「平成バブル出版フェア」開催希望

バブル時代の功罪はいろいろあるが,「功」といえば「本」である.

「活字離れ」が本格化したら,やっぱり「出版不況」になるものだ.
もはや出版業界は「構造不況業種」にあたるのだろうが,日本人の人口が減れば,それは確実に日本語の本もなくなることを意味する.
数百年後に,日本語の本は遺跡の発掘のように「解読」の対象になる可能性すらある.

お金がたくさん使われれば,それは「景気がいい」という.
もっとたくさん使われると,お金どうしがこすれあって熱をもつように「過熱」する.
いまではとうてい企画さえされないような本でも,当時はスポンサーがついたのだろう.
バブル期には,おもしろい本がたくさんある.

昔ながらの古本屋さんは,ずいぶんと減ったもののまだやっている.
店内をのぞくと,なんとなく分野別にコーナーになっている.
この売りたいのかどうなのかがわからないところが,古本屋の真骨頂であって,いかめし顔の主人がマニアックな本を読みつつ,ちらちらとした目つきで客をみるのである.
まるで落語の世界だから期待はしないのだが,「バブル期出版コーナー」があっていいとおもう.

文庫本や新書が,パラフィン紙に包まれていたころ,出版社はいまではかんがえられないほど強気だったのだろう.
それは,物資がなかった時代のなごりであり,知識への渇望があったのかもしれないが,どこにも「買ってください」と媚びを売るつらがまえではない.中身の活字もちいさくて潰れてしまっていたりするから,読みにくい.
しかし,肝心の内容は,新書だって,当代一流が書き下ろしているから,いまどきの数時間で読了するような「やわな」ものではなく,たっぷりの分量と学術の質,それに良心があった.

そんな時代の最後にあたったわたしは,生まれてはじめての文庫本として「ルパンの奇巌城」を買った.学校図書館にある,子ども名作シリーズとは,まるでちがうルパンがいた.
それからしばらくして,文庫本はパラフィン紙からきれいな表紙になって,紙も活字も断然よくなった.すると,皮肉なことに「世の中は活字離れ」となっていった.

本棚を整理するのはたいへんである.
自宅でも気が折れるから,古本屋さんはなにもしない.
だから期待しないのだが,バブル時に咲いた出版の華をみてみたいのだ.
そうとうに手間をかけたまじめな本が,経済崩壊とともに絶版となって散ってしまった.

そういえば,バブル発生前に「リストラ」という言葉は使われていた.
ちゃんと「リストラクチャリング」と表現されているまじめさで,意味も「事業再構築」だった.
これは,プラザ合意を受けての大変革時代を背景に,将来の企業経営のありかたを「根本から問う」ていたのだ.

いま思えば,これは,「世界史的に成功した経済人としての日本人最後の自問だった」ろう.
それが,日銀の余計な介入でバブルをつくりだしたから,現状の延長線でなにも問題がないばかりか,空前の景気に沸いてしまった.この時点で,「経済人としての日本人は絶滅した」とおもう.
あとは,「Money」に目がくらんだ亡者ばかりとなっていまに至る.

あまりの「過熱・沸騰」に,これはいかんと,政府が「総量規制」というほとんど「憲法違反」の政策で介入したら,泡の積み木が根底にあった「自由経済」という基礎から吹き飛ばしてしまった.
われわれは,「9条の憲法違反」には敏感だが,「経済と自由の憲法違反」にはおそろしく鈍感な国民である.こうして,どっぷりと「政府依存」という「無責任」体質に変様した.
これは,陶器の世界では珍重されるが,社会としては重大な「窯変」ともいえよう.

過熱から一気に転じた,急速冷凍状態の経済で,人員削減に血まなこをあげた企業は,「合理化」だとまずいので「新語」をさがした.
「合理化」は,70年代の「合理化反対闘争」が記憶にあるからだ.いまさら労組と蒸し返しになる面倒な交渉はしたくない.とにかくはやく人員を削減しないと,経営者が責任を負わされる.そんな責任はぜったいにいやだ.だって,ひとつも悪いことなどしていない.

それで白羽の矢が立ったのが「リストラ」だった.
こうして,わが国経済用語から,「リストラクチャリング:事業再構築」が削除され,「リストラ:人員削減,肩たたき,会社都合退職」などという用法が定着したのだ.

経済史としても,バブル期のゆたかな,そして二度とこないだろう出版の花盛りは貴重である.
しかし,だからこそ,生活文化としてとらえれば,けっして侮れない内容なのだ.
今週は「メーデー」,「憲法記念日」があるゴールデンウィークである.
それは,「平成時代最後の」がつく重みがあるはずなのだが,どなたも遊興にいそがしく,こんなことに興味はないだろう.

国会図書館ではなく,殊勝な古書店に,平成バブル出版フェア,を是非開催していただきたいというのが,せめてもの希望である.

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