「最善」をかんがえよう!

今日は1月4日だから、おおくのひとは「仕事始め」ではなかろうか。
とはいえ、「新年の挨拶の日」でもあるから、さっそく一杯やっている会社もあるだろう。
まじめに新年をかんがえるのは、明日以降になるにせよ、どうせだからひとつこんなことをかんがえてはいかがだろう。

よくいわれるのは「最悪」を予想しておくことだ。

「備えあれば憂いなし」

ところが、いがいにも「最善」をかんがえるひとがすくない。
欲の皮がつっぱって、なにが「最善」なのかがわからなくなるからだろうか?

どういう状態が「最善」なのかをかんがえるにあたって、ぜひ、紙をつかってほしい。
ペンでも、パソコンでもタブレットでも、なんでもいいから「記録」できるようにすることが、「必要」である。
忘れてしまったらなんにもならないからだが、それよりもなによりも、思考の「漏れ」がなくなるというメリットがある。

業績不振企業のトップは、けっして頭脳に問題があるひとではない。
むしろ、明晰なのだが、かんがえるときに紙をつかわない。
暗算のように、頭の中「だけ」でいろいろかんがえる癖がある。
それで、肝心が漏れてしまうか、論考が複雑になると面倒になる。

だから、結果がきまらない。
結果がきまらないから、行動にならない。
それは、部下への指示ができないことを意味して、ダラダラとした経営になってしまう。
部下たちは、ダラダラとした経営が「楽」なので、仲間同士の愚痴はいっても、意見具申はしない。

こうして、しらずしらずのうちに業績は確実に悪くなる。
意志がなく世間に浮いているような会社になるから、「景気」と業績が連動している。
それで、自社の不振の原因を「景気がわるいから」にもとめることになる.
景気をよくすることは自社ではできない。
というわけで、地元の役所や政治家の「対策」に依存するようになる。

効果バツグンにみえるのは、「補助金」だ。
書類をだせば役所からお金がもらえる。
それで、いまどんな補助金があるのかという「情報」がないといけないから、日々役所を巡回する。
課ごと、担当ごとに、情報も縦割りになっているからだ。

こうなると、経営者は多忙である。
市役所と県庁、それに国の出先と、最低三箇所、実質いくつかの建物を巡回しないといけない。
自社が県庁所在地にあっても、ずいぶんな時間を要するから、県庁からはなれていると、地元と県庁のある街との往復だけでもたいへんなのだ。

この多忙さが、経営者をして経営をしている気分にさせる。
まことによくできた「政策」である。
政治家には「票」になるし、役人には「犬」にみえることだろう。

自社をどうしたいか?
自社はいかにあるべきか?
こうしたことを一切かんがえなくてよい。

自主独立の精神をうしなった企業の実態は、「国営企業」になるのである。

これをさげすむ文化があれば、経済はだまっていてもかならず発展する。
しかし、国や自治体は補助金をもっとよこすべきだ、になってしまったら、現状維持がやっとで発展など望むべくもない。
かつての「英国病」がこれだった。

いまから半世紀前、70年代から80年代にかけて、英国と米国はスタグフレーションに悩んでいた。
彼らを尻目に、世界経済をけん引し、西側の優等生だったのはわが日本と西ドイツだった。
なかでも、日本に勢いがあったようにみえたのは、経営者たちに自主独立の精神があったからだ。

傾いた政府を立て直す役目を負ったのが、経団連を率いた土光敏夫氏だった。
いま、経団連は、政府に引率されていないか?
「経済再生」が、政府策定の作文に依存するようになってしまった。

だから、上述した地方の役所廻りをする経営者をわらえない。
中央の、大企業の経営者たちも、おなじ行動をしているのだ。

すると、これは、「抜け駆け」のチャンスでもある。
かれらの卑しい行動は放っておいて、自社の自主独立の精神を発揮させれば、頭一つ以上の成果が出せるのだ。

とかく後ろ向きになる話題にこと欠かない昨今だから、「最善」をかんがえるのは楽しいことだ。
その「最善」を、どうやったら実現できるか?をかんがえ、実行するのが「経営」である。
だから、最初に「最善」がきまっていないと、実現方法がなにもおもいつかない。

年の初めに、最善をかんがえるのは、ちょうどよいタイミングである。
実現方法にかかわる費用を、「年度」でかんがえれば、4月からの新年度予算に計上できる。
ますます実行するしかないようになるのだ。

ぜひいま、最善をかんがえていただきたい。

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