「CTスキャン」のことである。
「CT」とは、computed tomography の頭文字をとっている。
C:コンピュータ
T:断層撮影
用いるのは、放射線だ。
放射線の人体への被曝量を示す単位には、「Sv(シーベルト)」がある。
1Svの千分の一が「mSv(ミリ・シーベルト)」という。
原発事故で問題になったのが、「1mSv/年間」という基準値が、「100mSvまでの被爆は健康に影響ありません」と、「専門家」がテレビで語っていたことだ。
それで、法的な基準値が、「20mSv/年」にされてしまって、いまだに「1mSv/年」に戻っていない。
これを、「反日の国」のひとたちが指摘する(例えば、オリンピックで来日した韓国選手団、とか)のは、日本人として「痛い」ところだ。
何故なら、「1mSv/年」というのは、元々「国際放射線防護委員会: International Commission on Radiological Protection(ICRP)」が取り決めた「勧告」に基づいて、「国際的な基準値」として各国がこれを「法」に定めるようになったからである。
この基準が用いられるのは、放射線を浴びてしまう可能性が高い、核施設に勤務するひとたちと、その周辺住民だ。
また、この基準の他に、人間は「自然被爆」や「医療被爆」に晒されている。
自然被爆とは、宇宙や地球に「自然」にある被爆で、放射線は、「空気」にすらある。例えば、東京からニューヨークに往復の空の旅をするだけで、で「0.2mSv程度:レントゲン1枚ほど」の被爆をする。
医療被爆とは、レントゲン撮影やCTなどからの被爆だ。
つまり、地上で生活しているだけで、年間2mSv程度自然被爆をしているから、これらとは「分けて」上記の基準が作られている。
ついでにいえば、CT1回で、5~30mSvとなるので、胸部レントゲン写真(0.06〜0.15mSv)の100枚分以上の医療被爆をする。
そもそもをいえば、ICRPだって、ラジウムを発見したキューリー夫人が、無防備な実験(当初は未知だったのは当然)で、不良性貧血によって亡くなったことがあるし、1910年ごろから時計の文字盤の蛍光塗料としてつかわれたラジウムで、スイスの女工さんに骨癌が拡がったことがあって設立されたのだ。
被曝量は積算することを基本とするから、自然被爆+医療被爆+核施設、ということの合計値が、社会的許容範囲を超えるかどうかが議論される。
社会的許容範囲とは、単位人数当たりの癌発生確率を基準にする。
100%だったら、許容されないのはわかる。
ならば、何パーセントなら許容できるのか?
それは、「人間社会」によって異なるから、これを、「国際的」にした意味は大きい。
何故なら、農産物や魚介類も、自然被爆しているからで、これらの国際基準がなければ、「貿易」ができなくなる。
外国製の果物を安心して食べているのも、基準をクリアしているという「前提」があるからだ。
わが国の「科学者」や「専門家」が、一般から「怪しい」と思われるきっかけが、「年間100mSV」だったともいえ、これが、存在が証明されないコロナになって、PCR検査に精度はないとした厚労省の見解も無視した報道で、被害が広がっている現状の原点ではないのか。
しかし、CTが発明されてからの「進歩」は著しく、それが、「画像処理技術」となって現れてきた。
これには、大きく二つあって、一つが「詳細モニター」で、一つが「グラフィック・エンジン」だ。
要は、かつてより数段も「はっきり見える」ようになった。
すこし前のむかしは、レントゲン写真を見て「病変を見つける専門家」がいたし、それは、「CT画像」も同様だった。
評判の良い病院には、こうしたプロが在籍していた。
しかし、いまは、あまりも画像がクリアなので、素人でも一目でわかる。
それで、病変化「していない」影を、どうやって医師はインフォームドコンセントするのか?という問題になっている。
この影は病変ですが、この影は病変の予備状態で心配いりません、と言われても「納得できない」ということになる。
それで、やらなくてもよい摘出手術をやることになっている。
外科医の過労の原因ともいわれるから、笑えないし、希望する本人の「気持はわかる」のだ。
やっぱり「気持ち悪い」。
そんなわけで、適度な「ぼかしの画像」が求められている。
過ぎたるは猶お及ばざるがごとし