「単6電池」とは聞き慣れないかもしれない。
むかしから商店街にある、有名電器メーカーのチェーン店でもある街の電気屋さんのおばさん(もう、お婆さんか?)に聞いても、「そんなもの聞いたことがない」といわれるしろものだ。
パソコンへの入力方法といえば、キーボードとマウスが典型的だが、このところ「ペン入力」というものもでてきている。
「タブレット・コンピュータ」のさきがけになった、iPadの画期とは、「指」で画面に描画できたことと、それが「活字に変換」されたことによる。
安価な「タッチパネル」は、「抵抗膜方式」といわれ、これに圧力をかけると反応するから、100均でも入手可能な「ペン」がある。
しかし、より精密な入力をしようとすると、「静電容量式」のパネルが使われているので、「専用ペン」を用いる必要がある。
この「専用ペン」には、電力がないといけないのは、ペンで描くという人間の行為とは別に、ペンから出力することでパネルに情報を供給していることで「描ける」からである。
従来の、圧力だけが出力だったのとはぜんぜんちがう。
そこで、「専用ペン」を販売したいパソコン・メーカーは、乾電池式と充電式とをつくっている。
最新のiPadでも上位機種だけに対応する、充電式ペンがあって、これは本体上部にペンを内蔵磁石で固定するとそれだけで「充電」される仕組みになっている。
いざ、というときに「電池切れ」というトラブルが起きにくいから、「さすが」の配慮である。
ただし、充電式の弱点は、充電池の「寿命」にあって、だいたい3年がいいところになるから、充電池の交換ができないなら、ペンごと買い換える必要もでてくる。
しかも、このペンは、現在の販売価格が、約15000円もするので、3,4年で高級万年筆を買い換えるようなことになる。
別途契約すれば、約3000円で交換可能だ。しかし、交換のための期間は使えないから、悩みはつきない。
そこで、いつでも「補充在庫」があれば、かんたんに交換できる「乾電池式」の魅力があるのだ。
ところが、むかしからある「ペン型ライト」ではなくて「ペン」そのものだから、手に持ったときに違和感があったら元も子もない。
それで、ペンの経にあった乾電池がないとはなしにならない。
従来の「単4」でも「太い」という問題がある。
アメリカでは、乾電池の大きさをアルファベットでしめす。
単1:D、単2:C、単3:AA、単4:AAA
それで、「AAAA」という「A」が4つの電池もある。
ここで、日本国内には、レアな「単5」という電池があるのをご存じか?
単4より全長が短いが、経が太いのでずんぐりむっくりしていて、アメリカでは「N」と表記される。
では、「AAAA」はどうか?
じつは、日本国内規格に「AAAA」にあたるものが「ない」のだ。
アメリカにあって日本にない。
もちろん、国際規格も「ある」。LR8D425という。
まさかの「ガラパゴス化」ではないのか?
どうやら、メーカーが「需要がない」と見込んでいるらしい。
そんなわけで、国産乾電池の規格に「単6」はないけど、「単5」まであるから、便宜上「単6」といって「AAAA(LR8D425)」のことをさすのだ。
すると、国内規格が「ない」ことから、ふつうに「売っていない」になる。
だから、街の電気屋さんが、「?」になるのは正しいのである。
とはいっても、乾電池式のペンを使いつづけることができない。
新品購入時に付属してきた「一本」しかないからだ。
つまり、「輸入品」を購入するしかない、という選択肢に自動的に追いこまれるのである。
見たことも使った記憶もない、「単5」の「需要」がどうなのかしらないが、需要がないから規格もない、という論理はなんだか「変」なのである。
少なくとも、世界には需要がある。
すると、これは、「世界の工場をやめた」象徴ではないのか?
もちろん、「国産」では利益が出ないなら、それはそれで経営判断するのは企業の自由である。
けれども、「規格がない」から「国内販売していない」、というのは理解できない。
これと真逆の現象が、ガソリンや軽油にみられるのだ。
生活必需品として、この身近な燃料には、厳密な「規格」はあるが、商品毎に「開示」していない。
あるのは、「商品名」による「品質イメージ」だけである。
ガソリンスタンドで、これから給油するガソリンや軽油の「成分表」をみたことがない。
「食品表示」は当たり前なのに。
もちろん、余りだした原油は天然資源だから、くみ出されたときによって成分に変化があるにちがいない。
けれども、それを、精製してつくるのが「ガソリン」であり「軽油」という「商品」なのだ。
国が定めた基準をクリアしたものしか販売させていないから、「安心して」購入せよ。
排気ガスは、エンジン性能も重要だが、燃料性能がよほど関係するだろうに。
消費者優先がどうなっているのか?わからない「闇」がある。