夢追い人にロマンはない

「ロマン(ROMAN)」とはフランス語で意味は、感情的、理想的に物事をとらえることをいう。
これから、「ロマンス(ROMANCE)」に派生して、男女のこともいうようになった。

近しかったらさぞやうっとうしいだろうベートーベンが書いたえらく甘美な曲、『ロマンス』(1番、2番)は、ロマン派音楽の小品だが傑作の部類にはいるだろう。
ベートーベンは、明らかに「恋」に飢えていたはずで、聞くものをすべて「ロマンチック」にさせるのは、魅力なのか魔術なのか。

「ロマンス」の元は、ラテン語で「ロマンス語で書かれた物語」をいう。
なお、いまでもロマンス語群から「ロマンシュ語」を公用語にしている国に、スイスがある。

ちなみに、欧文フォントとして不可欠な「ヘルベチカ(Helvetica)」は、ふたりのスイス人が作成した(1957年)もので、スイスの公式国名のラテン語表記、「Helvetia(ヘルヴェティア共和国から)」に由来していて、意味は「スイスの」である。

日本人はなんだか、「スイス」と聞いただけで、ロマンを感じてしまうのは、「刷りこみ」ができているからだ。
スイスがヨーロッパ最貧国ともいわれた時代、周辺各国に傭兵として雇われる以外に、まともな産業がなかったのである。

いまスイスは傭兵を禁止しているけれど、バチカンの「衛兵」は、スイス人の「傭兵」が、歴史的にも「例外」としていまだに務めている。
プロテスタントのなかでも、激烈な「カルヴァン派」を生んだスイスにあって、カソリックの総本山で働くことは、どんな気持だったのか?

いや、「傭兵」だから、やっぱりおカネ目当てだったろう。
だとすると、雇い続けたバチカン側は、いったいどんな了見だったのか?
もしや、「契約に忠実」という評価がすべて、だったのかもしれない。
詳しい方に、是非ともご教授いただきたいものだ。

なお、マックス・ヴェーバーの有名な『プロ倫』がいう、資本主義の精神は、プロテスタントではなくて、むしろ、「イエズス会」にあるのだという説があるのは承知している。

わたしの勝手な解釈になるかもしれないけど、雇い主に忠実でないと、「傭兵」という商売は成り立たない。
群雄割拠したヨーロッパでの「スイス傭兵」は、有名だったがゆえに、戦場ではスイス人ばかりが死闘したという話もある。

スイスアルプスの谷は日本アルプスの比ではない険しさなので、谷向こうの「隣村」と、人的交流はほとんどなかったのが、かえって感情移入せずにすんだのも、このビジネスがスイスで成立した要因だったとおもえるのである。

しかも、これが、国としての、「主たる産業」だった。

そんな歴史をふまえて、「永世中立」のスイスは、ヨーロッパの嫌われ者になっている。
スイス傭兵を雇った側は、決してスイス人を尊敬しなかったからである。
しかも、豊かさを増していく過程での、スイス人の徹底した合理的思考に、周辺各国はぜんぜん「ロマン」を感じていなかったのである。

とくに、南のイタリア側は、イタリア内では豊かな「北イタリア」になっていて、もともと貧困の南イタリアとはぜんぜんちがう「国」だったけど、独特の「あけっぴろげ」さという、人生の意味を深刻にかんがえない風情にあふれている。

だから、スイス人とイタリア人は、仲がいいわけがなく、それは、スイス国内のイタリア語圏が「浮いている」ことでもわかる。
よくもこんな違和感ばかりで、おなじ国を維持しているものだし、なぜかイタリア編入も求めないのだ。

つまり、ここにも「ロマン」はない。

あるのは、民衆の「見識」なのである。
これが、スイスであろうがイタリアであろうが、「国柄」をつくっている。

「国柄」に「お」をつけると、「お国柄」となって、なんだか急に話が日本国内ローカルになるのは、長い安定の「幕藩体制」を思い起こさせるからだろう。

秋田県と山形県といってもピンとこないけど、秋田藩の佐竹と米沢藩の上杉といえば、その「お国柄」が浮かび上がってくるから不思議である。
これは、全国で通じるものであるけれど、「天領」という全国共通との不一致も興味深い。

たとえば、電車で京都から10分で着く大津は、天領でもあり、膳所(ぜぜ)藩でもあった、隣どおしが一緒になって「市」になっている。
天領の天領たる自慢は、幕府直轄という「権威」だけれど、膳所藩の藩域に行けば、天領とは別の活気が「お国柄」を示す。

大津駅と膳所駅間は、散策しながら歩くにはちょうどいい距離なので、石山詣でのついでにお勧めしたい。
東海道を歩くもよし、琵琶湖畔にでるもよし。
たぶん、人柄もちがうのだろうと想像させるから、ここには「ロマン」がある。

はてさて、イギリス人へのアンケートで、島国なのにどうして日本と自国の「コロナ死亡者数」が、かくもちがうのか?が発表されている。
イギリス10万人超、対、日本5千人超が与えられたデータである。

・スコットランドだけで日本よりも多い。
・日本人は政府の言うことを聞いて、ちゃんと守るから。
 ⇒ イギリス人は、政府の言うことを聞かないし、守らないから。
※このデータがおかしい、という回答はなかったようである。

WHOが各国に通達し、わが厚生労働省(新型コロナウイルス感染症対策推進本部)も都道府県・保健所設置市・特別区に「事務連絡」(2020年6月18日)をだした。
もう半年以上も前だけど、おかしな記述がみつかって話題になっている。

『新型コロナウイルス感染症の陽性者であって、入院中や療養中に亡くなった方については、厳密な死因を問わず、「死亡者数」として全数を公表するようお願いいたします。』

おそらく、イギリス人は勘違いしている。
政府とは関係なく、現場医師たちの「死亡診断」におけるモラルのちがいだろう。
イギリス人医師は、政府(WHO)に忠実で、日本人医師は自己の「プロ意識」に忠実なのだ。

ここに「ロマン」はない。
ただし、WHOと政府には、ロマン「しか」ない。

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