名勝千駄木旧安田邸

東京都指定名勝になっていて,いまは公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈されている.
関東大震災にも,また,近所も焼けた戦災でも焼けず,東日本大震災にも耐えたが,ことしの9月から来年の10月まで,耐震補強工事のために閉館がきまっていて,昨日8月4日だけ防空壕が公開されるというので訪問した.

ボランティアガイドの説明とパンフレットによるとこの家は,大正8年に豊島園の創始者藤田好三郎氏によってつくられ,大正12年に安田財閥の創始者安田善次郎氏の女婿善四郎氏が買い取り,子の楠雄氏が相続した.つまり,楠雄氏は善治郎の孫にあたる.平成7年に楠雄氏が亡くなって翌年,幸子夫人が寄贈をきめたとある.つまり,ついこの間のいまとおなじ「平成」時代はじめまで,実際に暮らしていた家である.

その保存状態は,大正時代の建築当時が「そのまま」になっていて良好だ.
すなわち,エアコンもウオシュレットも電気冷蔵庫もない.
つまり,この家での暮らしとは,およそ現代の生活ではなかったと想像できる.
主人の楠雄氏は,とくに文化財の保存に熱心だったのだろうか?おそらくそうではあるまい.
手を入れる必要を感じなかったのではないか?と想像する.

京都金閣寺に隣接した「長成庵」は,昭和11年の建物だから,旧安田邸のほうが古いが,贅沢さにおいては上をいく.しかし,軒のつくりなどはおなじであった.
ここも実際に住まいとしていた.旧安田邸とはちがって,居住空間における現代性・先進性におどろく.
メーカー直接発注のシステムキッチンは,オリジナル・デザインの統一もふくめてまさに「システム」を構成していた.
日本の大メーカーも,やればできる,のである.

「一日限定」の防空壕公開とあってか,たいへんな入館者で,玄関はごった返していた.
朝からひとが絶えない,とは受付での弁.入館料は500円である.
手荷物は預けることになっていて,かつての来客の付き人がやすむ玄関横の6畳間がクロークなのだが,やや混乱気味だった.

ボランティアのガイドがそれぞれについて,一通り案内と説明をしてくれる.その後は自由見学になる.
たまたま,ガイドの数がたりなくなって,洋間とサンルームをとばして先行するグループに合流せよとの指示で,別のガイドに飛ばした場所の説明をあらためて聞くことになった.

このブログで何度も指摘しているから自分でもしつこいとおもうが,ボランティアの心意気はすばらしいのだが,説明の品質が一定ではないという「難」がかならずある.
「いちばん詳しいガイドが,団体ツアーに同行していて今日はいないんです」という説明も,内部関係者以外には不要な情報である.
ガイドは有料にして「プロ」を要請すべし,と繰り返しておこう.

とはいえ,見学者側にも問題なしとはいえない.
「安田財閥」と聞いてもピンとこない母娘.それで,「金融系ですか?」と母が質問し,「そうですねたとえば『明治安田生命』に安田が残っています」とガイドがこたえたら,ふたりとも反応しなかった.「みずほ銀行」といえばよかったのに.

こうした邸宅がどんどんなくなっていく.
新しくつくられることがなくなったから,差引計算ではなくて単純に引き算だけでよい.
お金持ちがマンションに消えている.
それで,職人も材料もなくなっていく.

応接室の贅沢さはすばらしい.
日本の高級ホテル客室で,この部屋に対抗できるものは一部のクラッシックホテル以外ないだろう.
すると,世界都市東京には存在しないという意味になる.

だから「文化財」になる.
都内のホテルで,文化財にあたるものがあったとしても,レベルがちがう.
では,この家に匹敵する宿をつくろうとしよう.
かならず,「採算があわない」と経営者はいいだすだろう.

なぜ採算があわないのか?
一泊の設定料金が「安い」からである.
ところが,「安くしないとお客が来ない」とくだんの経営者はいい張るだろう.
想定客が「安田善四郎」でも,「安田楠雄」でもない,見学にやってきて「財閥」と聞いてもピンとこない「一般人」になっているという間違いに気がつかない.

それは,経営者自身が「一般人」の生活をして,「一般人」の価値観しか想像できないからである.
これを「貧乏くさい」という.
だから,お金持ちを平然とやっかむ.
これを「貧困なる精神」という.

安田善次郎とて,富山から江戸に奉公人としてやってきた一般人だった.
ジャパニーズ・ドリームが乏しくなったことこそが,社会の貧困である.
旧安田邸の庭先隣地は,「文京区保険サービスセンター本郷支所」という「近代建築」がある.
安田邸の玄関から退去しようとすれば,かならずこの建物のみすぼらしい姿が目に入る.

時代が経てば価値をますます高める家.
どうやっても,時代が経てば価値をますます低下させる公共の近代建築.
これが,建てた瞬間から価値がなくなる近代プレハブ一戸建て住宅の象徴でもある.

旧東欧ソ連衛星国の首都にはそれぞれ,スターリンから贈られた「文化科学宮殿」という超高層建築が伝統的様式美を否定してそびえ立っている.
社会主義時代をしる世代は,「爆破せよ」と主張し,若い世代は「べつにどうでもよい」とおもっている.壊すにもお金がかかるから,「社会主義」の観光名所として稼いでいる.

いろんなところにお金をつかいまくることができるうちに,このサービスセンターを隣地の文化財に見合ったセンスで建て替えることをしないのか?
あっ,しまった!
文化財に指定しているのは「都」で,みすぼらしくみっともない建物は「区」であった.

どうやら,この縦割りこそがみすぼらしくみっともないことの元凶であると確認した.
ならば,住民側からうったえるしかない.
公益財団法人日本ナショナルトラストが,区の建物を「爆破せよ」とはぜったいにいわないはずだし,それが高度成長期のお役所建築です,といって観光名所にもならない無価値である.

他人依存ではなにもできない.

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