経費予算は必ず使い切る

役人には「売上」という概念がないから,「予算」といえば「使えるお金」のことである.
それで,毎年,年度末になると,「使い切る」ために,いろいろな工夫をかんがえだして,みごとに「使い切ってみせる」のが,会計課長の腕のみせどころになる.
「ムダ」ではないか?と外部からどんなに指摘されようが,「使い切らねばならない」から,気にしない.
年度予算を余らせたら,次年度から,その項目での予算が減ってしまう,という原理からくる行動と精神状態である.

それではいかん,ということで,単式簿記から複式簿記にかえようといううごきがある.
単式簿記とは,子どもの「お小遣い帳」や主婦がつけるという「家計簿」とおなじで,期首に「入金額」をかいたら,あとはつかった分を引き算して,のこりがいくらかをしる方法である.

複式簿記は,人類最大の発明,と文豪ゲーテが言ったという「発明」である.
ここで,お風呂の水がどのくらい変化したかを調べようとかんがえると,方法はふたつしかない.
第一の方法は,いまある水位にしるしをつけて,しばらくたったところで,増えたか減ったかをみるもの.
第二の方法は,蛇口からはいってくる水量と,排水口からでていく水量をそれぞれ計って,その差分で増えたか減ったかをしるものである.
第三の方法をかんがえだしたら,それは間違いなくノーベル賞をもらえるだろう.
さて,第一の方法が,ふつう「貸借対照表」とよばれ,第二の方法が「損益計算書」とよばれている.
この二つの書類は,「利益」というパイプでつながっている.損益計算書ででてきた「利益」は,貸借対照表の資本に転記されると同時に,資産のどこかも増えることになる.「損」であれば,資本と資産がそれぞれ減る,というしくみだ.

役所が単式から複式に転換するというのは,損益計算書で余った予算を資本と資産にすることで,ムダをなくそうという魂胆である.
これを,「民間の知恵」というらしい.

では,その「民間」ではどうか?
そもそも,企業「予算」というものも,お役所からいただいたかんがえ方であることを確認しておこう.
帳簿をつける,という行為は,「結果の記録」であるから,これだけでは「予算」にならない.それで,前期の数字から将来を予測して,目標にしよう,というのがはじまりである.お役所は,税収という「売上」からつかう分を決めていたから,民間はこれを学んだのである.

ふつう企業には最低でも二種類の予算がある.
「売上予算」と「経費予算」である.
「売上予算」は,今期収入の見込みと努力目標を足したものからなる.だから,売上予算の達成は,「必達」といういいかたをする.かならず達成せよ,という命令である.それで,達成すると,むかしは「金一封」が支給されもした.努力目標分も達成したのだから,その「お礼」と「よろこび」を会社は表現した.

さて,「経費予算」である.
じつは,民間企業でも「経費予算」の達成率は,100%,である.つまり,確実につかわれる.
だから,ほんとうは民間も役人を嗤うことはできない.
「民間はすぐれている」とか「民間の知恵」というのは,「すべての企業」にいえることではない.むしろ,そのようにほめられるだけの企業は,めずらしいのではないか?
これを,経済官僚はしっているから,ばかにして民間に命令するのだろう.

褒めておだてたり,鼻で笑ったり,うまくつかいわけている.上げたり下げたりするから,これをむかしのひとは「びっこにちょうちん」と言った.いまは,びっこが不適切な表現だからいわなくなった.それで,「あしがわるいひとにちょうちん」と言ったら,もっとひどいイメージになるから,ちょうちんが死語になったついでにやめた.
ほめられるようなすぐれた企業や知恵があるめずらしい企業ではない,ふつうの企業が,その命令をかしこまって受けとめるのだ.

おもしろいことに,売上予算は必達というが,経費予算を必達しろという経営者はすくない.
すぐれていて,知恵がある企業は,どちらも必達である.
次期以降の成長のための必要業務をかんがえると,お金が足りないのがふつうだから,経費予算のやりくりもたいへんなのだ.そういう経費予算なら,必達は当然だ.

だから、今期使えるお金,ではなくて,今期と来期の準備の活動資金,という発想がひつようになる.
それが,来期以降の実を結ぶもの,となってはじめて成長が達成できる.
経費は削減するもの,という思い込みでは経営はできない.

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