「失敗は成功のもと」の時代

「失敗は成功のもと」といわれてきたけど、いつの間にか「失敗は許されない」社会になっている。

これを、「成功者」の人生から「逆算」してみる。
すると、「戦後の成功者」たちは、たいがいが「明治生まれ」なのだ。

松下幸之助は、1894年〈明治27年)~1989年〈平成元年〉。
土光敏夫は、1896年(明治29年)~1988年(昭和63年)。
本田宗一郎は、1906年(明治39年)~1991年(平成3年)。

それぞれが「還暦」を迎えたのは、松下幸之助:1954年(昭和29年)、土光敏夫:1956年(昭和31年)、本田宗一郎:1966年(昭和41年)である。

それで、還暦からの「余命」を確認すれば、松下幸之助:35年、土光敏夫:32年、本田宗一郎:25年。

彼らは、この間、「失敗は成功のもと」を信じて経営していたはずなのだ。
なぜなら、かれらこそが、その言葉どおりの体験をしてきたからである。

すると、これら企業組織内に、少なくともふたつの流れができることが予想される。
ひとつは、「君臨する経営者」に追随するひとたち。
もうひとつは、「実際に失敗した」ひとたちだ。

当然だけど、彼らが元気な頃は、「実際に失敗した」ひとたちが、これら企業内で「成功」したろう。
しかし、企業組織が巨大化して、変容を遂げると、単純にトップに追随するひとたちが、企業内官僚となって、徐々に「許容範囲」を狭めるものだ。

さらに、「奇しくも」彼らの寿命は、おおむね「バブルの絶頂時」に尽きた。

偉大なる「指揮官」を失ったタイミングが、「戦後最悪」という経済危機の時代だったのである。
もっといえば、かれら偉大なる指揮官が「健在だった」ならば、「バブル」に浮かれる世間に一石を投じたはずだ。

わが国における「バブル」の最初は、ヨーロッパが勝手に疲弊することになった第一次大戦による「大戦景気」だ。
この「バブル」は、1915年(大正4年)下半期に始まって1920年(大正9年)3月に、「戦後恐慌」がはじまるまで続いた。

「成金」が出現したのはこの頃である。

すると、松下幸之助:26歳、土光敏夫:24歳、本田宗一郎:14歳で、「バブル崩壊」を目撃したことになる。
つまり、かれらの「次の世代」は、これを知らないで、「平成バブル」に浮かれた、という事実が浮かび上がる。

これを、平成バブル「経験者」にあてはめると、「崩壊」がはじまる1991年(平成3年)に26歳だったひとは、1965年(昭和40年)生まれ、24歳なら、1967年(昭和42年)、14歳は、1977年(昭和52年)となるのだ。

こうしてみると、「経済史」が、人間の営みで編み込まれていることがわかる。

しかして一方、いまは「もう一つの側面」が議論されはじめている。
それが、「食と健康」だ。

とくに、「食事」が、「脳」に与える影響の大きさについて、重大な問題提起がされている。
それが、「あたらしい栄養学」ともいえる、「食品安全」にかかわることなのである。

つまり、「食品添加物」や、「残留農薬」、あるいは、「化学肥料」の影響ばかりか、「遺伝子組み換え品」がこれに加わったのである。
わが国では、今年の4月1日から、食品表示において、「遺伝子組み換えでない」とかいう表示はできなくなった。

つまり、消費者は、自分が食べている食品が「なにでできているのか?」を知らされることなく食べることになっている。
しかもこのことは、町のお惣菜屋さんも知りえない。
仕入れた食材が、もはや、どんないわれかを知る由もないからである。

また、よしんば「なにでできているのか?」が書いてあっても、それが「どんなものなのか?」を理解する「化学知識」が与えられていない。

食品添加物を例にすれば、日本は世界一「大量」かつ、「多種類」の添加物を摂取できる国に成り下がった。
それで、「癌」の発症がとまらない。

けれども、これらが「脳」に影響するという報告が、もっとも身近な問題になっている。
たとえば、「キレる」とか、「常同障害」はもとより、「鬱」の原因にも挙げられている。

なんと、日本人は、世界一「精神病患者」が多いのである。

これは、「病気」にいたらない状態のひとが多数いることも示している。
そして、これらの特徴が、「攻撃性」にあるのは、「不安」とか、「憎しみ」といった感情のもとになる物質が脳内で生成されることもわかってきたのだ。

すなわち、自覚できないけれども、他人を攻撃するとか、他人を攻撃したくなる、という欲求行動の主因に、「食事」がある、という問題になっている。

むかしはなかった、「ハラスメント」という概念も、むかしはなかった、のは「概念」であって、各種ハラスメントはあったはずだけど、これが社会問題にまでならなかったのは、「脳が健全」だという前提が、前提としてかんがえるまでもないことだったからである。

それで、加害者がいても、なんとかできた。

しかしいま、ハラスメントの原因さえも、毎日の食生活にあるのだとすれば、おぞましい状況になっていると認識しないといけないのである。

「おおらかさ」をもって、「失敗は成功のもと」と言えた時代は、人間の脳が健全だったからだという、前提ができた。
厳しく個人を追及する、「失敗は許されない」と追いつめるのは、組織のトップすら、「食事」によって脳が冒されている可能性があるのだ。

これを、「外食産業」は、克服できるのか?

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