「北風」ばかりのウクライナ

「ウクライナ危機」とは、このブログでは、戦争を望むひとたちが仕掛けている「危機」だと書いてきた。

それが、「アメリカ民主党」と「共和党主流派」、そして、オバマ時代に再編整備された「高級官僚(SES:Senior Executive Service)」の産軍複合体であり、「下請け」で同じく官僚支配のEUと、米軍の「下請け」のNATOのことだ。

「対立」という「危機」には、「相手」がいる。
それが「ロシア共和国」なので、ロシア側からみたら「ロシア危機」なのだ。

昨年末に「恩赦」となって、ほぼ5年ぶりに娑婆に出た、韓国の前大統領が、現職のときに発言した、「歴史を忘れた民族に未来はない」という「名言」があった。

わが国が「尊王攘夷」から一転して「開国」になったら、今度は、「富国強兵」にまで変容したのは、周辺を見渡したら、「獲物を狙ってよだれを垂らしている」白人の国々が迫っていたからである。

その中の一つが「ロシア帝国」であった。
「極東を制圧せよ」を意味する「ウラジオストク」を、1860年(日本では万延元年で「桜田門外の変」があった)の北京条約で手中にしたけど、この港は冬に「凍結」する。

それで、「不凍港」を求めて「南下」し、朝鮮半島に目をつけた。

江戸幕府と外交関係があった李氏朝鮮に、新政府に交代したための使者を送っても相手にされず、その対応に呆れたことをきっかけに、「征韓論」となって、「日清・日露戦争」へと変容するのは、ロシアへの恐怖を「明治の元勲たち」が抱いたからである。

このときのロシアは、「帝政ロシア」で、世界最強の陸軍を擁していた。

朝鮮側のグダグダは、「韓ドラの時代劇」が告白しているが、政治勢力になっていた「閔妃(みんぴ:第26代王・高宗の妃)とその実家一族」に、「大院君(王の実父の尊称)」が対抗した、凄絶な宮廷内の主導権争いがあって、これに、日本、ロシア、清国が翻弄される。

なお、高宗は前王からの直系ではなく即位したという事情もからむ。

だから明治人たちは、なにをやっていたのか?と突きつめれば、わが国が「朝鮮半島を緩衝地帯」にしたい、ということの「実現」のための「いろいろ」だったのである。

すると、いまのロシアが、当時のわが国の状況に「似ている」ことに気づくのだ。

ソ連時代、東欧諸国を衛星国として、西側からの「緩衝地帯」としていた。
しかし、30年前の「崩壊と転換」で、「衛星国」がことごとく「EU]に加盟して、「NATO」にも加盟してミサイルをロシアに向けたのだ。
これには、ソ連の一部だった「バルト三国」も含まれる。

それで今度は、ソ連の一部だった、ウクライナが「EU」と「NATO」に加盟したい、と言い出して、ロシアが「待った」をかけたのだった。

これは、明治の日本では起きていない。

わが国の一部が独立して、わが国の敵対勢力側につく、という事態は、戦後の「北」と「千島」とか、「竹島」のことともいえるし、韓国もこれに近いけど、緩衝地帯を失うことが、「領土」を失うことになってきたのだ。
この意味では、「台湾」の「帰属問題」に似ている。

しかし似て非なるは、ウクライナの歴史が、わが国では考えられない「大陸的な切った貼った」の話だからである。

第一に、ロシアは、もともと「キエフ大公国(キエフ・ルーシ)」だったからだ。
キエフとは、いまのウクライナの「首都」である。
しかしながら、「キエフ大公国」のもともとの首都が「キエフ」なのだ。

だから、日本人には、京都のような存在だ。

第二に、この大公国が「破壊された」のは、モンゴルの侵攻による。
それで、いろいろあってロシア帝国の一部になった。

ややこしいのが、別にできた「モスクワ大公国(北東ルーシ)」が、キエフ大公国の「後継者」を自称したことによる。
ローマ帝国の後を、ローマを首都としない「神聖ローマ帝国」が自称したようなものだ。
それから、「帝政ロシア」となって、「ソ連」になった。

なお、「ルーシ」とは、ギリシャ語化して「ロシア」となったのである。
だからいまだに「白ロシア」を「ベラルーシ」と呼んでいる。

ちなみに、ムソルグスキーの『展覧会の絵』(1874年作曲)の「終曲」が、壮大極まる『キエフの大門』である。
まだ、帝政ロシアの時代であったから、民族の「京都」への哀愁と誇りを表現したのだろう。ただし、オーケストラ用編曲は、フランス人のラヴェルによる。

ロシアが嫌いで、国名まで変えたのが「ジョージア」(元はグルジア)で、こちらも密かに「EU]と「NATO」への加盟を画策していた。
グルジア人のスターリン(ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ)への反発も大きな原因になっているけど、プーチンのロシアはしっかり「制裁」を課した。

そのスターリンを批判した、フルシチョフは、ウクライナ人であった。
ウクライナ語では、ムィクィータ・セルヒーヨヴィチ・フルシチョーウとなる人物は、クリミア半島をロシア領からウクライナにプレゼントした。
あたかも「私物」のような決定をして、プーチンはこれを「原状復帰」した、という理屈である。

ならば、わが北方領土も、というわけにはいかないのは、NATOがやっているように、米軍基地を作るかもしれない、という恐怖を理由にしている。
なにしろ、ロシア人には、日本海海戦とタンネンベルクでの陸戦の、「殲滅(皆殺し)」という、恐怖の記憶があるのだ。

ソ連は、ウクライナに大量の核ミサイルを配備して、NATOに対峙する最前線とし、チェルノブイリ原発まで作っていた。
そのソ連が崩壊したときに、すなわちウクライナが「独立」したとき、この核ミサイルをどうするか?が問題になったのである。

ウクライナが、自動的に世界的核保有国になったからである。
しかし、核ミサイルは、6年で弾頭の核が劣化してしまうので、「交換」を要するから、古い弾頭の処理費を含めた「維持だけ」で莫大な費用がかかるのである。

それでもって、「廃棄」してしまった。
これも、ロシア人が恨んで「ウクライナいじめ」をする原因のひとつなのである。

そんなわけで、「北風と太陽」のような「お話し」には、ぜんぜんなりそうにもないし、「スタン国」の動きのように、「モグラたたきゲーム」の様相を呈しているのである。

とっても忙しいのは、プーチン氏なのだった。
なお、わが国はNATOの事実上の「準加盟国(アメリカの同盟国)」なので、また資金提供をさせられるのを「思案中」だと思われる。

オリンピック後の「台湾危機」があるから、NATOをむげにもできない。

こうして、戦争を望むひとたちが儲かるのである。

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