「安全地帯」にこもる役所

路面電車の路線が拡充していたころ、電車が通る道路につくった歩道と同じ高さの「安全地帯」が、そのまま「駅:停留所」だった。
いまにも残る、都電荒川線のような、ちゃんとした「駅」ではなかった。

戦後、アメリカの従軍記者・カメラマンが、さかんに「敵国・ニッポン」の生活を「活写」して、これを「TIME誌」がよく特集した。
そのなかの有名な一枚に、通勤時「安全地帯」にびっしりいるひとたちの写真があるので、ご覧になった方も多かろう。

このときの周辺交通状況は、ガラガラで、ぜんぜん自動車は走っていない。
しかし、「日本人たち」は、決して安全地帯から「はみ出す」ことをしないで、その「空間」にいないとサメに食われるがごとくの「押しくら饅頭」状態をつくっている。

この「律儀さ」こそが、日本人なのだ。

一種の「集団心理」を醸し出す。
しかし、この写真からの違和感は、無駄な努力、にもみえるのだ。
おそらく、ラテン系ならずとも、指をさして笑い転げるのが「世界標準」なのだろう。

ちょっとぐらいはみ出しても、なんの問題もないし、目をこらしてみれば、彼方に写る数百メートルもない「間隔」にある「隣の」停留所には人影もない。
つまり、ここ「だけ」混んでいる。
しかし、路面電車の安全地帯には広さが決まっているのか、どこも「おなじ」面積になっているのだ。

いつも混雑する停留所の安全地帯を、そこだけ拡げない根拠はなにか?
推察するに、おそらく「ない」というのがこたえだろう。
いちど決めた「規格」にそって設置した「だけ」で、混雑状況を考慮したわけではないからだ。

では、その「規格」はどうやって決めたかといえば、「平均乗降数」を用いたにちがいない。
さらに、その平均乗降数とはなにかといえば、市内全部の路線の「平均」にちがいない。

こうやって、「平均」をつかうと、じっさいと「乖離」するのは、「分布」の様子をみないといけないからである。
しかし、「分布」の様子をみていたら、個々の停留所の「ちがい」となるのは必須なので、設計と道路に関与する役所への申請が面倒である。

そうやって、どこもかしこも「おなじ」大きさの安全地帯となった、としかかんがえられない。
これが、「行政」というものだ。
だから、民主主義なら、困った住民が「議員」に訴えて、議員が議会に諮る仕組みとなっている。

横浜市内の市電は、文字どおり「市交通局」の運営だから、まずは「市議会」だが、警察行政ならば、一時を除いて「市警」が廃止されたので、県警が相手だ。すなわち「神奈川県議会」が舞台になる。

市議会決議を県議会に送付することだって「あり」なのだ。
もちろん、並行して地元県議に訴えることだってできるし、県知事への「陳情」だってできる。

でも、わが国に民主主義は「根づいていない」ので、行政の決定がすべてになるのである。
すると、この写真をみておかしさがこみ上げてくるひとが、民主主義の仕組みをよくしっていれば、「行政に修正が効かない」という状況もみえるだろう。

以上から、TIME誌がアメリカで放ったのは、珍しい光景、ということだけでないことがわかる。

もっと単純にいえば、写真の「なんで?」という素朴な疑問が、もしや「バカ?」になりかねないのだ。
もちろん、日本国内では、冒頭のように律儀さが「売り」になっているけど、それは異常なまでの「視野狭窄」なのである。

そんなわけで、「新型コロナ対策」という名目の、さまざまな「施策」が、議会承認「なし」に、勝手に行政が自分で決めてこれを「行政サービス」として押しつける、ということがまかり通ってきた。

これぞ、「独裁体制」にあるという証左だ。

しかし、独裁者が「複数いる」という世にも珍しいことになっている。
「行政権」が、まとまって「独裁」をはじめたからだ。
逆をいえば、「議会の死」を意味するし、議員の存在が「形式だけ」になったということだ。

例として、今年度から神奈川県は、狩猟免許の講習会(年8回)の受講について、受講希望者は、「郵送のみ」の受付となった。
しかし、受講申込みには「県証紙」の添付が必要であることにかわりはない。

そこで、県証紙は申込者が自分で窓口(基本的に従来の講習会受付をする県庁や県出張所)に出向いて、証紙を購入しないといけない。
もちろん、従来なら、購入してすぐにこれを書類に添付して、そのままおなじ建物の受付窓口に持ちこめば終わる話だ。

しかし、「郵送せよ」という。

さらに、証紙の販売所すら「営業時間短縮」をする。
これが、行政サービスなのである。
利用者の利便性は、優先順位として最後に回す「伝統回帰」が、積極的に行われている。

もっと滑稽なのは、狩猟免許に関わる必要書類はあんがいとたくさんある。
そこで、窓口で相談ができなくなった免許申請人は、電話で聞くしかないばかりか、それが面倒なら、銃砲店におもむいて書類記入の援助を受ける。
つまり、銃砲店側からすると、明らかに「仕事」が増えたのである。

それも、「対面」でのことなのだ。

そして、神奈川県は、「有害鳥獣駆除」を積極的に行うために、狩猟免許保持者を増やそうと、免許取得にかかわる経費を県が負担する施策もしているのである。
ただし、県警は鉄砲の免許取得を、従来より厳しく制限している。

絵に描いたような「マッチ・ポンプ」とはこのことだし、単純に対の関係でもない。

役人「だけ」が、対面接客しないでよい。
しかも、「エビデンスがない」のにである。
もう、路面電車の安全地帯に結集する「写真」を嗤えない。

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