屋で一杯できれば最高だ.
こうして,銭湯の近場という立地があらわれる.
温泉宿はどうなる?
温泉宿が,まさか都会の銭湯と競合しているとはおもっていないかもしれない.
しかし,日常の銭湯の進化は,確実に利用者の満足度というハードルをあげている.
利用者は,銭湯を銭湯だけで評価しない.銭湯が「レジャー」になったから,銭湯と近所の居酒屋はセットである.銭湯の待合の一杯コーナーをみて,評価するなら,おおきな間違いをおかす.
つまり,温泉旅館がもつ機能の,風呂と食事は,すでに銭湯と競合している.スーパー銭湯には,これにお休みどころがついているから,温泉宿とのちがいが縮小しているのだ.
温泉宿は,どこで勝負するのか?
フランスのパン屋のような,一大決心がいるのだ.