「石鹸」のはなし

年齢を重ねてきたら、だんだん自分が「敏感肌」なのだと気がついた。
今日は晦日、1年の汚れを石鹸で落とすにはちょうどいい。
それに、初風呂の石鹸を求めて準備するのも楽しい。

わたしのばあいは、特に「荒れる」というまでではないけれど、肌がヒリヒリしたり、痒くなるのだ。
それで、ためしに石鹸を変えてみたら、すぐさま効果があって、ヒリヒリも痒くなることもなくなった。

男性だと、洗顔といっても重要なのはひげ剃りだ。
わたしのひげは柔らかくて巻いているので、電気かみそりだと剃り残しができる。それだから、もっぱら「ウエット・シェービング派」なのである。
すると、シェービング・クリームをどうするのか?という問題になる。

夏ならば、スプレー式のものでいいけど、冬になると引っかかる。
それで、ひげブラシを湯につけて一度顔を濡らして蒸らす。
ここで、石鹸の出番なのである。

ひげ剃り用の粉石鹸は、プロ用のものを購入したら、もしかしたら一生分あるかもしれない。近所の床屋さんに頼んで、粉石鹸を振りかける入れ物を注文した。ピン・キリだけど、べつに業務用の素っ気ないものでいい。
600円だった。もちろん、これはこれで悪くない。

しかしながら、あんがいと朝のひげ剃りタイムは、それなりの儀式的要素もあって、ただ剃れればいいという合理性だけではつまらない。

そんなわけで、いろんな石鹸に浮気をして楽しみにするのである。
気になるのは、固形石鹸にひげブラシを直接あてて擦って泡立てるやり方だ。
『ローマの休日』で、グレゴリー・ペックがやっていた。
彼の石鹸の泡立ちが、ものすごくよいのが気になるのだ。

どうしたらあんなに泡立つのか?
ふつうのお風呂用石鹸に見えるけど、どこのメーカーの製品なのか?
もちろん、あの泡は「演出」で、シュービング・クリームを追加で振りかけたのかもしれないけど、確信がない。

理容製品の問屋に行って、シェービング用の固形石鹸のことを訊ねたら、「絹の石鹸」を紹介された。
さっそく購入してつかったら、どういうわけか顔に付けただけでヒリヒリするのである。

いまでは、めったに行かなくなった有名デパートの男性専門館で、ステンレスのカップに入った、フランス製のシェービング用固形石鹸を見つけた。
こちらも、無香料の天然素材が売り物ということだった。
さすがに、ヒリヒリはしないけど、脂肪の匂いがする石鹸であるから、なんだかちょっとだけ石鹸香がするプロ用の粉石鹸に分があるように思えた。

あるとき、ロンドンの理容店のはなしを聴いた。
世界最古という店がある。
なるほど、紳士の国だから、きっとシェービング石鹸があるにちがいない。
でも、ロンドンに赴く用事がないので、ネットで検索した。

すると、「DR Harris」でヒットした。

あらためてみたら、なんだかお値段が一ケタ違うような気がする。
わたしが購入したのは、ずいぶん前である。
それでもそのときも、ポチるのにかなり迷ったお値段だった。
しかしながら、お気に入りの逸品なのである。

念のために添えれば、ひげ剃りだけに使うので「えらく長持ち」することは確かである。

女王陛下の在位記念にご夫妻のために調合されたという「香り」は、なんとも優雅なものだけど、その強度が「お香」のようにほのかなので、いやみがない。
もちろん、ヒリヒリなんてしない。

ロンドンに行く用事はないけれど、なんかのおりにロンドンに行くことになったら、是非とも専門店に寄ってみたいものである。

顔から身体に移動すれば、ボディーソープをどうするか?ということになる。
暑い夏は、ひんやりするタイプのボディーソープを使うけど、晩秋にもなれば、それでは寒い。

そこで、登場するのが、やっぱり固形石鹸なのだ。
典型的なお風呂の石鹸が、いちばん好きなのだが、ここでも浮気心がでてきて、いろいろと試している。
さっぱり感だと、柿渋石鹸がお気に入りである。

加齢臭が気になるおじさんとしては、自分ではわからないから効果のほどは自覚できない。
それで、パッケージの柿の絵に、売手の思惑通り釣られるのである。
いわゆるお風呂の石鹸とはちがう、ややつっぱる感じに好感している。

世界最大の塩鉱山があるポーランドは、石鹸の名産地でもある。
国営だった石鹸会社(Biały Jeleń:ビヤウェイェレン:「白鹿」の意で絵が目印)は、いまも健在で国内では1番の有名メーカーでもある。

日本でいうコンビニに匹敵する、ドラッグストアでの定番でもあるのでわざわざお土産にするひとはいないかもしれないけれど、ワルシャワに40年以上在住する方からのお薦めとして、30個持ち帰ってきた。

現地では、1個100円程度だけれど、その品質はたいへんよく、やはり敏感肌の家内のお気に入りである。
まもなく在庫が切れてしまいそうなのに、日本では残念ながら入手困難である。
なくなる前に、代用品を探すことになった。

それで、いまは「アレッポ石鹸」に落ち着いている。
シュメール文明から続く人類最古の伝統製法の石鹸で、基剤はオリーブオイルだけ、出荷までの熟成期間(乾燥させて水分を抜く)は1年以上だ。
これは、頭も洗える固形石鹸なのだ。

アレッポはたまたまシリア領で、経済制裁の対象地にあたるから、製造工場が国境をこえて、いまは概ねトルコでつくられている。
そのトルコは、1人あたりGDPでわが国の上に位置する「先進国」である。

アラビア語の大きな刻印には、「サボン アレボ」とある。
これで、「シャボン」の語源がアラビア語の「サボン」だとわかる。
シュメールでは、なんといっていたのか?

アレッポから数千年ほど後の、ようやく9世紀になってから製造がはじまった、「マルセイユ石鹸(サボン ド マルセイユ)」は、その後、ルイ14世太陽王御用達でも有名になった。
こちらも、オリーブオイルが基剤だけど、きれいな緑色は熟成させていないものだとわかる。

でもサンダルウッド(白檀)の香りがする石鹸は、枕元に置くと寝付きがよくなるというし、王侯貴族はベッドの下に削って撒いて、その香りで防虫剤にもしたという意外な用法がある。

意外すぎて勇気がないのは、歯磨き。
石鹸を歯ブラシにつけるという発想はなかったけど、専用の歯磨き剤がない時代にはやっていたらしい。
ゆすぎが大変そうだけど、食品でもあるオリーブオイルが基剤だから毒ではない。
でもやっぱり、これは試すのを遠慮したい

そんなわけで、カンナで削って使い分けをさせる入浴施設や宿があっていいともおもう年末なのである。

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