「維新の会」のちょとした内紛

4月29日、国会議員を擁する「公党」たる政党の党首に、どうしたわけかSNSを介した「公開情報」として、組織内部での「パワハラ」なる問題を、直訴した地方議員がいると「ニュース」になっている。

ことの詳細には触れないが、ことの「構造」は、以下のとおりとなっている。
・この政党の「県・選挙対策責任者」たる衆議院議員から、
・今夏の参議院選挙立候補予定者たる、現職県議会議員を、
・本県にある市議を務める人物に、「応援」を「強要した」というもので、
・逆らえば、次期当該市議選において「別人物を公認」するという話だ。

それで、この県議を妥当な候補者だと思わないこの市議は、「パワハラ」だとして、党首に直訴した、というのが大まかな「ストーリー」である。

維新の会は、創設者といわれる橋下徹氏の、昨今の発言がなにかと物議を醸しているようだけど、わたし個人としては、ほとんど興味がない。

橋本氏に興味がないだけでなく、維新の会という政党にも興味がないからであるけれど、その理由は、「保守」を仮面とした「グローバリズム」にして、「グローバリスト」集団だからである。

ちなみに、「保守」という立場も好まない。
基準や尺度が、右往左往する「曖昧な用語」だからである。
なので、上の「保守」とは、一般的にいわれているという意味に過ぎないので念のため。

ズバリ言えば、「全体主義政党」と断定できるし、もっといえば「利権政党」だともいえる。
自民党で表現したら、旧田中派(現茂木派)よりも社会主義との親和性があって、よりグローバリズムが強い位置だということになる。

ゆえに、「親中」なのは当然だし、世界経済フォーラムやアメリカの外交評議会がいう、「グレートリセット」に近しい。
このことが、「親米的」な側面を見せるので、ロッキード事件で潰された旧田中派とは異なって、あたかも「保守」に見えるのである。

政党としての主義・思想が「いただけない」のは、もっと大きな「原因」がある。
それは、「維新」の名付け親、いまは参政党事務局長の神谷宗幣氏がいう、設立の本旨が、「大阪ベイエリア開発の利権獲得」だったことである。

それで、「後付け」で、「都構想ができた」というのは、当時、神谷氏が「内部のひと」だったゆえに知る事実で、これを各地の街頭演説で発信している。
この重要な発言に、維新からクレームがない、と氏は発言している。

つまり、「なっちゃない政党」なのだ。

実際に、ベイエリア開発は進行しているから、「大阪万博」や「IR」が終点となって、自民党に合流すると神谷氏は「予想」している。
「うまみがとれた」ら、維新という組織が「だしがら」になるからである。

しかして、この内輪の事件は、もっと興味深い、わが国の「政党」の、「非近代ぶり」を端的にあらわしていることに注目したいのである。
そして、このことは、既存の「公党」ぜんぶに適用できる「非近代ぶり」なのである。

第一に、候補者を選ぶ、という手続きが不明瞭ということだ。
「近代政党」ならば、党内で候補者を選ぶ「予備選挙」をおこなうのが「ふつう」なのである。

第二に、党内予備選挙に立候補するときに、さまざまな「身体検査」を、党員が決めたルールでおこなうことも、付随した「手続き」になる。

第三に、予備選の候補者とは「党員」からの「互選」となることを意味する。
維新の会には3万人ほどの党員がいるけれど、自民党の「後援会組織」とおなじ構造のため、党員は近代政党の党員とはいえないから、発言権はない。

この「互選」を無視したのが、アメリカ民主党の大統領選予備選挙だった。
党員ではない、バーニー・サンダース氏が「辞退」しなければ、民主党大統領候補になっているところだった。
しかし、どうして彼が予備選挙に参加できたのか?がある。

現代日本もアメリカ民主党も、「公党組織」におけるこのような「お粗末」が、「常識」なのである。
民主党は「堕落」したといえるけど、わが国側は一度も「制度化」されていない。

なお、「近代政党」に近しい、公明党と共産党は、組織はあっても「選挙がない」という、非民主ぶりを「体質」として内在させていて、これを変えると組織がもたない脆弱性が「泣き所」になっている。
これを一般に、「独裁体制」という。

そんなわけで、今回の市議会議員からの「パワハラ被害」の訴えとは、自分が属する組織が、「非」近代政党である、という「前提」を無視しているお粗末に聞こえるのも確かなのである。

なぜならば、この現職市議会議員だって、党内予備選挙を経て公職に立候補し、当選した、という手順になって「いない」はずだからである。
すると、なんだか、「子供じみている訴え」なのである。

自分は「正しい」のに、これを上が無視して命令し、あげくに「脅す」のはパワハラだ、といいたくなる気持はわかるが、組織人としてかんがえ、訴えるべきは、「そこではなくて」近代政党として脱皮することなのである。

しかして、「保守系」言論人は、維新の会が参議院選挙でも「躍進」して、「野党第一党」になるのでは?との、プロパガンダ、あるいは「希望的観測」を流している。

こんな予測は、有権者を誤誘導するので、有害である。

上に書いたように、この政党の邪悪さは、自民党より酷いのである。
正義感は強いけど、おつむが弱いこの市議は、次期選挙に「公認」されないかもしれないけれど、それならそれで、ひとりでも立てばいいのである。

そんなに維新の会にいたい理由はなにか?とききたいのであった。

おまけとしていえば、上記の神谷宗幣氏がつくった、「参政党」は、わが国で「最初」となる、本格的近代政党である。
今夏の参議院選挙で議席をとれば、それだけでも、政界の「近代化」になるので注目している。

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