無限の時間と無限のお金があれば,全員が成功者.
タイトルと上述のサブタイトルは,キョウデンの創業者で会長の橋本浩氏のことばである.
出典は,『モジュール化-新しい産業アーキテクチャの本質-』産業経済研究所経済政策レビュー4,青木昌彦・安藤晴彦編,東洋経済新報社,2002年,P.293-P.294,である.
キョウデンの橋本会長といってもピンとこないひともいるかもしれないが,温泉ホテルチェーン「大江戸温泉物語」の元オーナーだといえば,わかりやすいだろう.
東京台場の入浴施設からはじまって,数年で30店舗弱の温泉宿を再生させたのが,大江戸温泉物語という会社だ.
「事業拡大」ではなく「膨張」だ,といったのは,立役者だった故根布谷社長のことばである.根布谷氏をうしなって,橋本氏は大江戸温泉物語を会社ごと売却した.
みごとなシステム構築
「安売りだけが売りの経営」という勘違いが,進出先の地元でいわれた陰口だった.ところが,ついぞダメダメで倒産したあのホテルが,みるみる繁盛店になってしまう.地元のご同業には,単なる安売り営業のはずが,まるで手品のような出来事にみえたはずだ.なにしろ,館内にお客があふれている.いまどき.「安い」だけではこうはならない.
極めつけは,バイキング方式の料理だ.これをどうやって提供したのか?は,外食チェーンの方法がヒントだ.もちろん,ただたくさんの種類の料理を,漫然と提供しているのではない.データからの緻密な予測,その予測による作業指示,そして,それを支えるギリギリの仕入れ管理.
並のホテル・旅館ではとうていできないシステムをつかっているのだ.だから、まねができない.
基本に忠実であるということ
冒頭のことばについて橋本氏は,どんな商売でもおなじだ,と断言している.「時間とお金」というふたつの制約事項を,上手につかうことが成功への道だとしめしている.
そのためになにをすべきか?は,単純なのだ.それは,これまでの数多くの経営指南書にあることばかりである.
聞いたり読んだりした知識と,やってみた知識は決定的にちがう.つまり,基本どおりやったひとがすくないのだ.そして,そのすくないひとが,成功しているのだ.
業績不振の企業は,かならずどこかで「基本」からずれている.もっといえば,じぶんたちの「基本」がずれていることに気づかない.すると,一生懸命やればやるほど,どんどん「基本」からずれていく.そして,行きつく先は組織の相互不信と決まっている.こうなれば,あとは自己崩壊の道である.これは,物理法則と似ているから,止めるには相当の正しいベクトルをもったエネルギーが必要になる.
どこで,だれが「リセット」するのか?
「破綻」しても,橋本氏のような経営者によって再生されるなら,働き手はハッピーである.オーナーチェンジの時点で「リセット」され,そのとき,あたらしい「基本」が提示されるだろう.まちがった従来の「基本」に慣れた従業員は,しばらく戸惑うが,「時間」をムダにしない方針があるから,ときに力業になる徹底的な再教育が実施される.
じつは,再生成功の肝はここにある.
資本主義に「退場」というルールがあるのは,宇宙の超新星爆発のように,「再生」というチャンスが生まれることも意味する.企業も生まれ変わるのだ.商才がないオーナーや経営者が,不純物として取り除かれる.残った,従業員という材料で,あたらしく生まれ変わるのだが,それには正しい「核(コア)」が必要だ.それが,ここでいう「基本」である.
ところが,「並の再生」では,時間を重視しないで「カネ」を重視する.だから,不純物も残って,「基本」のリセットが中途半端になる.それで,二回も三回も破綻をくり返すことがある.
では,いったい「基本」とはなにか?
それは,もっとも単純化していえば,「事業コンセプト」のことである.
これは,どんな商売でもおなじだ.
だから,経営者はつねに,自社の事業コンセプトを積極的に確認することが仕事になる.
このことを怠ると,しらないうちに軌道からはずれ,二度と帰ってこれなくなってしまう.
その例が,いま話題の大企業の不祥事のなかにある.