コロナ禍の真っ最中、5月27日に「スーパーシティ法」が成立している。
正確には、『国家戦略特区法改正案』という。
前にも書いたが、「特区」がくせ者なのだ。
わが国は、自由主義の国ということになっていて、戦後一貫して「(旧)西側」とか「自由圏」という枠のなかにいる。
もちろん、「盟主」はアメリカでありイギリスである。
いわゆる「米英」である。
ほんの数年前までの「鬼畜米英」から、「鬼畜」がとれたのは「敗戦」の結果でもある。
しかし、人間の心のなかは劇的な変化をするものではないので、あんがい当時のひとは「(鬼畜)米英」と()のなかを口に出さずとも念じていたはずである。
それで、経済力が復活してくると、世代もかわって「鬼畜」が「反」に言葉もかえて、70年代には「反米ナショナリズム」ということになった。
ちょうどこのころは、ベトナム戦争真っ最中だったので、「反戦運動」と簡単に結びついたのは必然的であった。
世の中がドラスティックに動くので、「激動」という言葉が多用された。
たとえば、「激動の70年代」とか、「激動の昭和」とか。
70年代の激動は、代理戦争の敵側にいた中共とアメリカの握手に象徴される。
あわてたわが国首相も、北京に単独乗り込むのは、アメリカ人がわが国を通り越して北京に行ったからである。
ここから、「日中友好」がはじまって、いまに至っている。
「MADE IN CHINA」の物品が、怪しい感じで登場した。
めちゃくちゃ安いが、品質はいまいちどころではなく、いま二、いま三のレベルだった。
黄色い塗装のいかにもな鉛筆を1ダース買ったけど、鉛筆内部で芯が折れているのがふつうだった。
ただし、カイロで使っていたエジプト製の鉛筆は、「キセル」状態で、電動鉛筆削りに差し込むと、両端の先っぽにしか芯がないものが結構あった。
それに比べると、、、まぁ、そんなものである。
芯にもムラがあって、書ける場所と引っかかって紙が裂けるときもあった。
どうしたら、こんな芯ができるのか?が不思議だった。
よく混ぜていないだけでなく、へんなものが混じっている、というのは子どもにだってわかった。
簡単にいえば、細かい砂が混じっていたのである。
真面目に働こうが、テキトーに働こうが、工場にいる時間が同じなら同じ給料となれば、だれだってテキトーになる。
どんな品質の鉛筆ができようが、鉛筆の格好をしていれば鉛筆を作ったことになる。
つまり、当時の「MADE IN CHINA」は、「THE共産主義」だったのである。
横浜には、「ナホトカ号」というソ連からの定期船がやってきていたが、一般人がソ連製の生活物品を購入する機会はなかった。
その意味で、「MADE IN CHINA」の物品があふれる、横浜中華街の売店は、長崎の出島っぽかったのである。
おとなは顔をしかめて、「安かろう悪かろう」だといい、購入しようとしない。
しかし、もう品質で世界一になっていた日本に住んでいて、このあり得ない劣悪品を売っていることが、なんだかうれしかったのだ。
だから、よく小遣いで買っていた。
親は、どうしてほしがるのかいぶかったけど、劣悪さが貴重だから、という本音はいわないでおいた。
いま、最先端テクノロジーを駆使するスマホでみたら、まったく時代の変化に驚くばかりである。
日本製のスマホが世界市場から駆逐された理由を、中国のメディアがきちんと解説している。
日本は、実際に技術力ではいまでも世界最先端なのに、「製品」となるととたんに魅力がなくなる。
それは、作り手が自分たちの価値観を優先させて、購入して使うひとの便利さを優先させないからだ、と
世界が叩いている中国メーカーと、韓国メーカーのスマホには、日本製が及ばない機能(ソフト)がはじめから用意されている。
それは、外部モニターに接続すると、アプリがモニター上でつかえるというものだ。このメーカーのスマホがあれば、パソコンを持ち歩く必要がない。
日本製などのスマホに外部モニターをつなげても、スマホの画面が大きく写るだけだ。
そんな彼の国は、たとえばアップルペンシルの代用品を作っている。
対して、わが国は、世界最高の鉛筆を作っている。
わが国が、アップルペンシルの代用品を作らないのは、お行儀よさだけではなく、役所が許さないからである。だから、役所がそもそも興味を示さない鉛筆を作るのだ。
こうして、生産性がきまる。
高度成長期の日本を真似た国と、劣悪品をつくる仕組みを真似る努力をした国が逆転したのは当たり前だが、どうしてわが国は「そっち」を選択したのか?
「スーパーシティ法」は、監視を強化することを推進する。
またまた、真似てはいけない方向を目指すから、なにをやっているのか?
「住民の暮らしやすさ」とはなにか?をかんがえないで、統治しやすさをかんがえるからである。
おやおや、社会をスマホでの失敗状態にしたいらしい。
東京オリンピックでは、世界一の顔認識システムを活用するとCMでやっていたが、先進国はこぞって顔認証は全体主義になると否定をはじめた。
どうせの「特区」なら、東京を「自由都市」にして、香港の金融センター機能を奪取するように、すぐさま、ただちに、実行すべきである。
それが、築地の跡地利用だったのはなかったか?
これぞ、スーパーシティである。