かつて、わが国と「同盟」していた3国のうち、イタリアがまっ先に寝返ってちゃっかり戦勝国になったのをよそに、そのイタリアを占領してお荷物を抱えたドイツが崩壊し、たった一カ国でも戦い続けるしかなくなったわが国のバカ正直さについて、日本人の心の傷はいまだに癒えてはいない。
それが8月の「反省」という恒例行事となっている。
ところが、なにを反省するのか?が定義づけられていないために、個々人ですきな解釈となり、GHQの指示・命令の下、マスコミは一方的に「軍国主義」のことだと定義して、これを国民に押しつけたら政治も命令に従って、とにかくこの主義がいけなかったことになったのである。
しかし、そうではくて、負けたのがいけないとしての「反省」もあるから、まったく神学論争になっている。
とはいえ、決定的なのは、昭和天皇による「人間宣言」で、これでポツダム宣言受諾について死守の対象となり大もめしたはずのわが国の「國體」が崩壊したのであった。
このことも、軍国主義を葬るという意味では「大成功」したのだが、そのことの意味も、一般国人は深くかんがえてきたことはない。
70年代に流行った「ニヒルな漢(おとこ)」なるキャッチフレーズは、あんがいと的を射ていて、現人神=日本教を失った、「虚無(主義)=ニヒリズム」を的確に、だが肯定的に解釈する無機質容認が、現代の非伝統かつ非条理な社会を作り上げたのである。
なので、絶対的平和主義、なる論理矛盾のいかがわしくもわけわからんが、平気ではびこる国になったのである。
では「兄弟国」ドイツではどうだったのか?といえば、もっと大胆で、国際法的に「滅亡」宣言を受けたために、戦後の西ドイツも東ドイツも、完全に「新しい国」として建国されたので、ナチス第三帝国のことなどしっちゃいない、とする真の断絶が建前となった。
ようは、ドイツでも「ニヒリズム」が蔓延したのがわが国より深いのは、ニーチェの存在があったからである。
それで、ソ連が無力になったら、東西ドイツ統一、の奇跡がおきた。
しかして、あのときの陰の主役は、アメリカと英国の戦争屋たちにヨーロッパ金融貴族を加えた底知れぬ貪欲な者たちだったのではないか?
「お荷物の旧東ドイツ」という刷りこみがされたけれども、東独はソ連圏でもっとも優秀な経済大国であった。
つまるところ、旧東独のための経済支援、という名の莫大な詐欺資金が、誰かさんたちををたんと潤したので、旧東独出身のアンゲラ・メルケルなる妖怪を長く首相の座においたのではなかったか?
しかし、その旧東独からAfDが誕生し、とうとう世論調査で第一党にまで支持を広げるに至ったのは、既存政党のポンコツさでドイツ経済を破壊し尽くして、目も当てられない惨状となってしまったからである。
まったくわが国のバブルとその崩壊以降に起きた、政権与党による売国、と構造が似ているのである。
すると、特に旧西ドイツ人たちはいったいどんな戦後教育を受けていたのか?が気になるのである。
おおかた察するに、日本よりも激しい政治教育が行われたと推測する。
これを、圧倒的にヒトラー政権を支持したことのトラウマ、だとも言い換えることができるだろう。
それでもって、上に書いた東西ドイツ統一で旨味をえる者たちの底知れぬ貪欲さで、戦後ドイツが自助努力で構築したと信じられている絶好調経済自体の「刈り取り」を開始したのではないか?
とうとう、ドイツ人の法曹会1000人が、AfD禁止・解散を政府に求める署名を提出した。
これも、デジタル・タトゥーになるので、なかなかに勇気がいる署名である。
このパターンはアメリカで、バイデンのどら息子ハンター・バイデンが修理屋に残した「地獄のパソコン」をロシアによる大統領選挙への介入だとして歴代CIA長官などの50人以上が署名した「怪文書」と似ている。
いまやこのパソコンはFBIによって「本物認定」されていて、上の文書に署名した人物たちが捜査の対象となっているし、トランプ政権2.0によって「終身」のはずのアメリカ連邦政府セキュリティ・クリアランスを剥奪されているのだ。
つまり、大ウソであったことが一般にしれた。
しかして、ドイツでおなじパターンが使われていることに、なんとかのひとつ覚え、を感じるのである。
幸いなことに、わが国ではドイツほどの事態になっていないようにみえるが、高市内閣も過去の内閣同様に日本破壊に勤しんでいるために、トランプ政権2.0からの金融再占領は、かえって日本国民にはハッピーなのである。
トランプ政権2.0は、いまや欧州を棄てると決めたはずなので、ドイツも見棄てられたのだろう。
ただ、イーロン・マスク氏がAfDの強大な支持者だから、なんらかの形でトランプ大統領がドイツ(人)救済に乗り出す可能性はある。
そのとき、アメリカ企業を引き連れていくのだろう。
そのタイミングは、ウクライナの降伏時だとおもわれる。
となると、わが国にもなんらかの見える形での手が入るのだろう。

