万年筆マニアには、「インク沼」という魔界が存在している。
しかしながら、これらは概ね「水性インク」の分野をいう。
万年筆用インクには、ビールに「エール」と「ピルスナー」の二分類があるように、「水性系」と「顔料系」の二種類がある。
主流といわれているのが、水性系で、その色彩の多様さは数えきれないから「沼」と表現されて、いったんはまるとなかなか抜け出せない危険性にあふれている。
デスクまわりが、インク瓶だらけになってしまうのだ。
しかも、こちらは「化学合成」されたインクなので、「混ぜる」ことは御法度である。
ちがうインクをつかうには、万年筆内部をきれいに洗浄してからでないと、機構内部で化学反応をおこし、不具合のもとになる。
万年筆好きは、この洗浄作業もあじわっているのだが、面倒におもうひとには「ガラスペン」が人気だ。
さっと洗えて、すぐに別のインクをつかうことができるし、書き味のカリカリ感が、手に心地よい。
ただし、水性系は時間経過によって「退色」する。
数年で文字の判読ができなくなることがあるので、保存したい書面ならじゅうぶん注意したい。
水性系の異色に、「ブルー・ブラック・インク」がある。
これは、ほんらい「青と黒の中間」という意味ではなく、タンニン酸と鉄イオンをふくむ、化学反応によってインク色を紙に定着させるものだ。
なので、書いたときの「ブルー」色から、時間がたてば、「ブラック」に変化する。
さいしょのブルーが「退色」して、酸化反応によって鉄イオンが「黒」になってあらわれるのだ。よって、時間による退色はすくない。
最新技術の「ブルーブラック」は、水性で「青と黒の中間」という意味になったので、ほんらいのものに「古典」をつけて区別している。
「古典ブルーブラック」は、かなりの「酸性」だから、安い鉄ペンだとペン先が腐食するから注意したい。
一方の「顔料インク」は、そのまま「顔料」という、水に溶けない粒子状の材料をつかっている。
水溶性ではない、ということから、いったん乾くとしっかり定着して、うえから水をかけても溶け出さない。
つまり、書いた文字の耐久性が高いのである。
ほとんど退色もしないから、重要文書や公文書などには、顔料インクが欠かせない。
古文書が、紙がもてば千年単位で保存できるのは、蝋燭のススからつくる、伝統的な書道の「墨」も、顔料インクだからである。
ただし、こちらはメンテナンスが面倒で、ペンの機構内で乾燥してしまったら、固まって、万年筆が万年どころではない事態となる。
「洗浄キット」という化学物質で溶解させるか、メーカー修理ということになる。
だから、顔料インクを万年筆に入れるには、ふだんからよくつかうものや、キャップの機構で、乾燥をふせぐ機能のものでないと「こわい」ことになる。
さらに、メーカー保証ということを考慮すれば、顔料インクと万年筆はおなじメーカーで一致させないと、修理保証さえ危ぶまれる。
そんなわけで、一本、つかいたい顔料インクのためにそのメーカーのポップな14K万年筆を購入した。
ちなみに、外国製の顔料インクは、ふつうの文具店では入手困難なので、今回購入したのも国産メーカーのものである。
わたしは、筆圧が強い方なので、14Kのペン先が一番好きだ。
18Kでは「柔らかすぎる」し、鉄ペンやステンレスは、やっぱり「引っかかる」からである。
ほんとうは、購入後しばらくつかったら、ペン先のメンテとしてプロに磨いてもらうとよいのはわかっているが、なかなかそうもいかないままに「満足」している。
きっと、おおちがいの「満足」があるはずである。
そうこうしているうちに、愛用の腕時計がこわれてしまった。
三本所有の機械式が、これで全滅した。
単純にソーラー式のものが一本、電波ソーラー式が二本。
こちらは、ぜんぜんこわれない。ただし、電波ソーラーの一本は、秒針がドンピシャではないけど、実用にはこまらない。
外国の電波もひろうのがさいきんの電波ソーラーで、高級品はGPSとの連携で「自動時間修正」されるという。
中の機能はどうなっているのか?おしえてもらっても理解できないだろうけど、放置していて時間を刻みつづける便利さは、数百万円以上のものとは、価値の意味がちがう。
スマホがあるから、腕時計は不要だといういうひともいるが、そうはいかないときもある。
見せびらかすためのものではないけれど、じぶんに必要な機能のものなら購入を検討するのもありである。
そんなことをしていたら、あたらしい万年筆と電波ソーラー腕時計が、ほぼおなじ値段であるのに気がついた。
意外にも、万年筆屋は高価なものを売っているのか?それとも、時計屋が安いものを売っているのか?
部品点数と精密さにおける勝負なら、電波ソーラーに。
その精密さを、ひとが調整している勝負なら、万年筆に。
価値と価格の難しさは、消費者の「欲しい」によっても変わるから、やっぱり計画経済は成り立たない。
さて、それで、どうするか?