ガラスペン

日本の発明品である。
舶来のガラスペンは、色合いやデザインといった風合いを楽しめるのだが、日本製に一長あるのは当然といえば当然である。
ガラス風鈴の職人が考案したものだ。

夏の風物詩である「風鈴」も、わが国独自のものだから、外国人には珍しい。
ましてや、風鈴の音を「涼しい」と感じる日本人は、そうとうに変わっていて、「日本文明」のなかの「風流」としてあげられる。
いまどき、マンションなどのベランダに設置すると「騒音問題」になるというのは、日本文明の衰えの象徴になった。

ガラスを加工する技術は舶来だが、これをもって「ペン」にするという発想は欧米になかった。

鉄ペンが19世紀のはじめに英国で特許となっている。
その後、パーカーが吸引機構、ウォーターマンが毛細管現象を利用したペン芯を発明して現代とおなじ万年筆ができた。
ときに、1883年(明治16年)のことである。

ペン先を都度都度インク壺に漬けて書く、から、ボディに内蔵したインク・タンクによっていくらでもインクが供給されるのはすこぶる便利だったことだろう。
ペン先をインク壺に漬けすぎたら、インクがボテて、紙が汚れてしまうこともない。

毛筆をもって筆記していたのは中華文明圏の特徴だ。
墨を毛細管現象によって毛に蓄えたから、あんがい字数が書ける。
しかし、人間のかんがえることはおなじで、いちいち硯で墨をたさないといけないのは不便である。
それで、江戸時代には「御懐中筆」が発明されている。いまでいう「筆ペン」のことだ。

1902年だから明治35年にガラスペンができたのは、万年筆誕生からほぼ20年後のことである。
当初はペン先だけだったらしく、その後に軸も一体のペンとなった。
どうやら当初は高価な鉄ペンの代用品だったらしい。

材料がガラスだから、ちょっとした不注意で割れてしまったらおしまいなので、ずいぶんスペアのペン先を確保・購入していたという。
「安い」ということだけでなく、じつは「書きやすい」ということが需要を喚起した。

じっさいに書いてみればわかるが、ペン先が紙にこすれる「カリカリ感」がたまらない快感である。
しかも、インクはペン先からガラスを上手にひねってつくられた幾筋もの溝に毛細管現象で蓄えられるから、一度のインク漬けで原稿用紙一枚は書けてしまう。

現代のつけペンより、はるかにインク持ちがいい。
さらには、一体型になったことで「美術工芸品」という分野にも入ったし、工房によっては欠けたペン先を修復してくれるサービスもある。

ガラスペンの意外な効用は、インク選びが自由だということだ。
筆記用インクは、みごとな「化学薬品」でもあるので、混ぜるのは御法度である。
だから、万年筆のインクはおなじメーカーのものを使ってこその「保証」であるのは、ペン芯機構内で発生する「化学反応」が故障の原因になるからである。

ここに、万年筆の便利さとトレードオフになる、インクの変更が面倒だという問題がおきる。
たっぷりインクを貯める万年筆には、ペン芯機構にもインクが蓄えられているから、よく洗ったあともおよそ一晩は水中にさらしてブラウン運動による洗浄が必要である。
好きな色のインクを購入しても、すぐさま愛用の万年筆でつかうことができないのだ。

ところが、ガラスペンはガラスゆえに洗浄がかんたんで、インクを洗い流したあとにティッシュなどで水分を拭き取れば、すぐさま別のインクがつかえるのである。

書き心地とインク選定の自由は、はまればおいそれと他に変えられない魅力があるし、工芸品でもある。
そんなわけで、さいきんは、おおきな文具店にはガラスペンのコーナーができている。

ねだんのちがいはペン先のガラスの質にもある。
ふつうのガラスか強化ガラスか。
強化ガラスはもちろん折れにくいのだが、それゆえに細かい加工には熟練技能者の手が必要だ。

だから、ペン先だけが強化ガラスで軸が別のものがいちばんのお買い得になる。
顧客になにかを書いてもらうとき、こうしたペンを使うのは店側のセンスが光ることにもなるだろう。

ところで、インクの揃えで有名なお店でのこと。
店内をグルグルして悩んでいると「どんなインクをお探しですか?」と声をかけられた。
「インクらしい匂いがするもの」とこたえたら、絶句されてしまった。

長年やっているが、色味のこだわりではなく「匂い」といわれたのは初めてだと。

さいきんの大学生はパソコンが必須アイテムになっているが、むかしは万年筆が入学祝いの定番だった。
「学生時代」という歌は、学生時代が終わってから歌う歌だが、「秋の日の図書館の ノートとインクのにおい」が気に入っている。

作者の平岡精二は、どのメーカーのインクをイメージしたのか?
わたしは、パイロットの「青」ではないか?とかってに想像している。
じつは、わたしのいちばんのお気に入りなのだ。
「あゝ、いい匂い」

350mlという特大サイズの超お得ボトルには、黒、赤、ブルーブラックの三色があるのに、なぜか「青」がないのは不満だ。
ただ、残りの人生で使い切れる量ではないかもしれない。
そんなわけで、「色は不本意だが匂いで」ブルーブラックをせっせと使っている。

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