厳しい条件をこえる、とは

過去の日本企業成功事例にかならず登場するのが、ホンダ「シビック」である。
「CVCCエンジン」は、当時として達成不可能ともいわれた厳しい排気ガス規制をクリアしたばかりか、驚くほどの「低燃費」まで達成してしまった。

自動車の排気ガスによるスモッグの被害は、呼吸器だけでなく生命にかかわるような状態だったし、二度の石油ショックで、原油価格は驚くほどの高騰だった。
ただし、このときの「高騰」は、バレルあたり100ドルを超えるような、さいきんの相場とは比べられないほどの小ささではあった。

4ドルから20ドルに「高騰」したのである。
しかし、だいたい4ドル程度だった原油が、いっきに5倍にもなると、あたりまえで常態化していた経済基盤が、大きく揺らぐのはとうぜんである。
そのショックを一番にうけたのが日本だったのだ。

ヨーロッパでは、北海原油が発見されて、中東よりもちかい場所からの供給を得ることができた。
さいきんのシェールガスのように、北海油田は海底油田なので採掘コストがかさんで、「通常時」だったらとうてい中東産の原油と価格勝負はできないが、価格高騰によってこの差がなくなってしまった。

アメリカでは、テキサスを中心に、自国内油田の大増産をした。
こうして、世界価格の高騰とは、別世界の安い原油をつかいつづけるようにしていたが、いかんせん埋蔵量に限界があった。

こうして、一番厳しい状況におかれた日本で、必死の開発のすえに完成したのがシビックだったのだ。
もちろん、これは本田技研のちからであって、日本国政府のちからではない。
むしろ、ホンダに開発の嫌がらせとあからさまな邪魔をしたのが、通産省だったのだ。

しかし、蓋を開けたらとんでもないことが起きた。
石油不足になったアメリカで、小型車が爆発的に売れるようになって、なかでもシビックは生産がまにあわなくなるのだ。
ビッグスリーが、あわてて小型車を開発したが、残念ながらノウハウがまったくなかった。

リッターあたりで数キロしか走らない自動車と、30キロ走る自動車では、もじどおりランニングコストがちがいすぎた。
さしものアメリカ人も、小さい車でガマンすることになったが、背に腹はかえられない。
さらに、肝心の排気ガスがクリーンなのだから、意識高い系のひとには大歓迎された。

この教訓は、楽な方向に成功するビジネスは存在しない、ということだ。

それから、約半世紀。
日本には、石油ショックを世界の先進国でもっとも上手に乗り切ったという自信がうぬぼれに変化して、バブル景気という幻想に溺れた。
これが崩壊すると、ほとんどパニックになってしまった。

そして、原因追及を深く議論することなく、つねに目先の危機を回避することしかかんがえなかった。
だから、戦後からバブルまでの、かつて成功したはずの経済政策を、これでもかと繰り出したが、どれもうまくいないまま、とうとう平成という時代の時間をつかいはたした。

東京オリンピックも、大阪万博も、あきれるほどのワンパターン思考の結果としか、おもえないのは、じつにわれわれがエリートたちの浅はかさをみるからである。
かつて、これらが成功したのは、経済成長という基盤の上にあったイベントであったからだ。

それを、ひっくりがえして、これらをやれば経済成長する、というのは、ただ狂人の「倒錯」ではないか。
公共事業こそがすべてという価値感そのもので、そのための消費増税といえば、理屈はとおる。
社会保障のため、というのはもはや方便をとおりこしてウソであろう。

80年代前半に、一瞬だけ、アメリカを追い越した感覚があった。
そのアメリカは、20年かけて復活した。
それはなぜか?どうやったのか?日本となにがちがうのか?を、真剣にかんがえないのは不思議ですらある。

彼らは、民間の個人たちのちからを信じたのだ。
それに投資する、金融を規制などしなかった。
資本主義を資本主義の教科書どおりに運営しただけではないのか?

われわれ日本人は、政府の役人のちからを信じた。
バブルでいたんだ金融機関を、税金で救済し、あげくの見返りに、国民へ奉仕させるのではなく、金融機関を役人がすきなように規制した。
なんのことはない、資本主義を社会主義の教科書どおりに運営しただけではないのか?

それをまだ続けようとしている政府に、期待する財界という存在がもはやどうかしている。

すると、とても単純だが、抜け駆け的成功の道筋がみえてくる。
愚直な「自助努力」だ。
厳しい条件を、素直に受け入れて、自力でどうするかをかんがえるしかない。
しかし、これこそが、成功のカギではないか。

政府から甘言の補助金をたんまりもらっても、成功などしない。
政府から甘言のプロジェクトをもらっても、成功などしない。
東芝しかり、日立しかり、大企業とて、たんなる駒にされるのを、どうして中小企業がまねるのか?

これが、平成という時代がおしえてくれた教訓であり、そもそもホンダシビックの教訓だったのである。

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