マスコミによる「世論形成」という機能は、一歩まちがえると大変な勘違いを社会に形成してしまって、結果的に不幸を招くことは歴史が証明するところである。
だから、マスコミ報道には「公正さ」と「公平」が求められるのは当然だ。
けれども、だれが「公正さ」と「公平」を決めるのか?というと、とたんにあやしくなる。
これを「政府」にもとめる「愚」はいうまでもない。
それなら、マスコミ自身がきめればよい、ということでも、自画自賛、手前味噌、特定思想の宣伝といった「記事」で読者が洗脳されてはたまらない。
厳しいが、「公正さ」と「公平」の判断は、情報の受け手がきめるしかない。
すなわち、受け手である国民の「練度」とか「民度」が発達しているという条件のもとで、はじめて「公正さ」と「公平」が達成できるようになっている。
自画自賛、手前味噌、特定思想の宣伝といった「記事」でも洗脳されない、という「読者の質」こそが、先にひつようなのである。
そういう読者なら、自画自賛、手前味噌、特定思想の宣伝といった「記事」ばかりを書く記事を買うことがなくなるから、国営ではないかぎり、マスコミといえども経営が成りたたなくなる。
これが、いわゆる「淘汰」である。
ところが、「悪貨は良貨を駆逐する」という名言どおり、無責任でひどい情報が、事実をつたえる情報を駆逐してしまうことがある。
ふつう、これを「デマ(デマゴーグ)」という。
しかし、上手に書けば、デマをデマとも気づかせない文章テクニックで、世論操作が可能になるのである。
「読者の質」をもってしても、ある意志がはたらけば、これに乗せられてしまう怖さがあるのだ。
近代化の途中、わが国の一般人は、新聞記者を「文屋」とよんでいた。
文章を売ることを職業とするひと、を指すのだが、農業国家から工業国家への転換期だったので、どちらも労働には「汗」がつきものだった。
「文屋」は、「冷や汗」以外けっして「汗」をかかない。
すなわち、「チャラい仕事」とみなされて、まともなひとの職業とは思われなかった。
その典型が、「事件記者」で、売文が嵩じれば「ゴシップ」になる。
いつの世も、他人の不幸を書きたてる「ゴシップ」は、読者に幸福感を呼び起こして、自身のちいさな幸せが相対的に確認できるから「売れる」。
これを、技術がすすんだテレビでやっているのは、人間の性としてむかしからある欲求を満たす意味では新味がない。
社会から「卑しい」とさげすまれた「文屋」のなかで、事件記者はとくに下層にあったが、ここでも「悪貨は良貨を駆逐する」原則がはたらいて、政治記者や経済記者にも「伝染」したのは、「楽」だからである。
そんなわけで、日本の新聞における政治記事とは「政局」に特化したし、経済記事すら財界の広報に成り下がった。
どちらさまも、馴れ合い、という居心地のよさが、そうさせる。
「記者クラブ」という「制度」があるのは、自由主義を標榜する国ではわが国「だけ」の独自文化でもあるが、「検閲」を有効にするための手段であった。
近代の「検閲」は、戦前・戦中期において「軍」によっておこなわれたのは、この当時をあつかう文学作品や映画・ドラマなどの映像でしることができる。
ラジオと新聞しかなかった時代は、録音もできなかったから、新聞がなんといってもマスコミの華であった。
しかし、ラジオは「言わない」ことですむが、新聞は活字である。
新聞の検閲では、記事中で不適切な表現の場所の活字を抜かせたので、印刷すると「伏せ字」という穴があいた。
読者は、穴の文字数をかぞえて、どんな字が削除されたのか?というパズルを「楽しんだ」という。
一方、軍の命令下、新聞社が検閲を受け入れた理由は、経営問題だった。
物資の不足から、紙とインクという新聞の原材料の供給が「配給」となって、検閲に応じなければこれを止められた。
緻密な官僚支配のなせるわざである。
さらに、「発禁」という処分をくらえば、会社としての新聞社が立ち行かなくなる。
それで、情報源の統一として記者クラブだけに情報の独占をゆるしたのである。
戦後、すぐに、占領軍がこのやり方に磨きをかけて、「伏せ字」などという稚拙な方法ではなく、記事自体を最初から占領軍の都合で書かせることにした。
それが、いまも生きている「プレス・コード」である。
記者クラブ制度とプレス・コードの二本立てが、この国の報道を「不自由にしている」のだ。
国連のひとが「日本の報道は不自由」だと言ったのを、鬼の首を取ったように「政府のせいだ」としきりに報道するマスコミは、プレス・コードは「まずい」とはいわない。
マスコミによって世論形成ができる、という前世紀的な発想が否定されずにつづくのは、以上二つの仕組みがあるからだ。
記者クラブという政府に都合がいい制度と、プレス・コードという特定思想に都合がいい制度との「馴れ合い」がつくる居心地のよさで、我々国民の居心地はわるくなっている。