「脱ダム」と「要ダム」

毎年のように大量の雨が降って、河川が氾濫し、甚大な被害が発生する。
だから、ダムが要るのだという、有名人を中心にした「要ダム」が議論になっている。
被害当事者の県知事が、それでも「脱ダム」をいうからだろう。

もちろん、ダムというのは、河川をせき止めて、そこに水を貯める装置をいう。
あえていえば、大陸型と日本型の二種類がある。

大陸型の先行例としては、南部エジプトでナイル川をせき止めた、アスワン・ダムとアスワン・ハイ・ダムが有名だ。
もっとも、アスワン・ダムができてから、すこし上流に、もっと巨大なアスワン・ハイ・ダムを建設したのは、「ナイルの肥沃な土」が溜まって、水が溜まらなくなったからである。

神奈川県の水瓶、相模湖の相模ダムと津久井湖の城山ダムとは、逆の順番なのが興味深い。
相模ダムは戦時中に工事が中断されて、完成したのは戦後の昭和22年、その「下流」につくった城山ダムは昭和40年の完成である。

アスワン・ハイ・ダムが大陸型なのは、これによってできた人造湖の巨大さが示す。
ダムも巨大で、全長3600m、高さは111m、幅は基礎部で980mあるけど、ナセル胡は全長550km、最大幅35kmで、国境を越えてスーダンにまで達している。

高低差があまりない大陸ゆえ、111mの高さでこれだけの人造湖ができた。
一方、世界的にも、わが国は山国であって、地形の急峻なことで知られている。よって、狭い山間部の渓谷にダムが建造されることになる。

もう35年以上も前、カイロで暮らしていたころ、ある日突然、国営カイロ放送のテレビ討論番組で「ダム論争」がはじまったのを記憶している。
時代は、サダト暗殺後、ムバラク政権が発足してまだ数年という時期だった。

賛成派は、ダムによる発電や治水の効用を主張するのはもちろんである。
反対派は、巨大な人造湖による、砂漠での「降雨」の発生という、環境変化による石造遺跡が溶け出す問題を皮切りに、「肥沃な土」がナイルデルタに来ないための化学肥料の輸入問題など、多岐にわたる問題提起がされた。

また、下流域における河の侵食で、ナイル川の水位がさがり、農地にポンプを使う必要も指摘された。
このときは議論の対象になっていたか定かではないが、河の水流が減ったことにおける地中海からの海水侵入による、大耕作地ナイル・デルタでの塩害も指摘されている。

人工的なダムが、巨大なら、その影響も巨大なのである。
ただし、古代エジプト文明が栄えた理由になっている、毎年のナイルの氾濫は、このダムによってなくなったので、1400万人が生活するカイロも、洪水から守られている。

では、日本型の場合はどうなのか?
あんがい議論にならないけれど、わが国には伝統的に「水利権」がある。
なので、ダムを造るとき、水利権の存続が重要なテーマになっている。
ただ水を貯めて、飲用にしたり発電するのがダムではなく、農業用水としての水利権という見えない権利が、いろいろと人間社会に影響を及ぼす。

大雨の予報など、天気予報が正確になってきたのは、気象衛星と地上観測システム、それにスーパーコンピュータのおかげである。
気圧の変化に対する、予想が、実際の気圧の変化よりも、早く、できるようになったからである。

だから、大雨が降ると予想されれば、事前にダムの貯水量を調整しないといけない。つまり、満水にしていたら、水量を調整するというダムの使命が果たせないからである。
すなわち、計画的な放流をしないといけないのだ。

しかし、放流する水に、水利権があるのである。
だから、ダム管理人は、水利権者へ後になって「放流が合理的」だったという説明をしないといけない。
そんなわけで、モタモタして緊急放流を早朝にやって、下流で死者がでたこともある。

アスワン・ハイ・ダムが上流からの土砂に埋まるのが1700年後と予想されているのに対して、急峻なるわが国の地形はこれを許さない。
すぐに、上流からの急流によって、ダム湖が埋まってしまうのである。

貯水量で全国二位だった、岐阜県の丸山ダムに、たった数メートル下流に建設される新丸山ダムは、旧ダムより高くつくって、旧ダムごと水没させる計画になっている理由が、土砂で埋まることなのである。

相模川水系にあるダムのおかげで、神奈川県民はめったなことで水不足を経験しないが、河口域の砂浜の後退は深刻で、もちろん相模湾の漁業にも影響している。
ダムに溜まった水は、あんがい腐敗しているから、魚にも悪いのだ。

相模平野は、相模川の水流が運ぶ堆積物でできている、という小学校でならうことが、そのまま正しさを教えてくれる。
ダムを造るときに要する巨大な資源と、ダムの影響を受ける様々な問題への対策にも巨大な資金が要る。

簡単に、「要ダム」とはいえない。
けれども、政治的に「脱ダム」ともいえない。
とっちが「得」なのか?

「文明」と「自然(天然)」とのぶつかり合いなのである。

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