米・英の歴史的決別

昨年12月の「アメリカ国家安全保障戦略」で、「ヨーロッパとは価値観をおなじくしない」と書き切った、トランプ政権2.0であるが、いちおうヨーロッパに含まれるだろう「英国」のスターマー政権には、「英語の読解力が欠如」していることもわかってきた。

そればかりか、「英連邦」を構成している、カナダとオーストラリアも、同じレベルの英語力だとしれて、それぞれの英語力がある国民には唖然としていることだろう。

これはこれで、アメリカが民主党であれ共和党の政権であれ、自分たちを見棄てることなんかありえない、といった、「超」がつく『甘えの構造』があるからにちがいないために同書の英語版もでているのだろう。

しかし、国際政治のリアルからしたら、本が売れようが売れまいが、深刻な問題を引き起こすのは「政治」だからで、困ったことにグローバル化で当該国民だけでなく世界が迷惑する時代になったのである。

これを、戦後世界を支配してきたグローバル全体主義者たちからしたら、トランプ政権の「迷惑」といいたがるので、あたかもそのように信じ込まされているのだけれど、じつは逆であることに注意がいる。

さてそれで、「ヨーロッパとは価値観をおなじくしない」とはなんのことか?といえば、「言論の自由」について、これをないがしろにしようとすることへの批判がはじまりなのである。

それがいまや、批判だけでなく「制裁」を伴う政治の力がはたらきだしている。

元は、バイデン政権による言論統制の試みであった。
SNSを基軸にしたものではあったが、イーロン・マスク氏が「Twitter社を買収」することで、首の皮一枚でのセーフとなったのは全人類のしるところであろう。

また、はじめは「TikTok」を禁止しようと動いたトランプ氏が一転して、これを大統領選挙でつかうことに決めたのは、「TikTok」を禁止している本家の中共を徹底的に「悪」と定義したことの論理の一貫性を優先させたからであった。

Twitterを買収してから、社内文書やらの公開で、当時の幹部が全員責任をとらされることにもなったし、バイデン・ホワイトハウスからの強力な言論統制アプローチがあったことも宣誓つきの議会証言で判明した。

これらホワイトハウスの犯罪は、「合衆国憲法違反」として、いまもくすぶっている問題なのである。
むろん、憲法を守らなければならない人間とは、一般国民ではなく「公務員」なのだから、当時の責任者追及はかならず実行されるだろう。

そんななか、英国で極左スターマー労働党政権が、Twitterから名称変更した「X」への規制を強化しつつあり、はては「禁止措置」へと、ブラジルのように発展する可能性もおびてきた。
そして、上に挙げたように、カナダとオーストラリアが追従しようとしているのである。

つまり、「脱アメリカ(トランプ政権2.0)」という政治ムーヴメントが「英連邦」でおきつつある。
当然ながら、EUも同じ穴のムジナであるが、こちらは昨年中に5人もの元職をふくむ情報管理責任者が、アメリカ入国禁止措置なる制裁の発動をうけている。

産業が衰退・疲弊したいまの英国では、おそらく、唯一の「産業」といえるロンドン「シティ」の金融市場に対して、ベッセント財務省がどんな締付けを実施するかが今年の注目点になるだろう。

フランスは、マクロンが農民一揆に屈服して、来年の大統領選挙に不出馬を宣言し、みごとなレームダック状態におちいった。
ドイツは、欧州ブラックロックの会長だった、メルツの頭の悪さに唖然とするばかりだが、これにカナダはイケメンだが無能のトルドーから、肩書きはあるがもっと無能のカーニーが首相の座にあるのも不可解なのである。

むろん、オーストラリアも左翼政権(労働党)である。

そこで、これらの国々からの「エクソダス(国外脱出)」が密かに起きていて、その目的地のひとつにわが国がある。

アジアや中東移民の問題がいわれてはいるが、白人系もいるのは、日本がこの世の楽園だと気づいたからだ。

元来、怪しかった「日英同盟」も、英国側(当時は文字どおりの世界覇権国)からみたら、その目的の邪悪さがみえてくる。
そもそも、英国人はいまだに「法の支配」を、自国の法「だけ」だと解釈していて、他国の法を無視する体質がDNAにある野蛮人である。

だから、現代の「日英同盟」の裏にある英国の目的をしっかり探らないと、中共がいうように、何度でも日本人は騙される、ことになるのである。

アメリカのトランプ政権2.0に泣きついたところで、「おとな」のトランプ政権2.0は、自分で決めたことだと突っぱねることになる。

「成人式」がとっくに形骸化して、「元服」のような緊張感もなにもない、お子ちゃまたちの祭典に変容して久しいけれど、グローバル全体主義であろうが、ナショナリズムであろうが、自分で決めたことが取り返しのつかないこととなっても、戦後のアメリカ依存の発想のままでいたら、痛い目を見る時代になっている。

この意味で、米・英の歴史的決別とは、日本へ「成人」になれという当たり前すぎる要請にほかならない。

トランプ四次元パズルで衆議院解散

年の暮れのイランから静かにはじまって新年早々ベネズエラが本格トリガーとなり、とうとう日本に波及した「政変」の連鎖がとまらない。
つぎはグリーンランドなのか?どこなのか?

グリーンランドの人口は 6万人程度だが9割がイヌイットで、じつは縄文人系なのである。

それだから、一部にはデンマークに留まるよりも、ましてやトランプのアメリカに編入されるよりも、「日本になりたい」症候群が炸裂する可能性まである。
静岡県清水港から12日に出港する「ちきゅう」は、南鳥島の沖6000mの海底からレアアースを採掘する実験をおこなうが、グリーランドなら永久凍土の地上から掘れる。

なんにせよ、地球儀で確認すべき「北極」の状態は、海ゆえに沿岸域の陸地がどこが?が問題なのである。
トランプ政権2.0が、グリーンランドとカナダを領有したいというのは、地球儀からみると「なるほど」とわかる。

ベネズエラのマドゥーロ夫婦を保護した最大の目的は、「不正選挙の生き証人」だからだと書いたが、一般的にはアメリカのベネズエラの石油支配が目的だといわれて宣伝されている。
だが、あんがいとカナダの石油もベネズエラとおなじ「重い=純度が低い」ために、プラスチックの材料にはなっても燃料としては二の次の品質なのである。

「心理戦」という別次元でかんがえると、テヘランの商人からはじまったイランの強烈なインフレ不満のデモだとされてはいるが、マイク・ポンペオ元国務長官は「イスラエル諜報機関モサド」の支援あっての延刻規模への拡大だとのいまさらの常識を書いて、地球規模での連動であると示唆している。

むろん、ポンペオ氏はトランプ政権1.0で活躍した人物ではあるが、2020年の大統領選挙でトランプ政権2.0への連続が敗れると手のひら返しをして、政敵どころではない「ネオコンの手先」だとしれて、トランプ氏から追放処分を受けるにいたっている。

トランプ政権2.0によるマドゥーロ夫婦のことがあってから、イランの民衆への支持を表明したことで、秘密警察による恐怖下にあったイラン人たちが勇気づけられたのである。
こうした動きに、3月に訪米予定がある高市には密かに「体制変換」を要求されて、応じるしかないことになったのであろう。

トランプ政権2.0からしたら、グローバル全体主義が半数を占める自民党には用はないのであるが、いかにも「いけず」なのは、高市自身がグローバル全体主義者であることを見抜いているのに、これをやらせても応じるしかない、高市が率先してやった昨年の「蜜月演出」が効いて、日和った高市自身を追いつめているのである。

そんなわけで、自民党のグローバル全体主義勢力を排除することと、立憲共産党の切除的な除去であって、高市の「少数与党」どころではなく、多数党連立時代が到来する。

これに、反日をむきだしにした中共が、実質的な支援をしてくれているのだる。

つまり、低知能でもわかる「悪辣な中共」に対抗することが「正しい選択」となるように、もう国民への刷りこみがはじまっているのである。
つまり、トランプ政権2.0は、キンペイに「ヒール役」を依頼して、これを忠実に実行しているのがいまの追いつめられた中共の姿なのである。

なぜにこうしたことが同時・多発的にできるのかといえば、トランプ政権2.0の中枢に、とてつもない頭脳が複数存在するからである。

まちがいなく、その中心に副主席補佐官のスティーブン・ミラー氏がいる。

イランが「王政復古」して、シーア派色が弱まれば、サウジがイスラエルと和解する、歴史的な「アブラハム合意」に近づくことは確実で、ウクライナの後始末負担で歴史の中心からヨーロッパが消える1500年ぶりの画期がやってくる。

むろん、その後の始末を日本がやらされることになるのではあるが、ここにロシアとの協力関係の発端が見出されれば、わが国の存在感は過去にないことになる。
しかも、プーチン氏がいう東方開発の当事国である「スタン国」では、もう「ひらがな」の普及が止まらない文化的な日本化がはじまっているのである。

そのため、外形的にも、自民党が与党から消える必要があるのだ。

これらはけっして偶然の出来事ではなく、トランプ政権2.0が仕掛ける四次元パズルの表象なのである。

つまり、調子にのった高市は、その薄っぺらな自身の安易さに押しつぶされている。

それもこれも、留学先のアメリカを、もっといえば、彼女の思想とは真反対の側にあるトランプ政権2.0を甘く見ただけでなく、「自分史」すら甘く見た結果だとしかいいようがない。

安倍晋三が生前にこの人物をどう評価していたのかは横にしても、結局、安倍派に入れなかったのだし、高市お膝元の奈良での悲劇になにもしないことで十分に仮面の下がみえるのに、「見ない」、「気づかない振り」のマスコミに踊らされる国民の鈍感さだけが頼りという、ピエロのような哀しい笑いしか残らないのだ。

世界史的転換をやっている、トランプ政権2.0には、政権の外にプーチンの歴史家としての頭脳があって、ある意味、世界の「裏番長=司令塔」がとっくにプーチン氏であることもみえている。

囲碁や将棋でいう、「名人」との複数同時対局を我こそはと素人の集団がそれぞれの盤面で挑んでも、まったく歯が立たないのとソックリな状況にあるばかりか、しらぬうちに悪手を打たせるように仕向けられ、あれよあれよと投了するしかない。

そんなわけで、「ロシア疑惑」は、おどろくほど高度なものであって、スパイ映画のようなものではない。

世界は「腹黒い」という感覚すらなく、「国際法がー!」とかいっていればなんとかなると信じる「お花畑」の発想では、トランプ政権2.0とプーチンのシナリオ舞台にしらないうちに乗らされて、与えられたピエロ役を演じるしかなくなるのである。

「アリストテレス」の『悲劇論(詩学)』でも読んでから出直してこい、というプーチン氏の声が聞こえる。

横浜市の悪政がとまらない

地方自治体の住民サービスの「あり方」についての研究で、かつての中野区がすごかったとすごい人物の唐津一氏が『システム工学』(講談社現代新書、1970年)で書いている

中野区は、コンピュータの導入で、「戸籍課の複数の窓口を『1番』だけにした」。

それで「1番窓口」が複数出来たので、住民の待ち時間は大幅に削減できたのである。
この「システム設計」の根本には、そこになぜ住民がやってくるのか?という命題からの分析をすすめ、「住民がいるから」という答を導きだしたのである。

むろん、横浜市にかぎったことではないが、わが国の地方自治体の統治構造が、「二元制」になっていることの効果がぜんぜんないのは、議会が死んでいるだけでなく、役所の官僚機構が国からのトップダウンによる「シャワー効果」で、ぜんぜん「自治」になっていないからである。

それで、わが国最大の「市」である、横浜市の様子をみることは、わたしが横浜市民であるたまたまを通り越しても興味深いのである。

いわゆる「住民サービス」の最大の発生原因は、上の中野区の例で示したように、「そこに住民がいる」ことに起因する。
この当たり前よりも、「そこに役所がある」ことが起因となる本末転倒のために、住民サービスを縮小する発案をしても市議会はなにもしないのである。

横浜市(行政区として18区ある)は、市内10カ所の駅頭に「行政サービスコーナー」を設けていて、ここで戸籍などの証明書類の発行をしている。
それが、27年度3月から3年かけて8カ所を廃止していくという「決定」がなされたと、昨年12月にニュースになっている。

利用「割合」が、ピーク時から半減していることを理由にしているが、こうした場合には「率」ではなくて、「実数」を示すのが数字をみるうえでの常識というものだ。
二期目現職の市長は、横浜市立大学医学部で「統計学」の教授であったのに、なにをかんがえているのか?といいたい市民は多数いるであろう。

発案は「市民局」で、市議会では「市民・にぎわいスポーツ文化・消防委員会」なる常任委員会(全部で8委員会)が検討したらしい。
委員定数は11人で、委員長は公明党、副委員長は自民党と立憲民主党であるが、11人の選挙区は重複があって8区だけなのである。

なお、明治から数えた歴代議長は55代目が現職であるが、戦後は12代目からはじまった。

ときに、市民生活で横浜市と「ふれあう」のに、交通局がある。
地下鉄が黒字を確保しているものの、「バス」が赤字であることが問題だというが、そもそも「市営バス」なるサービスは、なんのためにあるのか?という問題意識がないので、ひたすら民間事業と比べて「黒字化」を目指すのならば売却したらいい。

そこでかなんだかしらないが、昨、令和7年「第8回 横浜市営交通 経営審議会」なるものが開催されていた。
だが、ここでの議論に、「市営」の意義が話し合われていないのである。

経営をしらない者共が、顔をつきあわせてテキトーな答申をしているのである。

ひさしぶりに実家近くから、横浜駅行きのバスに乗ろうかとおもって停留所の時刻表をみて愕然とした。
主要路線のために、いつでもやってくるイメージがあったのに、1時間に2本の路線が寄せ集まっているだけの状態なのである。

これを「効率化」というのなら、気持ち悪いほど阿呆である。

バスが不便すぎて利用しにくい、という話はきいていたが、自動車がないと郊外で生活できないのは、むかしよりひどくなっている。
それもこれも、バス運転手の大量退職によって、ダイヤ運行ができなくなったためで、なぜにバス運転手の大量退職が起きたのか?の説明はない。

むかしは、民間バス事業者からの転職先としての「あがり」が、待遇が別格の市交通局のバス運転手だったのに、だ。

利用客からすると、ざっと50年前のおとな料金は10円で、いま220円だから、50√22(倍)で計算すると、年率6.4%ほどの値上がりだから、物価上昇率よりも高いのである。
しかも、車掌さんにいえば、市営バスなら路線が交叉する停留所での無料乗換券の発行で、初乗りで市内どこまでもいけたから、完全に退化している。

そのくせ、「脱炭素・GREENxEXPO推進・みどり環境・資源環境委員会」なる余計な仕事(もちろんタップリ予算がつく)があるし、横浜港はとっくに国の直轄運営になっているのに、「国際・経済・港湾委員会」もある。

それで、一台が億円単位の水素バスを運行させているのは、ほとんど分裂症である。

「国際」とか「経済」とかいうのは、ムダの権化たる経産省の傘下になるので、市役所は何もしない方がよい。

市長がダメなら議会がある、はずの機能が、いまや機能不全状態なのだ。

なるほど、江戸時代が恋しくもなるのであった。

対して、トランプ政権2.0は、7日、気候変動うんたらかんたらを含む、66もの国際機関からの脱退をきめた
ホワイトハウスが「税金の無駄遣い」と呼ぶ原因調査の後に署名されたのである。

わが国でも、国がやらないなら横浜市が率先して動くなら、まだ、「特別市」を目指す価値があるというものだ。

国際法というしがらみ

生きにくい世の中のひとつの大元に、「国際法」とか「国際社会」なるものがある。

はっきりさせないといけないのは、「世界はアナーキー」だということである。

それだから、力による均衡=パワーポリティクスで、現代世界の均衡=平和、が維持されているのである。

これを「お花畑」思考なのか?それとも現状秩序の破戒を目論んでいるのか?しらないが、「悪いこと」として骨髄反応するひとたちがいる。
しかし、そうした反応からの活動も、「言論の自由」ですきにしていいのだから、秩序によって守られていることに気づかないのは近視眼過ぎてどうかしているのである。

自由のない国、たとえばいまのイランやらで、デモ隊鎮圧に武力がつかわれ、犠牲者がでていても、おいそれと外国が助けにはきてくれないのも、パワーポリティクスによるバランスが壊れると戦争になるからである。

それだから、他国や国境線を武力で書き換えてはならない、という「国際法」があるから戦争にならないのではなくて、国際法があってもなくても、戦争をしたくないかんがえが強い=責める側にリスクがある、としたら、戦争は起きないのである。

ウクライナでもこれは適用できて、ロシア系ウクライナ人(ロシア語が母語)を、ウクライナ人(ウクライナ語が母語)たちが、自国内で暴力的な弾圧をしていることに、隣国といえどもロシア共和国として看過できない限界を突破したゆえに、国際法を無視してでも「特別軍事作戦」を実行することにしたのである。

しかも、アメリカ民主党バイデン政権とEU=NATOが、積極的にナチスの正統な後継であるゼレンスキー政権をたきつけて、ウクライナとロシアの資源を盗もうと画策したのである。
それで、武力ではどうにもならなくなって、EUは凍結したロシアの金融資産横領を公然といいだしたのだった。

けれども、この企みが「常識」によって頓挫して、とうとうドイツ、フランス、英国の狂人たちが、ウクライナ派兵をいいだしたから、「第三次世界大戦」になりかけている。
NATOの取り決め(加盟国には「国際法」)で、集団的安全保障体制の悪用となるために、アメリカのNATO脱退も近いだろう。

その布石として、トランプ政権2.0は、7日、国連系66もの機関からの脱退を決めてしまった。

これで、次、がNATOになったのである。

しかも、政権発足と同時にできた「DOGE」からはじまる、徹底した「政府の無駄遣い削減」のなかでも、アンタッチャブルだった「国際社会」とのおつき合いのための拠出領域を、「ムダ」だと決めつけたのである。

まことに、歴史的快挙にほかならない。

むろん、ここに欧米では常識の「パーキンソンの法則」が、トランプ政権2.0の面々には共通して認識されていることも基本的な認識だからなのだろう。
各国政府もしかり、だが、国際機関という虚栄にみちた組織は、より野放図で無責任が通る「国際公務員」なる人種によって、とにかく肥大化する運動法則に支配されている。

政治的なムダをまずは切ったのがトランプ政権2.0ではあるが、選挙期間中にも繰り返した、国際金融支配の構造にも手をつけるにちがいない。
そのはじまりはFRBであるし、SWIFTであって、さらに世界銀行&IMF、そしてこれら入れ子人形の頂点に君臨するBISにちがいない。

ちなみに、プーチン氏はウクライナへの特別軍事作戦実施前に、西側からの経済制裁にSWIFTからの締め出しがあると予測して、ロシア国内銀行に準備を命じていたために、西側が決め手としたこの策をみごとにすり抜けてしまった。

つまるところ、「経済制裁」も、ひとつの「国際法的措置」なのである。

そんなわけで、世界は国際法によって国家を超えて支配力が発揮される、という発想自体が噴飯物だと証明されて、多国間の「国際機関」の無力さもおなじく、トランプ政権2.0がいう「二国間の取り決め」だけが有効であるとしれた。

けれども、戦後のアメリカ民主党=GHQによって、国際法と国際社会&国際機関の絶対を信じ込まされた日本の官僚機構(日本国憲法前文に書いてある)は、こうした動きに精神的にもついて行けない状態にあるはずなので、おそらくはパニック状態にあるために、完全無視を決め込んで精神安定をはかる、「ダチョウ」のようになっているだろう。

自国のことは自国で決める。

こんな常識が通じない、他人依存に国家がらみでなったがゆえに、80年経ってみて社会の閉塞感が強まるばかりなのである。

しかして、政権与党が必ず負けるアメリカ中間選挙の歴史をくつがえすべく、今年11月の中間選挙圧勝に向けて、トランプ政権2.0の爆走はとまらないけれど、自民党+維新政権では政治家のみならず官僚機構が対応できないために、にっちもさっちもいかないことになるのは、もはや力学の予測するところなのである。

なにせ、選挙不正の権化だったベネズエラ・マドゥーロ夫婦を暗殺の魔手から救出・保護したことで、投票機「ドミニオン」の不正が完全に暴かれれば、不正しか手段がないアメリカ民主党の選挙敗北は決定的となるからである。

そうやって、世論調査なるデマゴーグを信じて選挙をしない自民党が、選挙を先送りして政権を永遠に失うなら、日本人一般には朗報なのである。

20億人の「薬害」

世界で一躍有名アナリストに躍り出たのは、ピーター・ハリガンという人物である。

彼が計算根拠にしたのは、各国政府発表のワクチン薬害データにほかならないから、一気に話題が世界に拡散しているのだが、わが国の情報統制はしっかりしているために、国民はいつも通りのボンヤリとした安逸の中で暮らしている「幸せ」がある。

詳しくは、16日付け「トッポ」さんの「X」記事を検索・参照されたい。

参政党の公約にあった、「新型コロナ・mRNAワクチン検証委員会設置法」は、昨年12月9日に参議院で発議されている。

ハリガン氏も参政党も、実態把握という、もっとも基本的な行動をとっているに過ぎない。
産業界(製造業)では常識の「科学的アプローチ」でいう、6段階の基礎要素だからである。
1 目的を明らかにする
2 事実をつかむ
3 事実についてかんがえる
4 実施方法を決める
5 実施する
6 確かめる

当然ながら、「目的」は、史上最大にして地球規模の薬害への疑問解消である。

そのために、事実をつかむひつようがある。

だが、これだけでも反発するひとたちがいる。
それは製薬会社の利権云々とは別に、政府の宣伝と世の中の同調圧力とで接種を繰り返してしまったひとたちがいう、「なにをいまさら」なのである。

ここで、事実についてかんがえる、段階で予想されることは、「毒抜き方法」のことであろう。
ようは、ほんとうに「薬害」ならば、その「害毒」をどうしたら体外へ排出できるのか?ということであって、優先順位として次点になるのは、「政府や製薬会社の責任」となろう。

しかし、不思議なことに、「なにをいまさら」と発想するするひとたちは、自分の体内にあるはずの害毒の抜き方や、政府や製薬会社の責任追及にもあまり興味がない。
なにしろ、「いま」が楽しければいい、という犬のような発想をしているのである。

これは、前頭葉の発達がないので思考できない動物としてもっとも身近にいる動物のトップである「犬」が、人間を主人として認識し、その精神状態を本能的に理解する能力とは別のことなのである。

すると、現代人の多数は、犬以下、になっているのではないか?

ハリガン氏は、世界での死者数が2000万人にのぼり、心臓発作、脳卒中、肺塞栓などの事象が約20億件だと推計している。
なお、以上の数値は「起きたこと」であって、将来予測を含んでいない。

政府が、高齢者を最優先にした理由は、「お迎え」が近いひとたちならば寿命だとして薬害に気づきにくいこともあるし、年金支給負担の軽減という理由もあったやもしれぬ。
特筆すべきは、医療関係者に最優先させたことで、わざと医療崩壊を招き、よりいっそうのパニックを演出したかったからかもしれないのである。

それで、「なにをいまさら」なのに、なんで「いまごろ」になっての話題なのか?といえば、RFK.Jr厚生長官の仕事が、就任から1年ほど経って実ってきているからであろう。

そんなアメリカの実態すら、わが国のマスコミで報じられることはない。

たしかに「なにをいまさら」ではあるが、毒抜き方法についても興味がないのは残念なのである。

この世の楽園ニッポン

毎日ボンヤリしていても生きていける。

これぞ「楽園」なのである。

気がつけば、みんなボンヤリしながら生きていて、わたしが孤立無援の孤独になっている気がするのは、楽園を楽園としてみていなかったからではないか?と気がついた。
芥川龍之介が、昭和2年に「ぼんやりとした不安」と表現したことの、真逆なのでカタカナ表記がふさわしい。

いわば、おおくが「一年中こたつのなかで暮らしている」ようなものなのだ。

だから、気を入れて、それこそ発憤しないと、こたつからでることができない。
それだから、ずっとこたつの中にいて、精神も身体も、なにもかもが吸い取られ腐るので、これを「ブラックホール」ともいうのだけれど、そこにいる本人には自分が腐りきっていることも気がつかないのである。

「スマホ歩き」が老若男女を問わないのも、延々と続く快楽の刺激に脳が腐ってしまっているから、中途で目を離すことができないのだと科学の証明がある。
いま、電車のなかでおおくの乗客が読書に没頭している光景をみるのは、モスクワであって、日本ではなくなった。

日本は過去の遺産で食いつなぐ状態になっている。

むろん、こうしたことをまともに指摘したとたんに大衆化した人物からえらく叱られるのだが、興奮して叱った方は、時間差があっても、やっぱりそれが適切な指摘なのだと気づくこともないのである。
それでまた、ボンヤリした快楽の「こたつ=ブラックホール」環境に身を置くことしかかんがえない。

生ける屍か?妖怪か?

いつ放送があったのかもしらぬが、ドリフの集大成番組があって、これを訪ねた先の古い友人が録画しているからと観せてくれた。
生存している加藤茶と高木ブーが、コメンテーター席に、リアルな放送を観たこともないだろう若いタレントたちと一緒に座っている。

この友人は、ずっと前からの一戸建ての家にとうとう一人暮らしとなって久しいのである。

それで、この録画を観ると思わず涙が出てくるというのである。
かつてのこの家の中の賑わいとドリフのお笑いが交叉するからであろうけれども、高齢者がひとりこれを観て泣いている光景を想像して怖くなった。

これはノスタルジーなのではない。

妖怪化しているのである。

それで、「孤独」についてのショーペンハウアーやら空海の話をしたら、興味をひくどころか怒りだしたのである。

そんなものに興味はないと。

しつこくも、なぜかと聞けば、これ以上の(深い=あたらしい)知識は必要ないというから、やっぱり妖怪化しているのである。

クリエーターとしての視点でも分析して鑑賞しているのでもない。
このアドリブのようなコント群が、おそろしくも計算されたリハーサルの結果だとしっていることとは関係ない。

それよりも、半世紀から前のドリフのコントで、いま笑うことがこの人物の「心の糧」になっていることに寒々とした自分がいる。
まともな話し相手を失っている寂しさを感じつつ、静かにお暇したのである。

彼が孤独なのではなく、わたしが孤独なのだ。

しらぬ間に、このニッポンの世は楽園だったのである。

しかして、青山学院大学の福井義高教授は、外国人が殺到しているニッポンがこの世の楽園だと証明していると喝破している。
しかも、本人たちが、ニッポンは楽園だと動画にアップしてくれていると証拠を示す。

教授は、100年後、世界の中で社会秩序が保たれている先進国は日本だけだと断言する。
他国はぜんぶ、ドカンと自滅する、と。
緩やかに衰退する日本が、相対的に、かつ、自覚なく、気がつけば唯一の先進国としての生き残るのだという。

残念ながらヨーロッパはもう間に合わない。

しかし、そうした日本の条件は、鎖国なき江戸時代への回帰だ、と。

なるほど、回帰。

いつの時代も、ニッポンは楽園だったのである。

たしかに、温暖帯に位置する島国は、地球上に日本列島しかない。
地球儀をみれば納得できる。

日本人の精神的余裕は、地上の楽園だからであろう。

だからこそ、いろいろと興味深いことがあるために、わたしはひとりで、むろん、自己満足もあって、図書館に通っているのである。

これも妖怪化しているのであろう。

イランはどうなるのか?

1978年の1月からはじまったのが、イラン革命である。

中東で、「SONY革命」と呼ばれていたのは、パリにいたホメイニ師なる宗教指導者の「声」を録音したカセットテープが、当時世界を席巻していた「ソニーのラジカセ」を通してイラン国内に拡散されたからである。

なので、1982年当時、わたしがはじめてエジプトに入国したときのカイロ空港の手荷物検査では、申告していないカセットテープがないか詳しく調べられた記憶がある。
むろん、申告しても没収になる時代だったのは、前年にサダト大統領が暗殺されたことの警戒が解けていなかったこともあった。

ようは、搭乗するはるか前に、カセットテープを持参してはならない、というのが「旅の基本知識」であった。
ただし、現地で購入した音楽テープの持ち出しは自由であった。

そのイランの「パフラヴィー朝」第二代の「皇帝」が、俗にいう「パーレビ国王」で、テヘランからカイロに逃れた後の80年に、カイロで帰らぬ人となり、市内イスラム地区の「リファーイーモスク」にいまも眠っている。

国を追われて、「癌治療」のためにアメリカへの入国が許可されたことが原因で、テヘランの「アメリカ大使館人質事件」が起きて、館員の救出作戦に失敗したことで、民主党カーター政権は1期で終わることとなる。

それで、現在、イスラム教は実質的に世界最大の宗教になっている。

公式にはキリスト教徒の数が上回ることになっているが、信仰の深さでは比較しようがないほど弱いキリスト教を圧倒しているのがイスラム教なのである。
だが、約9割のスンニ派と約1割のシーア派とに分かれていて、スンニ派の擁護者としてサウジアラビア王家がある。

シーア派は、預言者ムハンマドの血統を重視しているために、イマーム(宗教指導者)は基本的に血縁関係にあってその系統は12ある。
ムハンマドの後継者、第4代カリフだった「アリーの党派=シーア・アリー」だから、「シーア派」なのである。

それで、いまの最高指導者「ハメネイ師」の名前は、アリー・ハーメネイー、である。

革命前のイランは、当時としては斬新的なアメリカ文化が主流であったために、同時代の東京よりもあか抜けていた。
つまり、「イケていた」のであるが、それが伝統保守派からしたら社会の乱れとして嘆かわしくも見えたのである。

社会における「振り子」の振り幅がやたらおおきい。

そのために、まじめさが嵩じて「革命」にまで達すると、こんどは「革命防衛隊」なる武装組織ができて、一般国民生活の中にまで監視の目が光ることとなった。
宗教は「心」を扱うので、全体主義にいきやすいのは中世の魔女狩りも同然である。
ナチスの「親衛隊」を彷彿させるのは、人間のかんがえつくことに限界があるからだろう。

しかして、「革命政府」を名乗るために、やめられない、のである。

この意味で半世紀もの時間を、よく耐えた、ということか?

当時の「イケていた」世代は、70代以上になっている。
昨年末よりはじまった大規模反政府デモが、とうとう全国に拡散しただけでなく、とうとう軍が発砲するに至っている。

トランプ政権2.0は、一般国民に銃口を向けることがないように忠告していたが、それが破られた。
一方で、ベネズエラのイラン製防空網が機能しなかったこととあわせてかんがえると、マドゥーロ夫婦をアメリカに移送して安全地帯に保護したこととの順番が重要になる。

つまり、昨年末からのイランでの反政府デモ発生 ⇒ マドゥーロ夫婦拉致 ⇒ イランで政府側が国民に発砲 という順のことである。
これに、イランの支援を受けているイエメンのフーシ派が弱る事態となって、イランとイエメンに挟まれて対峙するサウジアラビアはジッと事態の推移を観察していることだろう。

トランプ政権1.0からの中東政策「アブラハム合意」の要は、サウジアラビアのイスラエル承認という大目標があることを念頭におくと、「風が吹けば桶屋が儲かる」状態を構築している可能性が高い。

おそらく、昨年、トランプ政権2.0がやったというが人的被害の報告がない「核施設へのバンカーバスターによる空爆」は、北部砂漠地帯のどこかだれもいない地域に事前協議の上で実行したものだとおもわれるが、今度はそうはいかない。

すると、トランプ政権2.0は、イランに影響力があるロシアと、いったいどんな協議をしているのか?
もはや終わったも同然のウクライナ戦争は優先順位トップから落ちて、中東とアフリカに話題が移っているのではないかとかんがえる。

ここで、アフリカが登場するのは、フランス植民地の親露化によって、フランスGDPの3割にもなる「セーファー(CFA)フラン」と「ウラン鉱石」の利権が途絶えたら、フランス経済は自立不可能になるからで、マクロン政権にトドメを刺すどころの騒ぎではなく、弱ったドイツに加えてEUそのものの経済的基盤が崩壊するからである。

そんなわけで、ベネズエラ暫定政権のロドリゲス(副大統領からの昇格)は、マドゥーロ夫婦拉致に賛意を表明したマクロンに対抗して、フランス外交団への帰国命令を発して、断交状態をつくりだしている。

トランプ政権2.0が仕掛けた立体を超える四次元パズルに、とうてい、日本外交も追いつかないのは、もはや知能(IQ)の格差があるからではないのか?

その中核を、ラトクリフCIA長官が担っていることだけは確かなようである。

大衆に囲まれる「孤独」

「大衆」とはおそろしい者共だが、自分も確実にその中のひとりなのである。
だから、大衆批判とは、自己批判にほかならない。

そもそも日本では仏教用語として「大衆(だいしゅ)」があった。
僧侶の総称がはじまりだが、その後、僧侶にも階級ができると、無役の僧をさすようになる。
それがまた、僧兵になって暴れたけれど、時代が一気に大正時代になると産業革命で大量のサラリーマンと工場労働者を生み出して、これを「大衆(たいしゅう)」と呼ぶようになった。

つまり、不特定多数のかたまりをさす。

いまでも徹底している階級社会のヨーロッパでは、やっぱり産業革命で生まれた労働者階級を日本とおなじ「大衆」と呼ぶが、その素性はわが国とはちがって、おもに農奴(代々読み書きすらの教育をうけたことがない)の子孫だといえる。

落語なぞに登場するおマヌケな人物でも、多少の読み書きができるけど正式書類を書けないために訪ねた先での話が笑えるのは、自分事であったからだし、「代書屋」が「行政書士」になっているのも、この名残が変化したものだ。
むかしの「候文」を読むだけでなく書くことができるか?といわれたら、とっくに退化しているのである。

ヨーロッパでは、そんなおマヌケも存在しない無学の苛酷さがふつうだった。

そんなわけで、わが国と東洋の思想背景にある伝統と、西洋のそれはぜんぜんちがう伝統があって、対等=同価値に位置づけると勘違いしやすい。
明治の啓蒙主義は、おおよそこの勘違いの譜系にあるので注意を要する。

たとえば、西周や福沢諭吉は、国家存亡の危機にあたっての緊急避難として「脱亜入欧」を説いたのであるが、そこに幼少のころにたたき込まれた「儒教:四書五経=漢籍」の素養があったための「論」であることを意識しないと、読み間違える、のである。

当時の元武士階級の全部が、漢籍を常識としていたことを前提しにしている、ということだ。

つまり、明治政府が推進した「(初等)学校教育」で、こうした漢籍を完全排除したのには、速成で西洋に追いつくための緊急事態としての弁明があったけれども、漢籍をぜんぜんしらないでも政府高官になる時代がきたら、西や福沢を「文字どおり」でしか読めなくなって、その緊急事態性を忘れ去ったのである。

ゆえに、現代は、勘違いの上塗りを何層にも重ねてきた結果にあるから、オリジナルを発掘・発見するのには能動的な作業を必須とする面倒なことになっている。
しかも、「受験」において、こうした面倒は一切不要で、「文字どおり」の暗記力が問われるために、エリートこそがもっとも愚劣になる設計になっているから、社会全体が衰退するようになっている。

それはまた、マルクス系の教科書を暗記したお気軽発想の者共が仕組む、エリート支配のディストピア(彼らにとっては永遠の支配体制構築)への近道だからである。

そうやって、いま、EUは、壮大な全体主義の先行事例になっているけれど、憎っくきトランプやプーチンのために、このたくらみを大衆が気づきだして「反逆」がはじまっているのである。

この意味で、ヨーロッパの暗黒はわかりやすいが、中途半端に塗り重ねてきて、まだ大衆が思考停止の快適を貪っているのが日本人大衆だ。

なので、ここに「孤独」をあじわう、わたしなる個人がいる。

「孤独」については古来いろいろ考察されてきたのが人類の歴史にある。

ソクラテスは孤独の中に死んだし、ショーペンハウアーは孤独と自殺の関係を喝破したので、その影響を受けてか、芥川龍之介が昭和2年に37歳の生を断っている。
ちなみに、芥川18歳のときに、『意志と表象としての世界』が本邦初翻訳として出版(1910年:明治43年)されている。

しかし、芥川の幼少時に愛読したという『西遊記』における、「不死」にまつわる話は、何世代にわたって他人の人生の「輪廻転生」を体験する物語のなかに、虚無(ニヒリズム)的な要素がちりばめられていて、これをいかに乗り越えるのか?が天竺に到着してからの話となるのは日本的にアレンジした『煩悩☆西遊記』の核心なのである。

孤独をたどると、わが国では弘法大師空海にいきつく。

空海の言いきかせることを自己制御というならば、タガがはずれたか、自ら安易にタガをはずしたかして、どんどんと「大衆化」してしまう友が多数になって、無勢なのが自分だけと気づいたときの孤独感は、齢を重ねた人生ではじめて感じるものである。

そんなはずはない。
話せばわかるはずだ。
が、ぜんぜん通じなくなって、かえって相手を不機嫌にさせているのは、自分が異常なのか?

「孤独死」が社会問題になっているというのも、本当はどこまでの「孤独」なのか?
ひとりで逝っていて、最期を看取る人がいないことが孤独なのではなくて、大衆化した多勢にこれを拒否したい無勢となることが孤独なのである。

だから、大衆化を拒否する意思のある同類の人物との出会いを求めるのは、当然なのであるけれど、なかなか新規がみつからない。

1月6日事件の時効

パム・ボンディ司法長官を解任せよ!との投稿が多数ある。

2021年1月6日におきた、「国会議事堂襲撃事件」の首謀者を逮捕する動きが見あたらないためであるし、5年の時効が迫っているためでもある。

確かに、この事件だけをみると時効が気になるのではあるが、トランプ氏をはじめとしたトランプ政権2.0内で、司法長官更迭の声がきこえてこないのは何故か?

もっと巨大な「山」を追及しているからではないか?としかかんがえられない。

とにかく、クリントン政権からずっと、とくにオバマ政権の闇は深く、バイデンの犯罪的な政権は、4年にわたってしっかりと「売国」をやめなかったのも、その裏にオバマの存在があったからである。

活動資金は、ソロス財団やビル・ゲイツ財団だけでなく、DOGEによって政府組織のUSAID(アメリカ国際開発庁:1961年にケネディ政権によって創設)が、CIAの財布として数々の活動資金に利用されていたことが判明した。

そのケネディ氏暗殺の犯人探しに、CIAが編み出したプロパガンダ用語が「陰謀論:Conspiracy theory)であったし、政権に都合が悪い論には、この用語をあてることで「噴飯物」として世の中が相手にしないように仕向けてきたのであった。

さらに、カーター政権が高度成長で絶好調の日本を真似て創設した高級官僚制(SES)を、大拡大して、アイビーリーグの学生を千人単位で増員をかけたのがオバマであったから、これら大量採用の官僚を、「オバマ・チルドレン」と呼ぶようになっている。

むろん、軍もポリコレの士官を養成すべく命じられたので、此度のベネズエラ作戦(作戦名:Operation Absolute Resolve:断固たる決意)にあたって、南米方面司令官の女性アメリカ陸軍大将は、「X」に狙いはベネズエラの石油資源利権であると投稿してしまったが、これも作戦のうちなのか?それとも勇み足の余計なことなのか?

タイミング的に、あるいは、マドゥーロがどこにいるのか?を明確にする役割を果たしたのは、中国からの特別代表団であったし、彼らも空港の閉鎖で帰国できないでいる。
不思議なのは、イランから導入した自慢のはずの防空システムも作動せず、本作戦は数時間で成功裡に終了しているのである。

はたして、マドゥーロ夫婦は、事前に投降することに同意していたのか?が疑われるし、最低でも政権内に内通者が組織的にいたと解釈しないとおかしいのである。

では、トランプ政権2.0が目論む目的はなにか?であるが、当然に複数あるであろう。

だから、石油利権だという将軍の指摘はまちがってはいない。
だが、「1月6日事件」につながる重大事は、なんといっても「バイデンジャンプ」にみられる大規模選挙不正の解明にほかならないはずである。

昨年末には、ジョージア州フルトン郡(州都アトランタを含む州内の最大選挙区)の2020年大統領選挙での開票状況について、裁判所への証拠提出命令がでていてなんとまだあの選挙は終わっていないのである。

ちなみに、アメリカ大統領選挙は、州ごとの選挙人争奪戦なので、単純な得票数では決まらない。
それで、トランプ氏とバイデンの選挙人の数を決定づける票差は、わずか数万票なのであって、その一つがジョージア州の結果が影響する。

ときに、問題となって世界的に有名になったのが、自動投票機「ドミニオン」のあり得ない、ネット接続とか、作動プログラムの更新ミス、さらに、複数回スキャニングなど、ありとあらゆる疑惑がわいたことが記憶にのこる。

その「ドミニオン」の製造故郷が、ベネズエラなのである。

むろん、マドゥーロも、最有力候補者を立候補禁止にするやらの政治的妨害をやってはいるが、やはり決め手は、「ドミニオン」への依存だったことは有名だ。

すると、トランプ政権2.0は、いかなる条件を提示して、マドゥーロ夫婦と「ディール」するのか?が気になるのだが、「芋づる式」でとんでもないことが明らかになれば、むしろ本作戦は、マドゥーロ夫婦の生命の安全にとって「保護」となる可能性もでてくる。

なにせ、オバマは在職中に世界中の数千人を指定して暗殺指令を発したことでも有名なのである。

昨年中に、トランプ政権2.0ナンバー2の天才、スティーブン・ミラー氏が一連の「逮捕予告」を発しているのは、伊達ではないのである。

【緊急コメント】ベネズエラが踏み絵

3日のアメリカ軍による「ベネズエラのマドゥーロ夫婦拘束&アメリカへの移送」について、4日、わが国の外務省は報道官談話を発表した。

本稿では、この談話についての考察をしたい。

4項目の談話のはじめは、「関係国と緊密に連携して情報収集を含めた対応に努めています」とあるから、日本政府に事前通告がなかったことがわかるし、その後も連絡がとれないことを示唆している。

そこで、2項目には、邦人保護、を強調しているけれども、アメリカ軍は拘束作戦後に、全部隊が退去しているとの報道がある。
つまり、米軍が「侵攻した」のではないから、邦人保護の要請について現地の日本企業がどこまで求めているのかも不明な談話なのである。

南米の主だった報道では、「(国家の癌摘出の)外科手術が成功した」とある。

3項目目は、「日本政府としてはこれまでも、一刻も早くベネズエラにおける民主主義が回復されることの重要性を訴えてきています」だけで終わっているので、今回のアメリカの措置についての論評はない状態である。

おそらく、外務大臣も「なんのこっちゃ?」レベルなのだろうし、首相もノーマークだったのではないか?と推測する。
おどろくほどの、世界情勢音痴ぶりである。

そんな状況だから、お花畑の論を最後の4項目でぶちまけているのは、わが国外務官僚の限界を示す前例となった。
つまり、国益ではなく省益優先がこれほどまでにあからさまになったことの、恥ずべき例、としてである。

なんと、「国際法の原則の尊重を重視してきた」と、暗にアメリカを批難するギリギリの表現を駆使して、官庁文学の真髄を発揮しているばかりか、あろうことか「G7」やら「地域諸国」を含む関係国と緊密に連携し、といった世迷い言をかまして、さらに、「ベネズエラにおける民主主義の回復及び情勢の安定化に向けた外交努力を進めてまいります」と、意味不明な文章で終わっている。

わが国が、ベネズエラにおける民主主義の回復及び情勢の安定化にどのような貢献ができるか?といえば、なにもない、からである。
それにはやく「G7(アメリカと日本を除けば、G5)」なる、悪いトモダチ関係を断たねばならない。

むしろ、アメリカ側の予告は、これまでにもたくさんあって、これらについても日・米の連携なんてなんにもないし、そもそも、アメリカはバイデン政権からしても、ベネズエラのマドゥーロ政権を承認していない外交的事実がある。

よって、国家元首は不可侵であるといった「国際法」を、アメリカは破っていないという法理すなわち外交的にも国際法的にも筋を通しているのである。
ために、アメリカ民主党が、今回の措置を国内的にも批難するなら、バイデン時代へのブーメランとなる論理矛盾になるのである。

さらに、アメリカはマドゥーロ夫婦を、とっくに麻薬カルテルの首謀者として指名手配していて、今回の作戦にはFBI捜査官も参加し、そのまま「逮捕執行者」となっている。
そうやって、アメリカの裁判にかける、ということの前例(パナマのノエリガ将軍)も、かつて最高裁判所も認めているのである。

むろん、「国家主権」を引き合いに出せば、アメリカの傍若無人ぶりは問題だが、そもそもアメリカという国は傍若無人だし、そんなアメリカの属国のわが国が、「国家主権」をいいだすのは、国際的な「お笑い種」であることすら、外務官僚が理解していないことのほうが深刻なのである。

しかも、アメリカはマドゥーロ政権の転覆ではなく、「現職副大統領の昇格」を暗に認めている。

ノーベル平和賞をトランプ氏に献げた、野党のマチャド女史にまだお呼びはかかっていない。

民主党が得意の「政権転覆」をすぐさまやらないところが、トランプ政権2.0なのである。

そんなわけで、わが国の高市政権は、いきなり「踏み絵」を試されている。
けれども、これがキツいのは、議院内閣制の限界をも示唆する事態だからである。
外交オンチだろうが、経済オンチだろうが、国会議員をながくやれば大臣になれる体制の限界ともいえる。

それでこれまでは、官僚から議員になって、古巣の大臣になるという「出世」街道があったけれども、先輩やらの事務次官とかが組織全体を牛耳る中では、「そこそこ」で通じたのである。

しかし、外部専門家をいかに使うのか?という「適材適所」が実現できない議院内閣制には限界があるとしれたのである。

この点で、トランプ政権2.0は、国務省の官僚(組織)を信用していないことが明らかで、重要な交渉に職業外交官を起用していない。

これはこれで、ちなみに、わが国では平成12年(2000年)をもって「外交官試験」は廃止され、「国家総合職試験」に統合されて人材が平準化している。

これはこれで、悪名高い「科挙」なのだ。

麻薬カルテルの撲滅という視点でみたら、コロンビア、メキシコ、カナダが次の相手である。

これに、ベネズエラの石油利権がからむけれども、マドゥーロが選挙にあの「ドミニオン」を使っていることも、トランプ政権2.0が一掃したいことであろう。

なんにせよ、日本は同盟国としての踏み絵テストをクリアできていないのが現状なのである。