足立美術館にいってきた

ふつう交通の便利な場所が人気スポットになるので、不便な場所につくるのは敬遠するものだ。
しかし、それが「目的地」となると、どんな場所にあろうが関係ないばかりか、「はるばる感」がうまれるからここぞとばかりに張り切るのがひとの心理である。

足立美術館は、その庭園美を追究した特異な美術館で、しかも、肝心の庭園は回遊式ではなくきめられた場所から鑑賞するという方式になっている。
窓枠が「額縁」になって、リアルな景色を「絵画」に見立てる趣向なのだ。
ために、庭園の借景となる山々もふくめ、庭園の美を構成するから、その山々も美術館で保有しているという。

したがって、この場所まで人間がやってくるしかない、という制限された条件がこの美術館にはある。
つまり、不動産そのものが「美術作品」なのである。

この驚嘆すべきアイデアは、いったいどういう理由でうまれたのか?

住所は「島根県安来市」となっているが、ほぼ田園地帯の一画である。
個人的だが、横浜の自宅から800キロメートル以上もある。
それは、美術館HPにあるいわれをみればわかる。
創設者、足立全康の生まれ故郷であった。

すなわち、故郷に錦を飾った、かつてのジャパニーズ・ドリームの体現者なのである。
仰げば尊しにおける「身を立て 名をあげ やよ 励めよ」を実践した人物が、実業の世界での成功をもって私財を投じてできた美術館なのだ。

しかし、この美術館の本旨は、来館者に日本画とくに近代の最高峰・横山大観の美を確と目にやきつけるための、前奏曲となる理想的な日本庭園の自然美を観た感動をもって、メインディッシュにむかう構成になっていることだ。
なんという壮大な「前奏曲」であろうか。

音楽や料理にたとえれば、そういうことだ。
これに、陶芸の河井寬次郎、北大路魯山人がくわわって、山からとれた土による芸術作品も鑑賞する設計がなされている。
魯山人館は現在建設中で来年秋の開館予定だ。

寬次郎も魯山人も京都のひとだ。
京都五条にある寬次郎の窯を訪問したことがあるが、島根でつながった。
ふたりの作風のちがいを、素人でもわかるように収集したコレクションの幅のひろさは、日本画もおなじであるが、あくまでコアとなるのは大観芸術である。

その意味で、この美術館には「狂気」すらある。
まったくの人工的造園技術の粋をもって、あたかも「自然」をつくり出す。
まさに、「自然」とはなにか?を哲学したくなるではないか。

本美術館の庭園がアメリカの専門誌で何年も日本一を獲得しているから、万年二位になってしまったのが「桂離宮」だ。
その桂離宮を「解体」したのが、井上章一『つくられた桂離宮神話』である。

この美術館は、魯山人的な「狂気」によってつくり出されているのだと気がついた。
もちろん、寬次郎でもかまわない。
しかし、世にしれた「こだわり」といえば、魯山人があらゆる方面で示している。
昨今、魯山人の著作は、電子書籍だと無料で読めるようになっている。

道路を地下道で横切る「新館」が、美術館の出口になっている。
ながい無表情な地下通路をとおると、美術館主催の絵画展で優秀とされた現代作家の作品群が出口まで誘う設計も、音楽にたとえればゆっくりとフェードアウトするような気分になった。

全康氏亡き後も、確実に本人の意志が継承されているのだろう。

四季の庭園があるからちがう季節に再訪したい、ではなくて、その時期にみあった大観作品の入れ替えがあるから、庭園も観てね、になっている。
120点もの大観作品のコレクションこそ、この美術館の真骨頂なのである。

さては、公共の美術館にはない魅力がある。
ほんらい、こうした美術館の存在こそが国民資産なのである。
公共の美術館に、狂気はありえないからだ。

国家が芸術を支配してはならないし、成功者が成功者として「恩返しする」ことを妨げてもいけない。
しかしながら、全康氏のような成功者がうまれない社会は、もっといけない。

いつかまた、かならず再訪したいものだ。

多賀大社の御利益

古事記と日本書紀のさいしょの記述のちがいは、伊邪那岐命(イザナギのみこと)と伊邪那美命(イザナミのみこと)による日本列島をつくり出したあとの「神産み」で、さいごに火の神を産んだことで伊邪那美命の局部がやけどして、これが原因で黄泉の国にお隠れになったのを、けっして来るなという約束をやぶった伊邪那岐命が、ほうほうのていで逃れた場所にある。

古事記は近江の多賀で、日本書紀は淡路島になっている。

どうしてちがうのか?ということは、どうして古事記のあとに日本書紀が書かれ、これら両書とも今日まで保存されているのか?ということにも通じるから、よくよく調べてみることをおすすめしたい。
なお、古事記をもって最初とされているが、ぜんぜんちがう伝承(口伝)があって、これらはみな廃棄され、伝承を強制的に禁止したという説もある。

世界の「神話」研究でわかったことは、文字による伝承がもっとも脆弱であることだ。
古代エジプトの象形文字解読に重大な役割をしたロゼッタ・ストーンのような、同じ話を複数の言語で書いたものがないと、後世に「解読できない」のが文字の特徴なのである。
むしろ「口伝」による伝承の方が、正確に伝わるとかんがえるのが「神話」なのだ。

さて、多賀に降りたイザナギのみことが、その後どうしたかはわからない。
けれども、この地に多賀大社ができたのは「事実」なのである。
その社は、忽然としてあらわれるから不思議だ。

豊臣秀吉が参拝してうんぬんという逸話も、現代人にして秀吉との近親感を得るのは、その時間差が大社創建時からと秀吉から現代までの時間とで、はるかに長いのが創建時からの時間だからである。
エジプトのピラミッドをみると、クレオパトラやナポレオンの存在と現代人が近親感を得るのににている。
おそろしく古いものとは、そこに「あるだけ」で、人間がかってに意味をもたせるものなのだ。

そうした「意味」と、存在していることの「意味」とが一体にならずに分裂しているのが日本の観光地の特徴で、門前町の風情のなさは、単純に町の衰退をあらわすだけでなく、参拝客からの「掠奪」によってなん百年も喰ってきたという貧困の絵姿になっている。

すなわち、「まちづくり」という行為が、行政に依存して、とうとう「権利」と共存できないために、住民による破壊が果てなく続いた結果なのである。
そして、価値がその場だけにかぎられると分裂して信じるがゆえに、たとえば多賀大社なら、境内の内側における静寂と、門前町の歯抜けがより鮮明なイメージとして参拝客の記憶にのこることが、ぜんぜんわかっていないのだろう。

ときに「強制」がよい結果をつくるのはヨーロッパ人の常識で、「グランド・デザイン」という価値を追求すれば、おのずと地価も上がることをしっている。
かつての日本人の歴史的支配者がもっていたはずの「グランド・デザイン(町割り)」が、現代人にない、ということこそ、都市衰退の原因なのである。

都市計画の「なまやさしさ」は、東京の旧汐留駅再開発にあたって、おなじ国鉄駅敷地再開発に取り組んでいたドイツ・ケルンを訪問した都の職員がみせたグランド・デザインに、ケルン市役所の職員からきっぱりと「これをわたしたちは都市計画とはいいません」といわれたが、その計画どおりに再開発したのがいまの汐留地区である。
日本の役人は、海外出張の成果を発揮しないなら、自腹で出張すべきである。

彦根城の天守からみえる街並みが、西の方向に特徴あるスカイラインでおなじ色の瓦屋根の連続をみることができることで、町割りが「保存」されていることがわかる。
こうした街並みが、天守に上がれたことの価値をつくっている。
かつての城主たちは、この景色からさまざまなことを想像したにちがいなく、現代人とてもおなじ感覚になれるのは、ひとつのよきことにちがいない。

しかし、残念なことに、彦根城にこの街並みの解説がないのである。
城の保存だけをすればいいとかんがえる「分裂」の症状が、ここにもある。

日本神話における「アダムとイブ」は、聖書の創世記でいう宇宙と地球誕生を命じた「神」の一週間にわたる仕事を、二人で実行する。
そのため、多賀大社は夫婦の神をまつっている。
はたして、この周辺の人々の離婚率は低いのかはしらないが、縁結び、ということにたけてはわが国一番のはずである。

東京の帝国ホテルが、わが国で最初のホテル婚礼をはじめたという「歴史」がある。
宗教をそのときの目的にそって選ぶのが、日本人の特徴ではあるが、最初のホテル婚礼は「神式」にかぎられていた。
信者でもないのにキリスト教式の婚礼をあげるのは、おそらく日本人だけではあろうが。

その帝国ホテルの神式場の主神は、多賀大社の分祀なのである。
まいねん、担当者が多賀大社に出張して、ご神体をあたらしくしている。

もう29年前になるが、わたしたち夫婦も帝国ホテルの神式場で挙式した。

これはこれで、御利益があった、ということだ。
そんなわけで、今回の参拝はお礼参りでもあった。

記念にもとめた夫婦守りは、わが家で鎮座ましますことになる。

国宝彦根城の残念

昨年は秀吉の最初の居城がある長浜に立ち寄ったから、今年は彦根にしてみた。
彦根は徳川四天王のひとり、老中大老の家柄である井伊家の居城がある。
幕末、大老井伊掃部頭直弼(いいかもんのかみなおすけ)は、開国と尊皇攘夷のはざまにあって、とうとう開国を選択せざるをえなかったが、朝廷の許可なし、という状況から、桜田門に散った。

横浜中心部には「掃部山公園」があって、高台には港をみつめているはずの「井伊直弼像」が立っている。
いまは、マンションやみなとみらいの高層建築で、みなとはぜんぜん見渡せないが、杓をもった正装の姿は「開港の恩人」とされている。
おなじ像を、彦根城内にみつけた。

井伊大老の「功績」として、「安政の大獄」がある。
重要人物たちが100人以上ぞくぞくと逮捕・処刑された事件だ。
斬首されたひとのなかでも、吉田松陰が有名だが、もっとも皮肉で惜しい人物だった橋本左内(景岳)の死は、その後の日本の歴史を変えるほどの愚挙であった。

この事件に連座した藩主級のひとたちのなかに、名君の誉れが高い福井藩松平春嶽もいる。
「松平」がつくのだから将軍家ご親戚だが、一橋慶喜、徳川慶篤(水戸藩主)、徳川慶勝(尾張藩主)もふくまれているから、容赦がない。

橋本左内は、福井藩藩医の家系であったが、その秀才・天才ぶりは有名で、家老によって藩主側近・秘書役に抜擢されたのが21歳のときである。はじめ春嶽は「子どもではないか」といぶかるが、すぐさまその才をみとめて、なんと12代将軍家慶に謁見し「献上」されることになる。
そして、幕府危急のときを救う大老人選にあたって、左内は井伊直弼を推したのだ。

その井伊直弼によって処刑されたのは25歳の若さであった。
おなじく29歳で処刑された吉田松陰とともに、東京南千住の回向院にそろって墓がある。

ちなみに、家老がみとめて殿様に紹介され、その殿様がみとめた人物で、「空前」の大出世をしたのは二宮金次郎(尊徳)だろう。農民出身だから、文字どおりの「破格」である。
しかしそれは、小田原城内に二宮神社があることで、破格を通り越した「絶後」がある。

さて、はじめての彦根城は、なんと城内敷地に自動車でいけるようになっていた。
長浜城という地元有志でつくられたコンクリートの城も、はては江戸の千代田城も天下の大阪城もおなじだが、いったいどういう規模だったかの想像をするのが困難なほど「街」になっているのに比べれば、なんとなくだが想像できるのはいいことだ。

「DEJAVU」といえば大げさだが、いまはポーランド・グダンスクの近郊にある、かつて「舌」のようにドイツから伸びた東プロイセンを支配したドイツ騎士団の居城「マルボルク城」をおもいだした。
この城は、ドイツ的質実剛健なつくりで、建物のデザインはあちらのものだが、木造という点で日本の城と共通している。

有名なスイスの観光地も、ゲルマンの気質なのか「合理的な設計」がされていて、その快適な観光システムは、たんなる風光明媚なのではない。
だからかしらないが、マルボルク城の観光も「システム」としてつくられた環境が、快適かつ充実した見学ができるようになっている。

これは、年齢別の想定や国別の想定もされているので、子どもからおとな、よく訪れる外国人に向けてシームレスな案内が用意されていることを意味する。
残念ながら現地に日本語のサービスがないのは、日本人客がすくないからで、文句はいえない。
しかし、いまはインターネットがあるから、日本語での情報はあらかじめ得ることができるので、現地の英語表記でも誤解がない。

彦根城の有料区域には、建物内をふくめてほとんど外国語表記がなかった。
なぜか「ひこにゃん」というゆるキャラがご自慢のようだが、国宝の紹介には意味不明である。
また、当時の城主の生活や家臣たちの活動の様子をしる案内も、日本語ですらないから、ただきつい階段の天守閣にのぼるのがたいへんだった、といういがい、なにが印象に残るのか?

つまり、そこにあるものをただみせる、という「だけ」なのだ。
すなわち、なにをみてもらいたいのか?なにが重要な物語なのか?という「想定」がないのである。
たとえば、天守ちかくの石積みにつかわれている巨石は、どのように運ばれ、どうやって設置したのか?
江戸城二重橋からの石積みは、関西系と東北系の大名によって技術のちがいがわかるが、それとどういう関係があるのか?などなど。

もはや世界標準の「音声ガイド」すらない。
天守閣からみえる景色の解説もない。
地元のひとなら常識であることも、自動車で半日かけてやってきた国内観光客が、どう観ればよいのかにとまどうのだから、ましてや外国人をや、になるのは当然だろう。

そこに登場する「ひこにゃん」は、このフラストレーションにさらなる刺戟をあたえるだけの存在になってしまうから、彦根人のセンスや知能をうたがいたくなる。

役所と切り離した「経営」が必要なのであって、役所のひとではない彦根を愛するひとびとに、ぜひとも「マルボルク城」を見学してほしいと願う。
ついでに、首都ワルシャワにそびえ立つ、スターリンから衛星国への贈り物といわれる「文化科学宮殿」の頂上にある展望台にいけば、彦根城天守閣と同様に、360度どんな景色かも説明しないかつての「社会主義」の素っ気なさを確認できるはずである。

観光やサービスは「設計するもの」という、主催者の義務を忘れてはいけない。

勘違いのアルファベット

英語として「AからZ」までのアルファベットを習うまえに、国語の50音図にあてはめた「ローマ字」を習ってしまう。
「AIUEO」は、「あいうえお」という母音で、「K」という子音を組み合わせると「KA=か、KI=き、KU=く、KE=け、KO=こ」になる。

国語の子音は、50音図なら「K=か行」「S=さ行」「T=た行」「N=な行」「H=は行」「M=ま行」「Y=や行」「R=ら行」「W=わ行」そして、「N=ん」と配列されている。
小学生は、ひらがな、カタカナ、そして、ローマ字という三種類の文字で50音図を暗記するのである。

これらは、あくまでも「国語表記」だ。
もちろん、日本語としてこうした表記がつかわれているから、文句のいいようがないし、細かくいえば「ヘボン式」表記まであって、パスポートには正式にこちらで名前が表記されるから、ローマ字の綴りすら二種類の記述方法があり、ヘボン式をしらないと自分の名前や住所が書けないことにもなりかねない。

だから、ローマ字はちゃんと習うし、脱落者がすくないのは、世界の言語で発音が母音と子音のマトリックスな組合せでなりたつという「日本語」が「特異な言語」であるからだ。

しかし、小学生は、日本語が世界的にめずらしい発音の構造になっていることをしらないし、先生も特段おしえない。
もしも、それが、日本語の優位性とか、さらに日本人の優秀性なんてことになると、戦前回帰してまた戦争をするかもしれないと発想するからである。

そんなわけで、文字がおなじなのに、ローマ字とアルファベットがちがう発音をするから、いざ英語を習うとなると、いきなりややこしいことになる。

ところが、そのややこしさがさらにややこしいのが、英語のアルファベット自体に問題があるからだ。
日本語にはありえない、「文字の名前」という概念があることである。

日本語なら、「あ」は「あ」であって、「あ」という文字に「あ」という名前があるとはかんがえない。
もちろん、「あ」はローマ字で「A」や「a」と書いて「あ」と発音する。

しかし、英語では「A」や「a」には「エー」とか「エイ」という名前があるが、発音は「ア」ただしくは「æ」なのだ。
いわゆる「ABCの歌」でいう「エービーシーディーイーエフジー♪」とは、ぜんぶ「文字の名前」をさしている。

だから、「B」「O」「X」と書いて、「ビー」「オー」「エックス」とは読まずに「ボックス」になるのは、文字の名前と発音がちがうからだし、そもそも上記のカタカナでの記述がただしい発音ではない。

文字を習いはじめた英語圏の幼児たちは、「B」「O」「X」と書いて、「ビー」「オー」「エックス」と読む。
さいしょに文字の名前を学ぶからである。それから、ただしい発音と文字の綴り方を習うのだ。

文盲が存在するのは、彼の国では発音と文字の綴り方のルールを「習わないといけない」のに対し、日本語は50音表と漢字を「覚えなければならない」ということで、文盲の原因も異なるのだ。
マーク・トウェイン『王子と乞食』に、綴り方の勉強についての既述がある。

これがアラビア語になると、新聞や雑誌など、文字で書かれた「文語」は西暦600年代のことばが基準なのに対して、文字にしない「話し言葉」は現代の言語であるというちがいから、先進国における文盲率とは比較にならないほど高水準にある。

しかし、これを日本にあてはめると、同時期の「大和言葉」で書かれた文章(新聞記事や雑誌)を現代日本人がスラスラと読めるか?といったことにあたるから、バカにできないどころか、ほとんどのひとが困り果てることになるだろう。

明治の言文一致運動がつくった功罪がある。
1966年に放送されたアニメ「魔法使いサリー」では、登場人物の女子小学生たちが樋口一葉の『たけくらべ』にあこがれて、魔法で物語のなかに入りこむ話があった。
この当時の子どもは、『たけくらべ』を原文のまま読めたが、いまはいかがか?
「退化」している可能性がたかい。

さて以上から、英語がネイティブの外国人が、ローマ字で書いた日本語をヘンテコな発音で読んでしまう理由がわかるだろう。
これは、ローマ字で書いた日本語をヘンテコな発音で読むことができず、スラスラと日本語の発音で読めてしまう日本人にとっては、衝撃的なことである。

つまり、英語の発音ルールでローマ字を読めないのだ。
裏返せば、英語をローマ字で読んでしまう。

これが、日本人にとって英語が絶望的に苦手な原因のひとつなのである。
「読めない」ものは「話せない」になるし、「読めない」文字は「記憶もできない」からである。

知の巨人といわれひろく尊敬された梅棹忠夫氏は、なぜか日本語表記の「ローマ字」推進論者だった。
これだけはいただけない、というおもいがある。

表意文字でもある漢字との組合せがあって、はじめて文脈がつうじるのが日本語だから、すべてローマ字で書いたら、同音異義語がわからなくなる。文脈からの理解で可能だ、とはならないのは、文脈からの理解ができるのは漢字表記をしっているという前提があるからで、それをしらないと意味不明になる。

ハングル文字は発音記号からできている文字体系で、音の組合せという点では日本語よりもゆたかなのは朝鮮語である。日本語では発音しない音がたくさんあるから、日本人に朝鮮語の発音はむずかしい。

そのハングルだけに表記を限定した(1970年)ら、漢字を混ぜている北と議論しても勝てなくなった。
朝鮮語にも、漢語からとった単語が多数のこっているから、全部をローマ字にしたのと同様、同音異義語が不明になるのは避けられない。

すなわち、高度な思考体系の文章をローマ字だけの日本語、ハングルだけの朝鮮語では表現できないのだ。

韓国の没落は漢字使用の禁止にあるという説がある。
高度な思考を構成することが困難だから、「思考の単純化」がひつようになって、それがポピュリズムと合体しやすくなってしまう。
けだし、韓国における漢字の復活はもはや不可能だろう。漢字使用の禁止を半世紀にわたってつづけたから、教えられるひとが絶えたのだ。
気の毒なことである。

人間は言語で思考するから、言語のちがいが文化のちがいを生みだすのは当然だ。
日本における漢字教育の簡略化という問題は、韓国を他山の石とすべきだ。

しかしそれにしても、日本のエリートは、ローマ字とアルファベットの名前と発音のちがいをわざと教えないにちがいないから、日本人から英語能力もうばう努力をしているといえる。

漢字を覚えるのは子どもには負担だからやさしくしましょう。
英語とローマ字の関係もややこしいので教えるのはやめましょう。

この倒錯した「やさしさ」が、国民を不幸へと導くのである。

参議院選挙でなにを選択したのか

なんとなく自民党。
これが本音だとすれば、なにも変わらないことを選択したことになる。
残念ながら既存野党も「選択しない」という「選択」なので、なにも変わらないことを選択するように仕向けられた、ともいえる。

新聞などは「争点なき選挙」とか「風なき選挙」と書く。
「なんとはない選挙」だった。
そして、なんとなく与党が勝ったようにみえて、国民は相手にされない疎外感だけがのこった。
この与党との一体感のなさ。

まさに、マーケティングなき日本企業のような、停滞感だけが、梅雨空の霧のように、べったりとしてのこったのだから、いまの日本国のなかのさまざまな組織の集合体としての国の姿としては、そのとおり、の選挙結果なのだ。しかし、これがほんとうの「民意」なのだろうか?

19世紀的統治のわが国が、安定して続く。
昭和のおわりからの三十年にわたる「停滞」が、これからも変わらずに続くから、ふつうは「衰退」するものだ。
すなわち、われわれは、まちがいなく「衰退を選択した」のである。

この「衰退」は、人口減少とは関係のない、人為的なものだ。
もちろん、子どもをつくらないということも、個々の選択の中での「人為」ではあるが、社会的な選択肢が与えられないという意味においてこその、人為的である。

むしろ順番としては、「衰退」が確実ゆえに「子どもをつくらない」選択がおこなわれているのだ。

しかし、社会的な選択肢が与えられない、ということは、健全野党が存在しないということのなので、こうした健全野党を組織できない国民側のエネルギーがすでに「衰退」してしまった。

このブログでいう「健全野党」とは、「自由主義政党」のことである。

わが国の公党で、自由主義を標榜する政党は存在しない。
自民党は綱領にあるように、社会主義政党であることをを公言している。
「自由民主党」というカンバンには、おおいに偽りがある。

すなわち、自民党を基準にすれば、すべての政党が、社会主義方向に列をなしているのである。

これはどうしたことか?
日本をいまも事実上支配するアメリカ合衆国からすれば、自国の「民主党」がずっと日本で政権運営をしているようなものだが、これを許しているのは、都合がいいからだ。

韓国に対する戦略物資の輸出許可を厳密にし、さらに「ホワイト国」からも除外するという「決定」だって、ほんとうはアメリカ政府からの要請にちがいない。

転用していることの証拠を具体的にあげず、「守秘義務がある」という説明に終始しているのは、いったいだれに対しての「守秘義務」なのか?
アメリカ合衆国政府に対しての守秘義務であるとかんがえるのがふつうだろう。

この処置に対する韓国の異様な反発も、韓日関係や韓米関係を破壊して、北との同盟を優先させたい現政権の基本方針からすれば、まったく「異様」ではなく、むしろその「本気度」がわかるというものだ。
もちろん、この政権がかかげる基本方針は、ファンタジーである。

しかし、こうした「反乱」が、止めようもないほどに、米国も「衰退」してしまった。
けれど「反米だけ」では、おなじくファンタジーになってしまうのがリアル世界である。

放置すれば、東アジアの覇権は、北京政府に握られる。
オバマ政権が放置して、シーレーン上の重要海域に軍事基地をつくられてしまったが、ダブルスタンダードを旨とするあちらは、いまだ「軍事基地」だとはいっていない。

イラン危機は、ホルムズ海峡の防衛をどうするかに自動的になるけれど、トランプが明言したように、中東の安全による最大の恩恵は中国と日本が得ているのに、薩摩守「ただ乗り」とはどういうことだ?といわれたから、さぁたいへん、に選挙後のこれからなる。

野党は依然として憲法を持ちだしながら、自衛隊の派遣をやめさせようとして世界の仲間はずれになることを目指すだろうが、ちゃっかり「選挙の争点」にはぜったいにしなかった。
日本での議論を横目に、中国は海軍をホルムズ海峡に送るだろうが、これは米中貿易戦争によるアメリカ擦りよりが理由ではない。

アジアのシーレーンは、従来アメリカによって安全が保持されてきたが、それが中国に転換するという意思表示の意味がある。
まさか、日本は自衛隊をださない代わりに、中国に費用を支払うことで決着をはかるのだろうか?

これは、石油という生命線を中国に委ねることを意味するから、わが国にとっては歴史的転換点になる決定になる。
はたして、こんなことをアメリカは許すのか?
日本のリアルな選択肢は、自衛隊をだすしかない。

トランプ共和党政権は、自国は自国で守れと日本に正面からいいはなった、戦後はじめてのアメリカ合衆国大統領なのだ。
すなわち、日本は真の独立国家たれと。

じつは、ファンタジーを追い求めるのは韓国政府だけでなく、わが日本政府も既存野党も同類なのだ。
韓国人のファンタジー好みは、日本統治時代の悪弊か?

「年金制度」が百年もつといっただけで、「年金だけで暮らせる」とはだれもいっていない。
地球環境にやさしいように「感じる」なら、「科学や化学を無視」してよいので、太陽光発電を推進したり、無料のレジ袋を追放しておなじ素材のゴミ袋を購入させるのが「エコ」だという。すくなくても「エコノミー」ではないし、「エコロジー」でもないことがまかり通る。
一律で食品など生活必需品には消費税は「課税しない」のが世界標準なのに、「軽減税率」という複雑をやりたがって、面倒を個人と民間企業におしつける。確実に民間企業には負担増になるから、これだけで「衰退」する。

「自虐国家」はサディスト官僚によってつくられて、その痛みが「快感」だというマゾヒスト国民が多数いる倒錯の国になった。
ノーマルな国民の感性が、だんだん「異様」になってしまう。

これをもって「ヘイト」はいけないといって川崎市のように罰則を条例でもうけ、とうとう『1984年』の仮想世界が日本にリアルでやってきたのは元の「法」がおかしいからである。
この「法」も、今回改選の与党の参議院議員が主導し、本人は無事当選した。

かつての世界秩序が崩壊にむかっているこの時代、かつてのやり方しかできないで、どうでもいい小さいことにこだわるのは、本筋から目をそらすように国民に仕向ける典型的手法なのだ。

「火山」のエネルギーだけがたまっていく。
はたして、どんな爆発がおきるのか?
「年金よこせ」のエネルギーなら、悲惨な結末になるにちがいない。

日本に「共和党」がひつようになっているのだが、香港と台湾の状況が他人ごとの日本は、独立国としての地位をほんとうに失うだろう。

中韓同盟と米朝同盟という激変

韓国の文政権は左派政権といわれていて、学生時代に染まった左翼思想からいっさい転向していないひとたちによって運営されているという。
ただし、染まってしまった思想の中心に「北」の主体思想があるというから、「親北政権」ともいわれている。

はたして「主体思想」というものが「左翼思想」なのか?よくわからない。
いわゆる「金王朝」をささえる思想であっても、それが、社会主義や共産主義思想の本筋とどこまで一致しているのか?

日本の若者たちが、社会主義や共産主義思想の本筋にかぶれて、とうとう「過激派」ができた。
そのなかの一派に日本赤軍があって、日航よど号乗っ取り事件、というわが国で最初のハイジャック事件を実行したのは1970年だった。

かれらのその後は、高沢 皓司『宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作-』にくわしい。

このなかで、無事、北に「亡命」した実行犯たちは、北の思想教育によって「改造」されるわけだが、その過程における葛藤は、まさに日本における社会主義や共産主義思想の本筋にかぶれたことが邪魔をして、なかなか馴染めないことにあった。

「血筋」で革命が遂行されるという思想は、「血筋」で宗教のリーダーを選ぶこととしたイスラム教シーア派とつうじるものがある。
それで、イランと北の関係は深いのだろうから、核開発という現代的価値感だけではないはずだ。

日本における「天皇・皇室」の位置づけは、「日本教」という宗教的価値観を利用して封建的身分制度から近代化の中心をなす「自由・平等」を具現化し、もって資本主義を普及させることにあったと何度か書いた。最高権威の存在が、それ以外の身分を平坦にする機能の応用だ。

しかし、「主上」とか「現人神」の「いいまわし」だけをみれば、北の体制とは戦前・戦中期の日本における「国体護持」をコピーしたようにもみえる。
したがって、主体思想とは、日本の国体の単純なる「純化」ともかんがえられる。

すなわち、金王朝をささえるため「だけ」の全体主義思想だから、これは社会主義や共産主義とはけっして相容れないはずである。
このことが、よど号犯たちの葛藤だったにちがいない。
もちろん、明治政府が目論んだ資本主義導入のための方便でもない。

すると、韓国の左派政権における主体思想「かぶれ」が、いつ本筋の社会主義や共産主義に先祖帰りするやもしれない。
それが、どんなに他者から「浅はか」にみえようが、本人たちの正統性は中国の改革・開放政策の成果から、中国共産党親派に変容してもおかしくはない。

なぜなら、巷間にいわれる北による南の「併呑」などありえないからである。それは、金王朝のトップの気持ちになればかんたんだ。

文政権の支持率は50%。
まだ半分もある、とおもいがちだが、不支持すなわち反対者が半分もいるのだ。

香港のデモをみれば、北が南を併呑したら、南がどんな事態になるか?バカでもわかる。なにより、そんな「運動」が北本国に移植されたら、ばあいによってはチャウシェスクのようにイチコロではないか。

主体思想の正体が上述のとおりだから、中国と北はほんとうは不仲だ。
また、アメリカには「国体護持」にこだわって、戦争の終結判断が遅れた日本を、いかにしてコントロールできたかという成功体験がある。
イラクでは通じなかったが、体制が表面上似ている北には通じるかもしれないという期待感は、魅力にみちている。

こたびのG20後、電撃的に板門店におもむいたトランプは、北の首領様と握手したが、その後北は南に「余計なことはするな」といっている。
つまり、北はあくまでも南に冷たいのだが、これは本音だろう。
すると、片思いが敗れた側は、ふと目が覚めて、北京に向く可能性があるのだ。

どちらにころんでも、反日キャンペーンは都合がいいからやめられない。

「不正輸出」にからんで、北が輸入した品目リストに、マイバッハまでが掲載されていた。
日本では、千葉県の市原市長がテスラに乗りたいといって騒ぎになったが、この高級乗用車がだれ用のものかは子どもにもわかる。

太陽の黒点が姿を消して、一カ所もない状態がつづいている。
そのせいか、今夏の日照不足は低温にもなって、江戸時代なら飢饉の予兆すらする天候不順だ。

こんなとき、日本の天皇は「祈り」に体力をつかい、自ら贅沢をいましめる。
けれども、体制の表面しか似ていない国では、ずっと「飢饉」なのにマイバッハに乗りたがる。

しかして「大国の意向」で、小国の当事者が無視されたように、アメリカと北が同盟を結べば、日本はやっかいな韓国と手を切れる。
もちろん、韓国は北京と同盟するだろうが、半島の逆転は圧倒的に韓国に不利となる。

米中の代理戦争が、南北を逆転させて勃発するかもしれない。

これにイランが絶望してホルムズ海峡が封鎖でもされれば、もはや「第三次世界大戦」の危機である。

わが国には悪夢のような状況になっている。
けだし、韓国へのはじめての経済制裁が、「送金停止」なら、あんがいはやく韓国がギブアップして、一応の秩序は維持される可能性もある。

韓国の金融機関の信用保証をしているのが、世界で日本のメガバンク「だけ」だからだ。これは、貿易にぜったいひつような「信用状」を、韓国の銀行は単独で発行できない、という意味で、日本のメガバンクの後ろ盾をうしなえば、韓国の輸出入はとまる。

かれらは、自国の造船業に巨大貸し付けをして、これが不良債権化し、資金調達すらままならない状態になったのを、なぜか日本のメガバンクが支援しているのだ。
ついでに、中国の銀行の一部はすでにニューヨークでドル換金の停止処分を受けている。あちら側にいっても、韓国にいいことはなにもない。

このあたり、シナリオを書いているのはやっぱりトランプ政権か?
日本の政治家・官僚に、金融まで武器にするこんなダイナミックなシナリオが描けるはずもないからだ。
日本政府は、このシナリオを実行する能力「だけ」はある。

激変の徴候は、すぐそこにある。

外国の高級ホテルにアメニティはない

一般に「五つ星」以上のホテルを「ラグジュアリー・クラス(高級ホテル)」といって、それ以下のクラスとグレードにおける区分をする。
わが国の業界はこの区分導入に失敗しているから、「公式」に星の数を自分から表示する宿泊施設は存在しない。

どうして失敗したのか?
ホテルのサービス水準と経営者の質を混同したからである。
だから、外国ならビジネスホテルクラスの「四つ星」にガマンできず、「五つ星」でなければならないという話がでる。

出張族に人気で御用達ともいわれたホテルほど全国展開していて、企業規模としては、よほど高級ホテル単体の企業よりもおおきく、またそのおおくは上場企業でもある。
それなのに、「四つ星」となったら「経営の恥」と思考したひとたちが経営していた。

つまり、どこにも「おもてなし」の精神などないのだが、そんな程度で成りたっていたのは、ある意味しあわせな時代ではあった。
当時、「外資」といえばヒルトンホテルしかなかったからである。

船をつかった外国旅行といえば、週単位、月単位での船上生活を余儀なくされるので、とてつもない荷物をともなったのは、不便さの裏返しである。電気洗濯機やガス乾燥機がない時代だから、着替えだけでもたいへんだ。

それに、嗜好品ともなれば、自分の気に入った所持品を持ち歩かないと、旅行先では手に入らないとかんがえるのがふつうだろう。
女性なら化粧品、男性ならひげ剃り用品は、紳士淑女の身だしなみとしてこだわらないわけにはいかない。

とくにむかしの紳士は、髭を蓄えることが身だしなみとしての常識だったので、各自そのスタイルは権威の象徴的な意味まであった。
また、長距離航海の船上では真水が貴重品になるから、乗客といえども使い放題ではない。

体臭と身だしなみとのバランスで、やはり香水に依存することになる。
だから、自分の分身としてのオリジナル調合が、紳士淑女につよい需要をもたらしたのだ。

こんな文化的素地があるなか、アジアのホテルにおけるアメニティが発達したのは、ヨーロッパ・ブランドを用意することで、顧客層の趣味に近づく心構えの表明だったのだ。

すなわち、むかし気質だけでなく、じっさいにいまでも自分用の調香を依頼しているようなひとは、どんな短い旅にでも自分用を持ち歩くから、ホテルに用意されているアメニティをつかうことはない。

さらに、男性のおしゃれは毎朝のひげ剃りに集約されるので、シェービング石鹸とローション、これにシェービング・ブラシとカミソリという「四点セット」は、あたかも書家における「文房四宝」のごとくこだわり抜いた位置づけがある。

男女の共通は、オーラルケアである。
これにも、現代の紳士淑女は、「自分用」にこだわっていて、おいそれと一般市販品をつかわない。
高所得者ほど、歯科におカネをつかう傾向があるのは世界共通だ。

体液から感染する病気が発見されて、欧米人の一般人まで、旅行には普段づかいの「自分用」をかならず持ち歩くようになった。
ホテルでは、感染の心配がないシャンプーやリンス(コンディショナー)ぐらいしかつかわない。

そんなわけで、アジアの高級ホテルでは、ずいぶん前にアメニティの設置を廃止している。
これは、1992年の地球環境サミット「前」からだから、いわゆるさいきんの「エコ」や「持続可能性」の議論とは一線を画する。

ところが、そんな高級ホテルを利用したがる日本人客には、上述したこだわりが、とくに男性客にすくない。
自分用のカミソリも持ち歩かず、ディスポーザブルのカミソリで気にしないばかりか、アメニティの持ち帰りを「土産」として楽しみにしている。

だから、客室にアメニティが「ない」と、とたんに清掃不備と勘違いして、フロントにクレームがはいるので、「日本人セット」という特別サービスを指示して、日本人客がチェックインする予定の部屋に、あらかじめ設置するようになっている。

おそらく、ホテル側の「イヤミ」なのだが、そういったアメニティが入っている袋には、日本語だけの表示があるものだ。
「あんたたちだけだよ」という意味である。

いまや飛行機で移動する時代に、セキュリティから液体の扱いが厳しくなってきた。
自分用にこだわると、没収の憂き目にあいかねない。

ところが、プライベート・ジェットという手段なら、とことんこだわれるから、とうとうそういう所得層は、公共の航空機にも乗らない時代になっている。

もちろん、こうしたひとたちは、高級ホテルにも泊まらない。
「超」高級ホテルというグレードができたからだ。

さて、超高級ホテルでは、アメニティはどうしているのか?

資生堂が撤退して、お困りモードになった日本の宿泊施設は、すでに周回遅れになっているけど、遅れているのは利用客の方なのだ。

貧乏根性では、優雅なひとときは過ごせない。

バナナの闇

カリウムが豊富なので、健康によい、とされるバナナは、スーパーの目玉商品のひとつにもなった。
ポップには、一日一本で健康維持、とある。

日本語では「実芭蕉」というバショウ科の多年草である。
芭蕉といえば「松尾芭蕉」。
バナナは熱帯で育つけど、熱帯ではない日本の本州でバショウ科の植物はなんの役にも立たないといわれ、それが理由で選んだ名前だというから、やっぱり風流である。

日本に外貨がなかった時代、しかも1ドル360円の固定だったから、輸入品のバナナはたいそう高価だった。
病気にならないと食べられなかったが、病気になると食べられたのはその栄養価が高いことを親がしっていたからだろうか?

産地としては、台湾とフィリピンが有名だ。
どちらも日本領だったから、戦前・戦中期におとなになったひとには、バナナには「南方・国産」のイメージがあったにちがいない。
いまでは、地球の裏側、南米エクアドル産もやってくる。

輸送費がいくらなのか?
と問いたくなる販売単価の「安さ」なのだから、現地で現物の値段とはいかほどか?

スリランカを旅行したとき、ロードサイドにバナナ売りがたくさんたっていて、車をとめて買おうとしたら、現地のガイドにとめられた。

「100円ぐらいで買おうか」、とわたしがいったからである。
そんな大金をあたえたら、一家四人が一週間毎日毎食バナナだけですごせる量をもたされるから、車に入らない、と。

熱帯では、そのへんに勝手に生えてくる植物で、庭付きの持ち家があるひとなら、おカネをだして買う物ではないという。
これは、パパイヤとかマンゴーもおなじだという。

たしかに、マンゴーにはそこその値段がついているが、パパイヤは地元のスーパーできれいなピラミッド状に積み上げられて売られていた。値段をみても計算ができず、おもわず電卓をとりだしたことをおぼえている。
一個2円だった。

ロードサイドのマンゴー売りの店では、これでもかとマンゴーを切って食べさせてくれた。4人がかりで食べ放題状態になったけど、お支払いは全部で千円しなかった。

マンゴーを満腹になるまで食べたのは初めてだったが、あれはそういう食べ方をするものではない。
うまかったが、とうぶん食べたくないほどに食べ過ぎた。

輸出産業として、バナナをかんがえると、その農園の労働環境は過酷そのもので、かつての「サトウキビ」と「カカオ」農園を彷彿とさせる。

安ければうれしいのは消費者心理だが、その背景にはとんでもない日常がある。

「サトウキビ」と「カカオ」に「ミルク」をまぜれば、だれでもしっているチョコレートができる。
ヨーロッパの国でチョコレートが名物なのは、かつてのアフリカ征服時代の余韻だ。

ベルギーやスイスなど、カカオや砂糖が採れるはずのない国で、チョコレート大国の異名をとるのは、西アフリカでの奴隷労働のおかげだから、あんまり褒められたことではない。

ベルギーで有名な「ゴディバ」はトルコ企業に、ポーランドで有名な「ヴェデル」はロッテグループの傘下にはいったから、その意味でヨーロッパの没落とアフリカの悲惨がアジアに拡散しているともいえる。

似たような構造の典型的な農産物はコーヒーである。

そんなわけで、「フェアトレード(公正な貿易)」という概念がうまれ、活動がはじまっている。
発展途上国の生産者の生活向上、という川上にさかのぼったかんがえかただ。

はたしてこのかんがえ方に反対するひとはすくないだろうが、かといってバナナが高価になることにも反対するだろうから、世の中は難しい。

バナナは甘いだけでなく、はるか遠くに苦い味がするのである。

「世論形成」されていいのか

マスコミによる「世論形成」という機能は、一歩まちがえると大変な勘違いを社会に形成してしまって、結果的に不幸を招くことは歴史が証明するところである。
だから、マスコミ報道には「公正さ」と「公平」が求められるのは当然だ。

けれども、だれが「公正さ」と「公平」を決めるのか?というと、とたんにあやしくなる。

これを「政府」にもとめる「愚」はいうまでもない。
それなら、マスコミ自身がきめればよい、ということでも、自画自賛、手前味噌、特定思想の宣伝といった「記事」で読者が洗脳されてはたまらない。

厳しいが、「公正さ」と「公平」の判断は、情報の受け手がきめるしかない。

すなわち、受け手である国民の「練度」とか「民度」が発達しているという条件のもとで、はじめて「公正さ」と「公平」が達成できるようになっている。

自画自賛、手前味噌、特定思想の宣伝といった「記事」でも洗脳されない、という「読者の質」こそが、先にひつようなのである。
そういう読者なら、自画自賛、手前味噌、特定思想の宣伝といった「記事」ばかりを書く記事を買うことがなくなるから、国営ではないかぎり、マスコミといえども経営が成りたたなくなる。

これが、いわゆる「淘汰」である。

ところが、「悪貨は良貨を駆逐する」という名言どおり、無責任でひどい情報が、事実をつたえる情報を駆逐してしまうことがある。
ふつう、これを「デマ(デマゴーグ)」という。

しかし、上手に書けば、デマをデマとも気づかせない文章テクニックで、世論操作が可能になるのである。
「読者の質」をもってしても、ある意志がはたらけば、これに乗せられてしまう怖さがあるのだ。

近代化の途中、わが国の一般人は、新聞記者を「文屋」とよんでいた。
文章を売ることを職業とするひと、を指すのだが、農業国家から工業国家への転換期だったので、どちらも労働には「汗」がつきものだった。

「文屋」は、「冷や汗」以外けっして「汗」をかかない。
すなわち、「チャラい仕事」とみなされて、まともなひとの職業とは思われなかった。
その典型が、「事件記者」で、売文が嵩じれば「ゴシップ」になる。

いつの世も、他人の不幸を書きたてる「ゴシップ」は、読者に幸福感を呼び起こして、自身のちいさな幸せが相対的に確認できるから「売れる」。
これを、技術がすすんだテレビでやっているのは、人間の性としてむかしからある欲求を満たす意味では新味がない。

社会から「卑しい」とさげすまれた「文屋」のなかで、事件記者はとくに下層にあったが、ここでも「悪貨は良貨を駆逐する」原則がはたらいて、政治記者や経済記者にも「伝染」したのは、「楽」だからである。

そんなわけで、日本の新聞における政治記事とは「政局」に特化したし、経済記事すら財界の広報に成り下がった。
どちらさまも、馴れ合い、という居心地のよさが、そうさせる。

「記者クラブ」という「制度」があるのは、自由主義を標榜する国ではわが国「だけ」の独自文化でもあるが、「検閲」を有効にするための手段であった。

近代の「検閲」は、戦前・戦中期において「軍」によっておこなわれたのは、この当時をあつかう文学作品や映画・ドラマなどの映像でしることができる。

ラジオと新聞しかなかった時代は、録音もできなかったから、新聞がなんといってもマスコミの華であった。
しかし、ラジオは「言わない」ことですむが、新聞は活字である。
新聞の検閲では、記事中で不適切な表現の場所の活字を抜かせたので、印刷すると「伏せ字」という穴があいた。

読者は、穴の文字数をかぞえて、どんな字が削除されたのか?というパズルを「楽しんだ」という。

一方、軍の命令下、新聞社が検閲を受け入れた理由は、経営問題だった。
物資の不足から、紙とインクという新聞の原材料の供給が「配給」となって、検閲に応じなければこれを止められた。
緻密な官僚支配のなせるわざである。

さらに、「発禁」という処分をくらえば、会社としての新聞社が立ち行かなくなる。
それで、情報源の統一として記者クラブだけに情報の独占をゆるしたのである。

戦後、すぐに、占領軍がこのやり方に磨きをかけて、「伏せ字」などという稚拙な方法ではなく、記事自体を最初から占領軍の都合で書かせることにした。
それが、いまも生きている「プレス・コード」である。

記者クラブ制度とプレス・コードの二本立てが、この国の報道を「不自由にしている」のだ。
国連のひとが「日本の報道は不自由」だと言ったのを、鬼の首を取ったように「政府のせいだ」としきりに報道するマスコミは、プレス・コードは「まずい」とはいわない。

マスコミによって世論形成ができる、という前世紀的な発想が否定されずにつづくのは、以上二つの仕組みがあるからだ。

記者クラブという政府に都合がいい制度と、プレス・コードという特定思想に都合がいい制度との「馴れ合い」がつくる居心地のよさで、我々国民の居心地はわるくなっている。

民生委員がいない

「人手不足倒産」が話題になってひさしい。
どんな事情であれ、経営に失敗した証である「倒産」は、社会にとって必要な「機能」でもあることを忘れてはいけない。
とかく、日本人は優しいから、役所が「倒産をさせない努力」をすることに強い反論がでてこないものだが、これは優しさではなく、資本主義を理解していないことの証明である。

企業の死を意味する倒産に価値があるのは、残念な経営者が市場から「退場」することと、その残念な経営者の元で働かされていたひとたちが「解放」される、という二つの側面がある。
働き手については、職を失うことになるから、もちろん楽なことではない。けれども、あたらしい職が幸福を呼ぶ可能性もあって、そのための準備は、いまの職のなかですることが重要なのだ。

日本ではジョブディスクリプションがないから、とかく働くひとに「プロ意識」が希薄なことがある。
これが、役所のおかしな介入を許す土壌になっている。
いまの残念な経営者の元であっても、どうせ能力がないひとたちだから、失業するよりは「まし」という決めつけを役人がするからである。

人手不足倒産というのも、いろいろな「要因」で起きるが、自社のビジネスに募集をかけても応募がない、ということがそもそもの原因で、どうして応募がないのか?は話題にならず、仕方がないから廃業することを「人手不足倒産」といっている。

ようは、「割に合わない」から「魅力がない」という価値感がはたらいて、応募がないのである。
これを賃金の面に注目すれば、「魅力がない」のは「低賃金だから」になって、ならば賃金を上げればよいから「最低賃金」を政府が命令して上昇させればいい、というはなしになる。

しかし、この議論はもっと厳しいはなしにつながる。
すなわち、上昇した最低賃金を払えない企業は「廃業=倒産すべし」という意味の命令でもあるからだ。
こうして、世の中に出てきた労働力を、生産性が高い別の事業者が採用すれば、社会全体の生産性も上がるのだ、という理想論もある。

ところが、生産性の高い仕事のやり方についていけるスキルをもったひとばかりではないから、結局のところ再就職できなくなれば、どうするのか?という問題につきあたる。
わが国の職業訓練は、百年の伝統がある「工業」の技能を中心にしているから、すでに職業訓練分野すらとっくに時代遅れになっているのである。

この意味で、働き手は、自己防衛をどうするか?について、従来とはべつの危機感で対処することをかんがえないと、かならず不幸になる、という可能性が高くなっている。
残念ながら、日本の公共機能で、個別の職業能力に対応してくれるところは存在しないからである。

その時代遅れの公共分野における典型が、民生委員の不足になっている。
町内の、あるいは、昨今のタワーマンションなど、数百世帯が入居する巨大「長屋」において、自治会活動とてままならぬ状況になりつつあるが、専門性だけでなく、厳しい「守秘義務」を負う民生委員は、ますますなり手がいない。

家族・夫婦もふくめた「守秘義務」だけでなく、生活保護などの手続きや児童相談もあるから、ばあいによっては強烈な「クレーム」すら受けるときがある。
あいてが町内やおなじマンションの住民なので、一歩まちがうと住みづらくなるというリスクまである。
当然だが、自身の高齢化の問題まである。

よかれとしてはじまった民生委員制度だが、だんだん限界に近づいてきている。
「割に合わない」のだ。

地域の要的存在だから、行政側だって楽をしてきた。
役人は快適な市役所や区役所の庁内にいて、汗をかくのは民生委員だった。
トラブルになっても役人は直接でてこない。

そんなわけで、「魅力がない」からやり手がますますいなくなる。

民間は倒産すれば「解放される」が、役所は倒産しないから解放されないどころか、業務が強化される。

さてさて、民生委員をどうするか?
頭の痛い問題である。