「お役所化」する「お役所」

むかしから「お役所仕事」とは、ほとんどのひとが辟易する「世界標準」で、辞書には、形式的で、時間がかかり、実効のあがらない仕事ぶり、とある。

本稿は、神奈川県警察のはなしである。

警察「行政」の、「受付時間」がしらないうちに変更になっていた。
以前は、08:30~17:00で、原則として「昼休み」もなかった。
だから、敷地に併設していて「証紙」を売っている「交通安全協会」の窓口が、昼休みに閉まることを不思議におもっていた。

「本官」は、ずっと働いていて、昼食も「自席」で弁当を食べていた。
しかし、「外郭団体?」ともいえる下部組織が、正々堂々と窓口を閉じることに躊躇がなかったからである。

もちろん、「本官」といえども人間なので、休憩時間は必要だし、できれば食堂で食べたいだろう。
しかし、神奈川県の各警察署には、食堂はない。
このことを無視して、以下を語るものではない。

今般、変更になったのは、09:00~12:00、13:00~16:00、である。
「張り紙」には、「6月1日から」とあるのに、もうはじまっている。
警察官は、日本語がわからないらしい。

本官に理由を尋ねたら、コロナ対策とかもあるそうです、とのことだった。
別に、この本官に文句をいってもせんないけれど、「密にしないで分散させる」なら、「時短」では逆だろう。
なぜなら、警察行政に用事がある人の数は、窓口時間の長短とは関係ないからである。

勝手に警察組織内のことを慮れば、「人手不足」があげられる。
それに、職員の休憩時間の確保、ということもあるだろう。
ただし、職員の休憩時間の確保なら、ずっと前からあった問題なので、えらいひとがとうとう「手を打った」ということかもしれない。

ならば、この「えらいひと」とは誰か?

神奈川県警察のトップは、「本部長」だとおもうひとが多数なのは承知しているが、まず警察庁の課長クラスがやってくる「ポスト」なのである。
これは、「全国一律」の「人事制度」である。

けれども、国家公務員上級職の採用で、警察官僚になったひとの「席次」では、人口のたくさんいる道府県で、かつ、重要度順に配置するのは、人事担当者がかんがえる「常識」だから、おなじ「本部長」でも「序列」ができるのは当然である。

それに、役人は、序列社会に棲息している動物なので、入省年次を基礎にして、等級と号俸で詳細な序列を形成する。
これをいつも意識しているので、群れ社会を形成する「犬」の習性とほとんどおなじなのである。

こうした、役人の給与制度・体系を真似ている民間企業はたくさんある。
大企業ほどそうなるのは、「公平性」という名の下の、文句をいわせないためでもある。

ところで、日本の警察組織は、地方警察、という建前があるから、国家から「派遣」されてくる「本部長」は、「お客さん」になる。
それだから、真の実力者は、「次長」になるのである。
この立場のひとは、地方公務員としてのトップにあたる。

すると、その本質は、神奈川県職員、なのだ。
そんなわけで、「本部長」は、国家公務員だけれども、「神奈川県職員」としてやってくるという「建て付け」になっている。

つまり、神奈川県警察は、神奈川県庁の配下にある。
これは、「全国一律」のことなのだ。

では、神奈川県の責任者は誰なのか?

わが国の地方行政は、「二元制」という、これも「建て付け」になっている。
・知事
・議長(議会の長) だ。

明治憲法下の知事は、「官選」だった。
つまり、内務省の役人が、知事としてやってきた。
神奈川県に縁もゆかりもないひとたちが、知事として「君臨」できたのは、当初「武士」だったひとたちが、「殿様」になったからである。

もちろん彼らが「殿様」になれたのは、神奈川県民が「殿様」だと思っていたからだ。
しかし、もっといえば、県議会が殿様を牽制することの意味があったから、県会議員選挙では、熾烈な闘いがあったのである。

それでもって、戦後、民主化の美名の下に、知事も選挙で選ぶことになった。
すると、議会与党の推薦するひとが知事になる可能性が高まるので、知事と議会の結合ができる。

しかも、わが国の地方議会はぜんぶ、外国でいうところの「下院:衆議院」だけの「一院制」だから、この議会を牽制する「上院:参議院」がない。

そんなわけで、「知事が殿様」になれる仕組みができたのである。

本来の民主主義ならば、知事や議員は「有権者:県民」に「奉仕する」ために存在するのだけれども、「殿様」は、自分の一家のためにするのが「本業」なので、どうしても「有権者:県民」のプライオリティが「下がる」ことになる。

そんな理由から、警察が決めた「営業時間」を、黙認することが可能となるのである。

接客をする民間企業で、営業時間を変更することは、取締役会あるいは常務会などの責任あるひとたちによる「決議」が必要な、重要事項である。
「サービス供給」の「根幹」をなすのが、営業時間だからである。

こうしたことに、「異議」をとなえる「県会議員」がいないことは、県知事への絶望以上の絶望なのである。

しかして、これも「全国一律」になったから、神奈川県からの脱出も意味がない。

わが国には、「善政競争」をやりえる可能性もなくなったのか?
そんなはずはない、と悪あがきしたいのである。

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