カナダ保守党の敗北と日本

28日、カナダで「庶民院(衆議院)総選挙」があった。

辞任したトルドーが率いていた与党・自由党(日本の自由民主党のように左傾化が著しい)は、議員でもないマーク・カーニーという人物を党首に立てて、過半数は割ったもののこれまでの連立先との継続提携で、従来通りの国会支配を継続することが確実となった。

つまり、カナダはよりグローバル全体主義を追及する国となることが決まったのである。

詳細は、「カナダ人ニュース」さんが伝えてくれている。

これに国内では、保守等を支持するひとが多数の州で、「分離独立の機運」が高まっている。
その典型が、アルバータ州(州都はエドモントン)で、最大の都市はカルガリーである。

すでに州知事は、分離案を議会に提出済みで、同じく保守党の議席が多数の議会(一院制)で通過する可能性が高い。
もちろん、トランプ氏の呼びかけに応じて、アメリカの「51番目の州」になるかはまだ分かっていない。

なんにせよ、あたかも「テキサス州」のように、一旦、独立する可能性もあるが、全体主義の自由党政権がどう対処するのか?はまったく不透明だ。

世界では、伝統的な思想からネーミングした政党が、「共産党」以外、ことごとく変節して、ほぼ「共産化」するというトレンドになっていて、保守や自由を標榜する政党は、より民族色や独自色を濃くしたネーミングを採用する傾向が顕著だ。

カナダの「自由党」は、完全に国民の自由を否定する政党になったし、これはわが国における「自由民主党」が、まったく自由でも民主的でもないことでそっくりなのである。

ただし、わが国の悲惨は、「都道府県」に国家から独立する権限もなにも想定されていないので、アルバータ州が自分で選択するという方策は封印されている。

これがまた、国民の間に閉塞感を生み出す正体である。

つまり、教科書通りの「中央集権国家」なのだ。
しかも平城京や平安京の政府とはちがって、強力な官僚機構による締め付けが組み込まれている。

かつての中華帝国のそれよりはまだマシ、とはいえ、たとえば、29日の「財務省解体デモ」に集合したひとたちのやるせなさは、同情に値する。

だがしかし、呼び掛け人のひとりである人物は、あろうことか勇足なのか知らないが、財務官僚に向かって辞めた官僚の話を題材にして個人に呼びかける演説をしてしまった。

要は、組織・機構を個人として裏切れ!という誘いなのである。

これはいただけない。
その財務官僚を操るのは誰か?というわかりきったことに触れないのは、まったく同感できないからである。

官僚機構の上に、与党、という機構があるのだ。

だから、「財務省解体デモ」は、本来的でなく、与党に対する「解体デモ」をするのがスジというものだし、経済政策を決定づけるもう一つの「独立機構」がスルーされていることも気になる。

それが、日本銀行だ。

政府から独立させると決めた、「新」日銀法が施行されたのは1998年(平成10年)のことである。
すると、財務省を云々するならその前に、日銀法をもとに戻す法案を与党に要求しないといけない。

すなわち、わが国の場合は、あちらこちらで「ズレ」があるのだが、それこそが、与党をして安泰させる元凶なのである。

この点、野蛮な白人国家の方が単純な構造になっている。

それを込み込まれた韓国の大統領選挙がどうなるのか?は、わが国へ大影響するが、他人事になっている。

スクラップ・アンド・ビルドの対象に、わが国もあるということなのにである。

2025年MET『フィデリオ』のこと

このブログでいくつか書いてきた、METライブビューイング『フィデリオ』(4月25日〜5月1日上映)を観た感想である。
今シーズンでは、36年ぶりの新演出『アイーダ』のことをこないだ書いた。

まず本編上映の前に、メトロポリタンオペラの総裁である、ピーター・ゲルブ氏からのメッセージがあったのも、この「政治オペラ」の特徴を表している。

ニューヨークのど真ん中「リンカーンセンター」に位置するメトロポリタン歌劇場は、現代の政治的には、民主党の牙城のはずで、2005年に「ソニー・クラシカル」の社長だったゲルブ氏も同様なのは、ある意味いたしかたないところだろう。

そのゲルブ氏は、就任時に、「年老いた芸術オペラを改革する」と述べている。

さいきんになって、あの「ディズニー」がSDGsやらからの撤退を表明し、金融機関だけでないエンタメ分野でも極左の衰退著しいかと話題になったが、どうやらMETはまだまだ「現役の極左」を続ける決意のようである。

それが、ゲルブ氏の話にあったのが、合点もいくし、「改革」の「時代遅れ」も感じたのは意外であった。
彼の妻は、フルート奏者から指揮者になって、いまは「ウクライナ支援」で活躍していると自ら語ったのも、政治的なのである。

もちろん、ベートーヴェンがこの作品を書いたのは、彼の「共和制」への強い思いがあってのことだとは、ベートーヴェン・ファンなら知らぬものはいないだろう。

それに、ベートーヴェンは、モーツァルトの後をつぐフリーメーソンのメンバーであったから、同じメンバーのシラーが書いた『歓喜の歌』における「神」とは、いわゆるキリスト教がいう「神」を指すのではないことも、ファンなら承知だろう。

当時の作曲家稼業は、王侯貴族のお抱えで、しかも、宮廷組織的には料理長配下に位置したのである。
なぜなら、食事中の音楽を作曲し演奏することが本業だったから、料理の下に位置付けられていた。

ときに、ベートーヴェンが敬愛したナポレオンがその王侯貴族を破除して「共和制」の世の中にすると思いきや、自ら「皇帝」を名乗ったために交響曲第3番のタイトルも『(ナポレオン・)ボナパルト』から、『エロイカ(英雄)』と書き換えられた。

このことから、ベートーヴェンは史上初の、「フリーランス作曲家」になったのだが、安定収入のパトロンがいなくなった、という意味でもあった。

さて、この「政治オペラ」には、現代でもドキッとする「歌詞」が囚人が歌う合唱曲にある。
「小声で話せ、我々は監視されている」がそれだ。

第3稿でようやく『フィデリオ』で出版されたのは、1810年のことである。
それまでベートーヴェンは、題目に『レオノーレ』を主張していた。

同じ時間の日本では、第11代将軍家斉の時代である。

ところで、ナチス・ドイツの時代、このオペラがなぜか好んで上映されていた。
まったくナチス思想と相容れないはずのものが、なぜか?とトーマス・マンが不思議がったというが、この曲を歌うことの難易度は「極上」なので、夫婦役が揃って「ワーグナー歌手」の出番なのである。

そのワーグナーの「楽劇」を愛してやまなかったのがヒトラーだった。

つまり、音楽性が「ドイツ的」だから、という理由から「内容を問わなかった」のだろう。
この「共和制」を賛美するオペラを、真逆の民主党支持者ゲルブ氏がこれみよがしに「今の時代だからこそ」と力を込めて上演させる意図は何か?と氏自ら上演前に観客へ問いかけてくれた。

どんな理屈から、このオペラが民主党好みの解釈となるのか?

先にリンクを張った記事にあるように、総裁として、「メトロポリタン歌劇場は、ロシア人歌手アンナ・ネトレプコさんを降板させた」と政治的な判断をしている。
ネトブレコ女史は、この劇場の看板ソプラノ歌手のひとりであったが、プーチン氏と仲がいいという理由が「舞台から去らした」理由なのである。

まさか悪の権化たる刑務所長が処刑されるまでやる「旧」演出のまま、善の権化の大臣役を際立たせる場面の単純さだけを観客に観せて、「共和制の権化」のトランプ氏を吊るせと暗示しているならば、笑止に他ならない。

もっといえば、この刑務所長がゲルブ氏の真の姿だと観客に見せたかったのか?

だが逆に、民主党の牙城のニューヨークで、「共和制(党)讃歌」をやったのならば、それこそ万雷の拍手の意味があるというものだ。

こんなことをかんがえさせられるのも、面倒な、それでいて小声で話さないと監視される社会になったことの現実が、恐ろしくも単純なこのオペラを輝かせているからなのである。

それにしても、配役に人種やらを無視する方法は、配信される「ラジオ」ならまだしも、ビジュアル的にはなかなかに違和感があるものだ。

METの『ファウスト』で、メフィストフェレス役を好演した、いまは大御所のルネ・パーぺ娘役が東洋人(上海出身)であったのは、見事なドイツ語の歌唱とあわせて大したものではあるのだけれど、ベートーヴェンが納得するかは微妙である。

その娘マルツェリーネが、男装の人妻(レオノーレことフィデリオ)に恋し正体が知れて絶望するというオリジナル設定も、いまならどこにも絶望感がないかもしれないことにベートーヴェンは驚愕するのだろうか?

だが、わたしが気になったのは、マルツェリーネに求婚する空気が読めない男、ヤッキーノが生涯独身だったベートーヴェンの姿に見えたことである。
METは、この端役の歌手にも幕間のインタビュー出演させて、そのひとりでズレている役所(重唱におけるわざと外した作曲)について語らせているのである。

かくも「時空」を超えた政治ドラマが、政治的な思惑にあふれるMETならではの政治オペラとして花咲いた『フェデリオ』であった。

しかして、日本の観客の多くが「全共闘世代」とおもわれるひとたちで、この特異な世代にどう伝わっているかがよくわからないのは、『エルサレムのアイヒマン』を書くにいたったハンナ・アーレントの姿を描いた映画『ハンナ・アーレント』の観客層とおなじであるからなのだった。

内容よりも雰囲気で判断する傾向が見て取れるのは、グローバル全体主義の妙な共通なのである。

30円で電車に乗れた時代

ゴールデンウィークがはじまって、旅にでるひともおおかろう。

日本最古の現役の「駅」は、いまの「JR桜木町」(最初の「横浜」駅)で、この駅の構内には戦後の古い写真がギャラリーとして貼ってある。
あたかも、青函連絡船時代の写真が展示されている「青森駅」のようではあるが、「現役」というアドバンテージはおおきい。

その写真のなかに、都市圏の国鉄駅にはふつうだった、ボタンなしで「30円」をいれるだけの自動乗車券売機が並んでいた光景がある。

100円玉を入れようが50円玉を入れようが、ちゃんとおつりが出てくる当時としてはすぐれものだった。

なのでお札しかないと、有人の窓口で切符を買ったものだ。

これで1969年5月10日から、1974年9月30日までなら、区間5Kmまで乗れた。

1974年10月1日から、1976年11月5日までは、3Kmまで乗れた。
なお、5Kmまでなら10円値上げ(33%増)で40円になった。

これを「安い!」というのはかんたんだが、当時の所得と比較しないと、負担感の比較にはならない。
それに、第一次石油ショックは、1974年の1月から怒濤のようにやってきて、ときの大蔵大臣だった、経済の福田(赳夫)をして、「狂乱物価」といわしめたのである。

しかして「石油ショック」とは、典型的な「コストプッシュ型インフレ」であった。

ときに「インフレ」とは、通貨価値がモノやサービスの価値よりも低くなる、逆に、モノやサービスの価値が通貨価値よりも高くなる現象をいう。
だから結果的に、物価が上がるのである。
直接的に物価が上がる現象をもって、インフレとはいわないので注意したい。

それから、トイレットペーパーが商店から消えた、あの混乱は、子供心に滑稽だった。

けれども、コロナ禍でティッシュペーパーが消えたので、日本人は世代を超えてなんら学習なんかしていない。

いまは、自動改札も「タッチ・アンド・ゴー」だし、デポジットを入金しておけば改札で自動精算されるから、いくらかかったのかの金額表示を見のがすと引かれた運賃がわからないようになった。
旅先の駅の料金表示路線図で、自宅最寄り駅までの運賃がわかるとゾッとする。

しかしながら、これは都会に暮らしているからで、人口密度が薄くなる地方では、完全に自家用車が主たる移動手段になっている。

また、地方ほどガソリン代も高いので、地方は都会と比べて物価が安いはずという神話はとっくに崩壊している。
地方のガソリン代が高いのは、製油所からタンクローリーでチマチマ運ばれることの「運賃」も負担しないといけないからである。

アメリカはトランプ政権2.0になって脱炭素なる狂気から「降りた」が、わが国の「自・公・立憲維新れいわ」政権は、その気はなく、売れればなんでもいい自動車会社は、電池を先に買わせる「ハイブリッド車」の燃費がいいと宣伝して、「元」がとれないうちに新車を売ってもっと儲けようとしている。

載せていた電池の処理を考えるのは、産廃業者の役目で、一般人は考えないように仕向けられている。

タクシーなどの営業車ならまだしも、一般人が年に1万㎞程度を走行するなら、乗り潰さないと元は取れっこないから、これに気づいたひとを黙らせるのに「走行税」なる罰金を取ろうと画策している。

日本の政党がほとんど左翼になったのに、どういうわけかJRを、労組の天国だった「国営」に戻そうという話がない。
もちろん三公社五現業ぜんぶにいえるが、林業の国営だけは残存している。

コストがバカ高い、水素自動車なんかに投資しないで、三菱電機が完成させた「超小型原子炉」をどうやってつかうのか?をかんがえたくなる。

情報がすくなすぎて、国鉄は悪の権化のように国民から憎まれたけど、「分割民営化」はほんとうに成功だったのか?をだれも評価していない。
JR東と、JR東海とJR西だけが成功していて、JR北海道、JR四国、JR九州のはなしは中途半端なのである。

そもそも、鉄道は人口密度に依存した事業だ。

電気で走る電車はエコだ、というのは、もはや崩壊したEVがエコだというエセとおなじだ。
新幹線の料金体系でロンドンまで計算したら、いったいいくらになるか?
圧倒的に飛行機の方が安いのは、かかるおカネが機体と燃料と空港維持費しかないからだ。

鉄道は、「鉄の道」を土木と電気配線を中心に、全区間を人力で維持しないと安全走行ができない。
それには、発電所から変電所の維持も含まれる。
ならば、いまの変電所に超小型原子炉を設置したらどうなるのか?

となると、やっぱり国営が有利ではないか?

都市部のJRが儲かっているようにみえるのは、不動産の有効利用も事業範囲に含まれたからで、なんのことはない、付随事業ができなかった「鉄道法」がネックだっただけではないか?

ただし、接客サービスがどうなるのか?は悪化するはずだから、これは民のままにするとか。

さすれば、「30円」で5Km乗れるようにするにはどうしたらいいのか?をシミュレートする価値はある。
ただし、ヨーロッパ式に変えて、近郊区間なら30分料金とかの時間制で乗り替え自由ではいけないのか?

こういうのを、民間の「総合研究所」なるシンクタンクがやるべきだが、どうせならクラウドファンディングでもしたらいい。

役人からもらえる「研究」に依存していると、信用もなくすだろうに、と余計なことをおもう昨今である。

葬儀に「礼服」は世界標準ではない

ローマ教皇の葬儀に参列したトランプ大統領が、例によってマスコミにたたかれている。

「黒」ではなく、「濃い青」のスーツに青いネクタイを着用していたことが、ローマ教会が定める葬儀のための「ドレスコード」に抵触することを根拠としているらしい。

が、今回のご指定は、「適切な服装」であった。

ところで、ネットでは、報道各社が出したというトランプ大統領を中心にした「全体写真」を、ズームアウトしてみると、やや後方に元職にしてカソリックのバイデンが「青い」スーツを着て立っているし、はたまた、英国のウィリアム王太子も「青い」スーツ姿でいらっしゃる。

よくみれば、「青」が目立つばかりか、「黒」が定番のはずの女性でも、インド風に青い布を肩から巻いているひともいた。

つまるところ、例によっての、フェイクニュースである。

日本にも、「冠位十二階」があって、それぞれの「位階」を「色」で表すことをしていたし、このやり方は、日本の仏教界でもいまだに健在で、江戸期には「紫衣事件」なる天皇退位に至るまでにこじれたこともある。

彼のキリスト教文化圏では、「青」は、「聖母マリア」を象徴する色とされている。

たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画『受胎告知』では、聖母マリアは青色のローブをまとっている。
意味は、「純潔」、「信仰」なのである。
このローブの下の衣服は「赤」で、「天の愛情」を表すといわれている。

ちなみに、教皇が被る帽子(「ズケット」、「カロッタ」という)は「白」だが、枢機卿は「赤」、司教は「赤紫」、大修道院長は「黒」と、日本の官位のように決まっているが、その下の、司祭や神父は帽子を被ることもない。

また、ミサで着用する「祭服」についてとか、「典礼色」については、ネットで「聖書と典礼」を調べるとある。

だから、とりようによっては「黒」よりも、教皇への敬意という点でマリアとの一体感を示すのは、非難されるようなものではない。
だからか、騒いでいるのはマスコミで、教皇庁はコメントしていない。

さてそれで、日本語になった記事の前提に、暗黙の「日本的礼服基準」があることに気づく。

いわゆる「スーツ」を販売する全国チェーン的ないいかたをすれば、「礼服」のことで、むかしならちゃんと「略式礼装」といっていたものから「礼」だけ残して「服」を付けたものだ。
これが、いわゆる簡易的な「ユニフォーム」として定着したのである。

英語辞書で「uniform」を引けば、同形の、同型の、そろいの、一様な、均一の、という意味がでてくる。
日本人がすぐさま連想する、野球やサッカーなどのチーム毎の統一されたデザインの服や、レストランやらでの制服を直接イメージするのはまちがいである。

しかして、葬儀や結婚式など、いまでは少なくなった「儀礼」を伴う、まさに「フォーマルな場」が、あまりにも特別になったので、このようなユニフォームさえ着ていれば何はともあれ失礼にはならないという安直がウケたのである。

逆にいえば、これさえ着れば恥をかかずに済む、ということである。

だから、どうして黒なのか?とかをいろいろ考えずにいたら、ついに「黒でなければならない」と自己規定することが、単純に「ただしい」に変容してしまい、こんどはそこから逸脱したものに「嫌悪感」すらいだくように誘導されても、それが誘導とは思えずに、積極的に賛同するようになるのである。

ここに、「大衆」をプロパガンダしておもうように動かす「支配」の側の狙いがある。

ときに、日本人にとっての「第一礼装」とはなにか?
こたえは、男女ともに、「黒紋付」である。

「和装」の足元は、「足袋」に決まっているが、このところベルトで止められるサンダルに足袋を履いて出かけている。
足のツボが刺激されて、気持ちよいばかりか「頭が冴える」のである。

大方の日本人が、足袋を履いていた時代に、冴えていたのはこのためか?

冴えない記事に翻弄されるのも、洋風靴下の甘い包み具合による脳への刺激が減ったことが原因かもしれない。

改革なき改革

ひとくちに「江戸時代」といってもざっと270年ある。
その中で、学校でも暗記させられる「改革」は三つしかない。
・享保の改革 (1716-1745年):八代将軍 徳川吉宗
・寛政の改革 (1787-1793年):老中 松平定信
・天保の改革 (1841-1843年):老中 水野忠邦

ときに「改革」を国語辞典で調べると、辞典によって解釈が微妙に違う。

なんにせよ対象となるのは、既存の「制度」や「機構」を変えることである。
『明鏡国語辞典』では、「よりよいものにすること」とあるが、『新明解国語辞典8版』では「新しい時代に適応するものに改めること」とある。

よりよいものにすることの、対象が「誰か」によって大きく意味がちがう改革になるし、新しい時代とは「どんな時代か」によってもちがってくる。

受験勉強の「初歩」に文科省によっておとしめられた、義務教育になったので、義務教育期間を終える「中学卒業」で一生を食べていくのが困難になった。
これを、さらに「改革」して、事実上の「高校全入」を達成したら、こんどは「無償化」という義務教育期間の延長をやって、さらに大学にまでこれを拡大する魂胆のようである。

それが証拠に、文科省はすでに「高等学校」を、「後期中等教育機関」と定義している。

だったら、小学校➡︎中学校➡︎高等学校、を「改革」して、小学校➡︎前期中等学校➡︎後期中等学校と「改称」させないとおかしいが、それだとありがたみが薄れるからかこれをやらないで放置している。

この意味では、「中高一貫」というやり方は、「(全期)中等教育機関」の合理性があるようにもみえるが、ここに重なるのが生徒たちの「思春期」という成長に伴う「心身の変化の時期」にあたるために、集団の環境を変えるという意味での学校自体に変化を持たせることの合理性を優先させていたこととの比較吟味が必要となる。

さらに、「大学教養課程」をじつは「高等教育」といいたくないからだろう。

大学進学のありがたみが半減してしまうからでもあるし、わが国の大学教育は事実上「大学院」でしか受講することができない実態がバレると困る「関係者」との利益相反になると推察する。

天然資源の加工による「科学技術立国=貿易立国」のはずが、「科学の基本」を高等学校の必修から外して、理系大学の授業に依存するようにしたから、理系大学でむかしの高等学校の「基礎」からやらないといけなくなった。
しかし、大学は4年間という制約なので、はみ出したしわ寄せで大学院がそれを引き受けている状態になった。

さらに、企業が自社の研究開発を縮小させているので、研究をしたいひとが「外国流出」するはめになっているけれども、こんな実態をしらない経産省ではないから、わざと、だと確信がもてる「政策」なのだと理解できる。

それで、「日本政府 改革の歴史」をA.I.に語らせてみたら、明治の三大改革として、「学制」、「徴兵」、「地租改正」がでてきた。
前提に、封建制の廃止と近代化の推進がある、という。

戦後は、GHQおかげの「民主化改革」があって、憲法改正、政治体制の変革を基礎に、行政改革と規制緩和を中心に、様々な課題への対処のための改革がおこなわれているという趣旨の回答を得た。

A.I.という誰かがプログラミングした人為を、あたかも無機的な電子機器が正解を出すような幻想に囚われることのヤバさの例だ。
もしも、「GHQおかげ」という前提をネガティブに変更したらどうなるか?を考えさせない、という利用方法になっていないか?

そういえば昨今では、めっきり「ファクトチェック」を人間の専門組織に問わないで、A.I.に問うて解決したような体裁にして発信しているひとがいる。
人間の専門組織の怪しさがようやく一般的になったのは是としても、その代替がA.I.とはまことに愚かしいことであるが、それで満足するやからが本当に多数なのであろうか?

ようは、「真実はなにか?」が、わかりにくい世の中になったのである。

ならばむかしはわかっていたのか?と問えば、マスコミ報道を信じていればよかった時代があったし、封建時代に遡れば、「お上」のいうことが真実であろうとなかろうと、余計なことはいわずにだまっていればよいだけであった。

その溜まった精神の避難地が、神社仏閣における「信仰」にエネルギー変換していたのだろう。
徳川幕府における「寺社奉行」の地位の高さが、思想統制としての宗教を扱っていたことがわかるし、その巧妙さで「葬式仏教」になったのだった。

いまは、そんな避難地すらなくなって、どうしたものかの挙げ句が「X」という言論空間になっている。
ゆえに、「現代のお上」はこれを制限したくなって、「改革」するのである。

すると、誰のための?という前提が、民主主義なら自動的に有権者=庶民のためになるはずのものが、ぜんぜんならないことに気がついて、一斉に、民主主義への信仰がひとびとの中から剥離・凋落しだしたのである。

だからもう、「改革疲れ」の段階は通過した。

野党がいう「改革」の言葉が、ぜんぜん響かないばかりか、まだそんなことを口にする感性のなさに呆れるのである。
この点で、与党はすっかり「日本をあきらめた」ので、なんのこころに後ろめたさも傷もなく「売国に勤しんでいる」のは一種の正直さともいえる。

つまり、改革をやり過ぎたのではなくて、目的を失ったばかりか、ちがう目的が設定されたのである。

それでもって、「改革が自己増殖」したのをだれもコントロールできなくなった。

はたして、1000年続く「末法の世」のひとつの破局がここにある。

仏フィガロ紙の特集記事「東京は新しい香港になる」

22日に公開され23日に更新された記事の見出しである。

「Le Figaro」は、「Le Monde」(夕刊紙)と共に有名なフランスの新聞である。
立ち位置は、中道右派となっているが、日本の「読売新聞」と提携していることから推測するに、DS側の仲間とも推測できる。

この記事自体は、同紙、セバスチャン・ファレッテイ東京特派員の署名記事である。
わたしは同紙の定期購読者ではないので、この特派員のことはしらない。
一般に、わが国の新聞やらとちがって、外国の新聞には「記者の署名がある」のがふつうだ。

それで、記事の小見出しを自動翻訳でみると、「習近平時代の鉛のマントから逃れてきた中国人の避難所、日本」とある。

あんがいとこの記事が「古い」のは、似たような内容で昨年の11月17日付け「COURRiER」が、「Le Monde」のSimon Leplãtre記者による「移住先に東京を選んだ中国人たちの「いま」」を掲載していることでわかる。

なお念のため本稿では、昨今のわが国における「外国人移民問題」については深掘りしない。
むしろ、いまの東アジアの情勢は、「日清・日露戦争」の状況に近いことをテーマとしたいからだ。

すでに、当時の日本帝国は、「脱亜入欧」(明治20年頃の造語)を意識的に、しかも重点的に実行していたので、「遅れた」大陸や半島からの亡命者は多数いて、これらを欧風に啓蒙して送り返す「革命分子の輸出」もやっていたのが日本人だった。

これを支えたのが、中国の戦国時代にはじまるとする「食客」の風習が、儒学を通じてわが国にもやってきたことだ。
それで、さまざまなパトロンたちが有望だと判断した人物を自家に囲って食わせていた。

今に通じる例なら、赤塚不二夫がデビュー前のタモリを食客としていたことは有名だ。
むかしは、高級官僚やら政治家、あるいは学者も、「書生」というかたちで食わせることでの人材の囲い込みをしていたのである。

それで、政治家の秘書から身を立てるルートとなって今に至る。

けれども、「食客」を多数抱えることができるほどの「お大尽」が絶えて、いまや死語に近い。
別のいい方では、「居候」である。

だから、日本にやって来ても「自力」での生活が必要かとおもえばさにあらず、なんといまでは「国家」がこれらのひとびとを「食客」として迎えているともいえるのだ。

このところわたしは、習近平氏を複雑な目線でみている。

それは、習氏が「ナショナリスト」という本質的な思想の持ち主で、毛沢東の信奉者ということの重要性に注目したいからである。

これとは逆に、「反・習近平」とは、あんがいと「反共」とは別の、「親・江沢民派」という側面があることが重要なのだ。
江沢民派=改革・開放政策=グローバル全体主義に通じるので、いわゆるDSとの相性がいい。

つまり、反・習近平とは、グローバル全体主義者をさすことと同義となるのである。

しかし、だからといって、「インターナショナル」だった共産党のトップである習氏が共産主義を棄てたわけでもない。
ここが旧来のインターナショナル全体主義、対、グローバル全体主義の対立となって、それぞれを内包する共産主義との絡みで、習氏の立ち位置が両者をまたぐわかりにくさがある。

とはいえ、その習氏の体制が嫌だから=江沢民派だから、日本にやって来たのだというのは、もっともわかりやすい、わが国がグローバル全体主義のDSによって支配されていることを示すのである。

この目線に立つと、トランプ政権2.0が、トランプ政権1.0のときに築いたという、習氏との個人的な関係がある、と主張することに矛盾はない。
反DSを政治目標とするトランプ大統領の立ち位置から、プーチン大統領とともに、習氏は「仲間内」となるからだ。

江沢民亡き後の江沢民派はどうなっているのか?

深くもぐり込んでよくわからない。
ただし、香港・浙江財閥との関係の濃さがある。

つまり、冒頭の「東京は新しい香港になる」が意味するものは、東京=日本が、江沢民派の亡命地になったことを意味するだけでなく、そのまま乗っ取られて、新しい中国になって習氏の大陸とかつての蒋介石に征服された台湾のようになることを示すのである。

少なくともフランス人のインテリはそうみている。

それゆえに、中国との貿易対立に当てつけて、トランプ政権2.0が最初にわが国をやり玉に挙げたのは、放置すれば日本が江沢民派に奪われることの、代理戦争をやっているともいえる。

この意味では、習氏の国内統制が弛むことは、江沢民派に乗っ取られたわが国の与党には有利だが、習氏の統制が強化されると困るのである。
このために、トランプ関税交渉のこの時期に、あえて自公のトップが北京詣でをするのは、親・習近平を装った江派へのヨイショの緊急テコ入れなのではないか?と疑うのである。

もちろん、江派はDSの一部だから、アメリカ民主党とも懇意である。

その民主党の活動家たるウィスコンシン州地裁のハンナ・デュガン判事を、FBIが公務妨害として逮捕・訴追したと、カッシュ・パテル長官が「X」に26日投稿した。
すさまじい攻防戦が、アメリカ国内の末端でもおきている。

次期大統領選挙に民主党の最有力は、いまのところ民主党員ではないバーニー・サンダースとアレクサンドラ・オカシオ・コルテス(A・O・C)の極左コンビのようだが、このふたりは当然だがグローバル全体主義側なのである。

これが日本の与党に関係しないわけがないのである。

そのための援助が、政権与党の政策になっているから、アメリカとちがって事件とならないのがわが国なのである。

つまるところ、トランプ政権2.0と習政権の中枢が、わが国政府を攻める理由がこれだ。

宿泊業が宿泊税に反対しないのはなぜか?

答は、私には(理解)不明である。

2日、「トランプ関税(率)」が発表されて、世界はアメリカの関税戦争に巻き込まれた、ということになっている。

しかし、トランプ氏のこれまでの行動パターンから、先にぶち上げてから交渉するという順になっていることに気づくと、骨髄反応を示したらかえって負けなのだ。
じっさいに、翌3日には、「仮に他国・地域が何か「驚くべき」ものを提示することができれば、関税引き下げにオープンであると語った」とブルーグバーグが報じている。

ほらね。

しかして、わが国にとって問題なのは、1月20日の大統領就任演説にあった、ヨーロッパを意識した付加価値税VATへの批判でわかるように、同じ構造の「消費税」が関税障壁だということをわざと報じないから、大手メディアは悪質なのである。

これも日本政府からの要請があってのことなのか?

つまり、わが国に課すとした「24%」には、「10%」の消費税分が含まれているので、実質的に「14%」だが、いまが「2%」程度なので、真水の増分は「12%」なのである。

国民を騙したい日本政府は、「24%」が多いのなんだと文句をいっているように見せかけているが、輸出企業の組合団体たる財界(経団連)と損得の協議中なのだろう。

さて、「輸出」とはなにか?を問えば、自国製品やらサービスを外国に販売することだ。

だから、いわゆる「インバンド」で来日する外国人観光客が日本国内で消費する分は「輸出」と見なすことができる。
外国人は、かならず自国通貨を「円」に交換して消費するからである。

すると、トランプ大統領が、アメリカ連邦税制にない付加価値税や消費税を関税障壁だと認定したごとく、おなじ「宿泊税」はどう見えるのか?という問題に突き当たる。

ここで、重要なのは、「憲法」なのだ。

アメリカは、世界ではじめて「成文の自主憲法」を制定して建国した。
日本人は、「アメリカ独立宣言」をしっているが、なぜか「アメリカ合衆国憲法」をしらないようにされている。

高らかに理想を語る「独立宣言」とちがって、より具体的な合衆国憲法との間には意外なほどの断絶がある。
これを埋めるために、「修正条項」が付加されているので、「社会派ドラマ」に頻出する、「修正◯条」というセリフも、日本人にはググらないとすぐに理解できないのである。

その日本人には、「明治憲法(大日本国憲法)」を改正したことにした「日本国憲法」も自分たちで制定したという「想い」も「感覚」もないので、一般法とおなじだが「最高法規」として格がちがうだけとかんがえている。

それが、自民党の憲法改正案に如実に表れていて、「基本的人権の削除」がその最たる例になっている。
国の最高法規だから、最高に国民を支配する道具としているのが自民党の発想なのである。

しかし、近代民主国家の憲法とは、「主権在民」が基本だから、国民から国家・政府への命令書が憲法なのであって、だから、主権在民なのである。
よって、国民の諸権利の中にある「財産権」を侵蝕する「税制」も、基本的には「憲法違反」と解釈されるのが、アメリカ共和党トランプ派の主張にあるのだ。

それで、外国からの関税を中心に置き換えて、内国からの所得税を廃止しようとしている。

すると、外国人からあまねく徴収する「宿泊税」は、外国人からの徴収とするだけなら、トランプ関税とおなじ趣旨といえるけれど、日本国民からもあまねく徴収するとなると、国民の財産権への侵害となる。

とにかく、「税は罰金」なのだ、という観点が、「租・庸・調」の時代から馴らされている日本人には希薄だという、奴隷に近い感覚がある。
小学生のときから疑問なのだが、中央に兵力がない律令制度の時代に、日本人はどれほどの脱税をしていたのだろうか?がわからないのである。

従順な羊のように、ほんとうに「租・庸・調」のどれにも抵抗なく応じたのか?
「防人の歌」はあっても、抵抗した形跡をだれからも教えてもらってはいないので、やっぱり無抵抗だったのか?

なんにせよ、とかく「税」の話は、なぜか「徴収する側=官」の理屈が優先的に解説されて、「徴収される側=民」を説得するばかりで、取られる側の財布についての議論はいつも二の次なのだ。

消費税も宿泊税も、なんなのか?といえば、それぞれに「目的税」としての意味づけはされているが、その通りになっていないのは受領したら「官が勝手に使う」だけだからである。
このことを、トランプ政権2.0がDOGEを用いて証明してみせたし、アルゼンチンのミレイ大統領が先行的に実績をだしている。

これには、「決算」が証拠になるが、国であろうが地方であろうが議会の「決算委員会」なるものが機能していると信じる日本国民はいないだろう。
そもそも、行政が「のり弁」のように真っ黒けの消し込みをした書類をもって、「情報公開条例に基づく情報公開文書」とうそぶいても首長や役人に処罰も何もない国なのである。

この点で、地方検察庁も死んでいる。

宿泊税の話に絞ると、料金=価格の「外にある」のが宿泊税だというのも、徴収する側=官の論理だ。
もちろん、宿泊税は消費税とかぶらない設計になっているので、かぶるのに何もしないガソリン税とはちがうから、ガソリン税の二重課税は余計に意図的なのだとわかる。

徴収される側=民からしたら、「宿泊料金」とは、宿泊料(日本だと「サービス料」含む)+消費税(国と地方)+宿泊税(課税を決議した特定の地方での定額)の合計なのだ。
なお、宿泊先が温泉宿ならば、これに「定額の入湯税」も加算される。

つまり、宿泊予定者は、実質負担する宿泊予算をかんがえるときに、「総額」で計算するものだ。
なんだか特殊浴場と似ているが、「料金」とはそういうものである。

すると、総額予算にある「税」は、宿泊施設が本来設定できる「価格増分」とイコールになるので、宿泊施設経営者からしたらこの「増分」が利益の圧迫になるのである。
これは、従業員にも由々しき問題で、人件費が利益分配だとかんがえたら、徴収する側=官に、自身のあるべき所得を横取りされたこととなる。

このことは、付加価値税としての消費税の論議にならない不思議もある。
従業員の人件費は、「付加価値」に含まれるので、なんと消費税の対象なのであるにもかかわらず、なのだ。
これが、正規社員が非正規よりも企業に負担が重いことの原因のひとつになっている。

ちなみに、野党第一党がいいだした、「食料品への消費減税」は、飲食業への消費税負担が「増える」のだが、こんなことも飲食店経営者に認識されていないという「悲劇」も、消費税とは、消費者が負担する税であるとのプロパガンダに成功している証拠となっている。

何度も書くが、消費税とは付加価値税なのである。

現状、インボイス制での仕入れで、飲食店は食品原価分の消費税は課税されないが、これが付加価値「扱い」に転じる仕組みとなっている。
だから飲食店にとっては、「増税」になるのである。

よって、飲食店の従業員への賃金にも下げ圧力として影響する。
これを、労組が支える野党の主張なのだから、いったいどういうことなのか?

さらに日本では、「サービス料」も売り上げる慣習があるので、戦前には欧米同様にあった習慣のチップ収入をなくした従業員には、二重の意味であるべき所得を失っているともいえる。

大手は「別」だとあえていいたいが、宿泊業の産業的目線からの分類は、「労働集約的」でありながら「資本集約的」であるという、いがいと他産業にはない特徴がある。
似た分野に、医療・介護業界があるのは、「Hospice」を同一語源とすることによる。

ここで、問題になるのが「減価償却」なのである。

損益計算(書)が役に立たないのは、何度か書いてきているが、「減価償却」を「積立金」としている中小宿泊業の経営者は皆無ではないか?
ために、温泉宿なら、商品の要である「大浴場」の給湯設備に対する、壊れたら対処、という習慣で、とうとう対処できないままの状態になることでわかる。

もちろん、建物の建て替えともなると、お手上げ、なのは、減価償却分を積み立てることをしないで「儲けとして」食ってしまったからである。

「資本集約的」なのに、資本の源泉にあたる減価償却を「現金の利益」として扱うので、全国に廃墟の宿を量産したのが業界標準の経営なのである。

こうした点から、徴収する側=官に利益をかすめ取られることにも気づかない。

これが、不明の中でわたしがかんがえる、宿泊業が宿泊税に反対しない理由のひとつの仮説である。

「WEF」の脱皮

ローマ教皇逝去と同じ21日、世界経済フォーラム創設者のクラウス・シュワブが事実上「非常勤会長職」を理事会によって解任されたのだが、再びの「辞任」と報道されている。

この邪悪な民間団体を、一代で世界有数の有力な政治組織としたことの表面上の功績は評価しないといけないだろう。
創設は1971年だから、1938年生まれのシュワブ氏が、弱冠33歳のときのことである。

学位は、工学と経済学の博士。
ハーバードではヘンリー・キッシンジャーに直接師事した数少ない人物のひとりである。
ただし、その思想は、共産主義そのものである。

意外にも「イエズス会」出身者として初の教皇となったフランシスコの悪名は、伝統的な小児に対する興味の異常さを指摘されていたものだ。
わが国に関係するのは、「天正の少年使節」と、秀吉の「バテレン追放令」という真逆のふたつのエピソードが残っている。

はたしてあのフランシスコ・ザビエルも、宣教と敵情スパイが来日の目的だったことは、いまでは教会に残る資料からも実証されている。

ドイツ生まれのクラウス・シュワブは、カソリックとして育てられたというから、ドイツで主流のプロテスタントとはちがう。
この辺りから、なにか歪んでいたのか?そして幼少時には、母親がゲシュタポから追われて、スイスに逃げるから、ちょっと『サウンド・オブ・ミュージック』のようなのである。

このドイツとスイスを行き来した人物に、「ドイツ語圏」という環境が重なって、「インターナショナル」を突破した、「グローバル全体主義」へ向かわせたのか?
「後任」は、一応暫定として、スイスに本拠を置く「ネスレ」の元トップで現世界経済フォーラムの副会長である、ピーター・ブラベック・レトマットとすると発表されている。

ローマ教皇の方は、あらかじめ決まっている「コンクラーベ」がはじまって、粛々と新教皇選びが進んでいるし、逝去された教皇の「闇」についても葬られている。

この意味で、世界経済フォーラムの新会長選びは、想定外のことが噴出しているから、「組織」というものは、簡単ではないのである。

それが、創設者シュワブ一家の私的組織支配への糾弾となっている。

つまり、「独裁」に関する内部告発であって、シュワブ自身によるセクハラ・パワハラだけでなく、活動資金を司った「財団」トップだった妻による私的流用疑惑や、子供たちの組織内高級官僚としての地位、すなわち、「人事」の私的介入という、底なし状態なのである。

これに、「理事会」が率先して暴く側になっている。

組織とは、創設者個人とは別に、「離脱」するものなのである。

この意味で、ローマ・カトリック教会も、教皇の個人の行いと公式な立場とを分離させて、「別物」という扱いにしているから、じつは真反対にみえておなじことが、このふたつの組織で行われていることがわかるのだ。

しかして、シュワブ氏の後任となった、レトマットの思想の「やばさ」が、早速にネットでは話題になっている。
彼は、「水」について、まったく無料であることを否定して、一人当たりの使用量をコントロールすべきだと主張している、いわばシュワブの「分身」なのである。

シュワブは、「何も所有しない幸福=世界共産化」を主張して、これを「グレートリセット」と自称していた。
もちろん、何も所有しないのは世界中の一般人のことであり、彼ら=支配する側は「例外」とする思想である。

これは、「コオロギ推奨の昆虫食」でもおなじで、タンパク質として一般人が接種すべきはこれらだが、支配する者たちは「ビーフ・ステーキ」をもってタンパク質摂取とすると公言しているのとおなじだ。

そのために、オランダのルッテ政権やデンマークで、「牛のゲップ税」を導入して、その生産力を低減させて、一般人にはおいそれと購入できない高級品にすることでの実現をはかっている。

このルッテが、「農民一揆」で首相を退任して、NATOの事務総長になったのは、世界経済フォーラムの後押しなくして実現しない。

だから、シュワブなき組織として、分身あるいはもっと強烈な人物を選ぶのは、組織力学としては当然なのである。

これは、「脱皮」ともいえる現象だ。

ただし、トランプ政権2.0が、政府予算の削減の中で、世界経済フォーラムへの「補助金」を全額カットしたことのショックとも憶測されている。
なぜに、アメリカ政府が「民間団体」にすぎないこの組織への多額の援助をしていたのか?は、マヌケな疑問で、上位者が世界経済フォーラムだからの「上納金」なのである。

これまでのアメリカがこれだから、わが国もどんな名目でカネを出していたのか?が問われるが、質問者がいない、のが現実なのである。

法整備を政府にもとめる国会議員

17日、参議院での議論で、「帰化後に帰化取り消しの要件がない」ことを指摘した野党議員が、政府に「要件整理の法整備を要求する」というわかりやすい「立法事故」があった。

これが、わが国の国会と国会議員の実体なのである。

結論から先に書けば、立法府における議員の仕事は「立法」そのものなので、「法案」を書くのは議員の仕事の「核」にあたるが、そうはならないのがわが国だということがわかる。
なお、このニュースに対するネットでの反応は、「内容」の話ばかりで、上述のような議員の職務に関する話題がないのもまずいことなのである。

役人が起案して、内閣法制局で審査された「内閣立法」がふつうで、議員が起案して国会両院それぞれにある「法制局」のサービスを利用して上程する「議員立法」がほとんどない実体は、田中角栄を例外としている歴史がある。

角栄を「不世出」の政治家というのは、その豪胆さとか判断力とかのことではなくて、この議員立法の「成立本数」をもってしていわなければならない。
法案の数、では他に劣るが、通した数=法になった数では圧倒的なのである。

外国の例ともなれば、当然にアメリカ合衆国議会の例が比較対照となる。

だが、単純比較できないのは、アメリカ合衆国の場合は、全法案が議員立法という当然があるので、そもそも「内閣立法」にあたる、「大統領立法」という制度すらない。
トランプ大統領が、「大統領令」をさかんに出しているけれど、これらはみな、「行政命令」であって、わが国にたとえれば、「政令」にあたるのである。

アメリカの三権分立は、法律をつくるのはもっぱら議会の役割なので、大統領府やら他の行政府が「法案」を策定して、これを議会に上程して議論すること、そのものができない。
そもそも、議会を代表する下院議長(上院議長は副大統領のため)からの、「招待状=許可証」がなければ、大統領は連邦議会の敷地内に入ることすら許されていない。

ために、トランプ大統領が、大統領令では利き目のない「法律」を欲するならば、共和党の議員にはたらきかけて「法案」を書くばかりか、「成立」してもらわないといけないのである。

ピューリタン革命と名誉革命をやった英国にならった「議会制内閣」を明治期に採用したわが国は、135年前の1890年(明治23年)に初めて帝国憲法による議会が招集されたのだけれども、ようは、明治元年から23年間、議会がない=選挙がない国だったのである。

これが、いわゆる「薩長閥」というもののはじまりだが、現石破内閣も、あんがいとこの延長にある。
ひろく、長州=萩藩=毛利家の領地を解釈すれば、関ヶ原で西軍の総大将になった毛利は中国10カ国を支配する大大名だった。

石破氏の地元、島根も旧毛利領だし、岸田氏の広島もおなじ、ましてや安倍氏は萩藩の出だし、いまの官房長官は萩市が選挙区だ。
これに、党を仕切る幹事長の森山氏は、鹿児島=薩摩の出なのである。

「藩閥」といえば、薩長だけでなく「土肥」を加える。

「土」とは土佐=高知だし、「肥」とは肥前=佐賀である。
安倍氏の祖父、岸信介やその実弟の佐藤栄作は、長州出身そのものだし、対抗した吉田茂は、土佐の板垣退助の腹心、竹内綱の5男坊であったのが、福井藩士の吉田健三(ジャーディン・マセソン商会初代日本人支配人)へ養子に出されたから、元を辿れば土佐なのである。

そんなわけで、藩閥は絶えずに続いているのがわが国であって、それもこれも英国の歴史とは関係のないわが国に、「英国式体制」を取り入れたことの計画的ボタンの掛け違いによっている。

それがまた、ジャーディン・マセソン商会がロンドンで面倒をみた「長州5:井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)」の画策があってのことなのだ。

この見事な投資効率。

残念だが、現国会は自民党の絶対的安定多数から、せっかく少数与党になったとはいえ、ちょっとした野党による「(国民不在の)裏切り」で、予算が通る怪しさにあふれている。
国民民主の主張が通るかとおもいきや、維新のスリヨリでディールが成立して、予算が年度内通過したのはこのためである。

しかして、本稿冒頭の質問と政府への要請は、その維新の議員によるものだった。

一方で、維新の本拠・大阪では、おなじ維新の参議院議員が事実上の「除名扱い」となったのは、国会で大陸の隣国に対する厳しい質問姿勢を崩さないことへのお仕置きだった。
いきなり「無所属」にされた当人は、今後どうするのか?と、その去就が注目されている。

しかるに、国会議員の院内議員活動として、いったいどんな質問やら法案への賛否を投じたのか?についてのまとまった報道がされたことがない、のもわが国のマスコミが「ゴミ」である証拠になっている。

もちろん、「選挙公報」にも書かれることはない。

この意味で、総務省が管轄する(中央)選挙管理委員会という政府内組織からも、また首長が関わらないとする教育委員会とおなじ(地方)選挙管理委員会も同様に「腐臭」が漂うのである。

ワシントンD.C.からの遷都

17日、トランプ大統領は、ワシントンD.C.から連邦政府機関を一掃する可能性のある大統領令に署名した、とネットニュースで流れた。
これは、政権移行期の昨年暮れにトランプ氏本人が発信した記事とおなじだ。

ワシントンD.C.という土地柄は、トランプ政権1.0から「DSの沼」だとトランプ氏が指摘して久しいけれど、いよいよ物理的な移動をともなう「遷都」をいうまでに汚染されているということだろう。

もちろん、ガザに関する新しい街の建設提案にあったように、不動産デベロッパーとしての「本業」からの習性あるいは、発想の癖、があるにはちがいないが、新しい街の建設ともなれば、なぜか国民作家アイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』のラストを思い出させるのである。

DOGEによる連邦職員の削減で、ワシントンD.C.に住まう高級官僚たちが大量退去をはじめたために、不動産価格が急減する報道もあった。
しかし、それよりもDOGEが注目したのは、彼らの年収と取得した不動産やらの資産価額が一致しないことでの「汚職」の疑惑だった。

たとえば、国連大使から事実上閉鎖されたUSAIDの長官を務めた人物は、数年間で十億ドル(千億円)単位の資産を増やしていたことが判明している。
長官としての年収ではあり得ないのは当然として、今後、議会あるいは捜査当局の手が入ることは確実視されていて、その腐臭は子供にもわかるほどになっている。

おなじような疑惑は、「インサイダーの女王」といわれるペロシ元連邦下院議長にもいえるし、悪名高き「クリントン財団」もしかり、なのである。

日本人ならわかりやすいのは、「穢れ」の概念の民族共通があることだが、アメリカ人には理解が困難だろう。
そもそも「穢れ」とは、物理的に汚れていることだけを意味せず、もっと精神的な嫌悪を生じる意識の中にあるものだ。

日本人は、これをどうやって「祓(はら)う」のか?をずっと気にしてきた民族で、ために「禊(みそ)ぎ」を発明したし、それが新築前ならば「地鎮祭」をもって邪気を祓ったものだった。

政治家の禊ぎとは選挙で勝つことだと定義したのは、松野頼三氏だった。
この元海軍主計少佐の遺訓を、松野家は引き継いでいるのだろうが、きっちり息子に選挙区を相続させたのは、有権者が阿呆だからかなんなのか?

グローバリズムの影響は、あんがいと日本人がローカルとして特別視しているようなことまで、勝手に拡散しているのである。
昨今、欧米では「神社神道」の普及が静かだが確実な動きになっている。

これらは、サブカルとしての「マンガ」や「アニメ」によるらしいが、なんにせよ「日本オリジナル」だと思われていた事物が世界に普及を始めたのである。

バブルの頃には、東京から東北やらに遷都する構想があったけれども、あまりの予算がかかることでの現実性が薄れたら、バブル経済の不調・崩壊もあって、いまでは覚えているひとも少数派になっているだろう。

このときの旗振り役は、堺屋太一氏であった。
堺屋氏といえば1970年の万博成功の通産官僚としての「立役者」であった。
いまの万博の利権(じつはカジノ設置)による「穢れ」状態が、誰の目にも明らかな状態からしたら、みごとな政治の「劣化」が確認できる残念がある。

とはいえ、ときの政治が「副都心」と勝手に位置付けたために、埼玉県の大宮あたりにずいぶんと「国の役所」が移転していまにいたる。
これで「東京の一極集中」が緩和されたと評価するなら、東北のひとたちには合点がゆかぬことだろう。

しかし、人口集中による「効率のよさ」をあんがいと無視はできない。

数百メートルも歩けば地下鉄の駅にあたる東京は、まさに「メトロポリタン」を実現したのであって、そのベッドタウンに成り下がった横浜の地下鉄にみる閑散は、ただ人口がいるだけで都市は成り立たないことを示している。

一方で、人間とは、見た目ではなにをかんがえているのか?がわからないので、ほとんど本能による動物の人間からみて意外な行動とはちがって、一見同士なら予測困難なものである。
それが、アメリカ人のエリート官僚で、しかもほぼ全員が民主党支持者という、日本ではみたことがないようなひとたちがかたまって住んでいるのを想像するのは難しい。

あえていえば、「パックン」のようなひとたちが大量に集まっているのである。

これは、ニューヨークの典型的なヤンキーたるトランプ氏にも異様なのではないか?
そして、信心深いゆえに、一種の霊的な不気味さも感じることができているのかもしれない。
日本的にいえば、「幽玄の世界」ともいえる、あの世との境界である。

これをどうするか?を完全な「別物」としてみせてくれたのが、『エクソシスト』(1973年)であった。
『雨月物語』(1953年)と比較すれば、洋の東西における感覚の絶壁すら感じる。

むかしの日本で、「遷都」ばかりしていた時代があったのは、あんがいと人間が幽玄に敏感だったからだろう。
しかして、「草木も眠る」が、本当だと科学が証明する昨今、むかしの日本人の感性は、まったくバカにできるようなものではない。

むしろ、現代人の感性の退化の方がむかしからしたら驚愕に値するのだろう。

その意味で、いま、アメリカで「遷都」が話題になるのは、現代日本人には「余程のこと」なのだが、本来ならば「当然」にワシントンD.C.が十分穢れた土地だといえるのである。

だが、残念なことに、アメリカ人には穢れを禊ぐ方法をしらない。

これは、現代日本人にも共通したものなので、「ワシントンD.C.遷都」がニュースにならないのである。