「自己満足シート」と微分積分

音楽の専門家ではないが,音楽にはおおきくわけて「モノフォニー」と「ポリフォニー」という分類があることはしっている.
「モノフォニー」の代表は,「歌謡曲」や「演歌」で,モノフォニーの「モノ」とは,写真の「モノクロ」のように「単」という意味から,旋律がひとつの音楽をいう.
その反対が「ポリフォニー」だ.「ポリ」は「複数の」という意味だから,旋律・声部が複数の「多声部音楽」である.

ちなみに,ポリ袋の「ポリ」,ポリバケツの「ポリ」,ポリタンクの「ポリ」もおなじで,ポリエステル,ポリエチレン,ポリ塩化ビニールの「ポリ」もみな,「複数の」からきている.

ポリフォニーの大家といえば,まずはバッハがあげられる.
彼の有名な曲や,きれいな曲は5声や6声で書かれている.それを,二本の手しかないピアノ演奏にすると,演奏者泣かせになるから,ピアノ弾きにバッハは人気薄だというはなしがある.

わたしはそんなバッハが好きだとピアノの先生にいったら,なぜ?どうして?とあんがいしつこく質問された.とっさに「微分で聴くのが好き」とこたえたら,えらく感心されてこちらが恐縮したことがある.

旋律の声部が複数同時に鳴るから,メロディーがあってないような不思議な曲がある.それを,瞬間瞬間の和声で聴くと,なんだかあたまの後ろがジーンとしてきて心地よいのである.
高校のとき,微分の説明が下手くそな先生がいて,授業はとてもつまらなかったが,自分のバッハの聴き方が微分なのだということだけはわかった.

会社にはいって上司から,新入社員研修の講師を命じられた.
しょっぱなの,企業人としての心得,があたえられた時間枠のテーマだった.
そこで考えついたのが,「自己満足シート」である.

単純に,x軸とy軸の十字があって,原点がいま,というだけの紙のお題にしたものだ.
時間軸のx軸には左端に起点があって,そこから原点までは生まれてから今までの「過去」,原点から右側は明日からの将来で,とりあえず向こう10年間とした.
満足度はy軸で,プラス100,マイナス100とした.

過去の自分はどんな満足度で今日に至ったのか?
明日からの自分はどんな満足度で10年後をむかえるのか?
それぞれフリーハンドで線を記入してもらい,トピックがあればメモを書いてもいい.

10人十色とはこのことで,みごとに全員がちがうパターンを書き込むのだが,そのちがいは主に過去にあった.
なにがあったのか知る由もないが,若い新入社員にも,それぞれ複雑な人生があったのである.
未来のパターンは,希望にあふれているパターンで一致するのだが,これも微妙にそれぞれちがう.

印象に残るのは,担当した数年間で,書きながら泣き出したひとが何回もいたことだ.
こうやって自分の人生をかんがえたことがなかった.
それで,幸せな子ども時代がおもいだされて,感無量になったという反面,将来がみえなくて希望と不安が渦巻くのが自分でわかるという.
たしかに,まだ配属先が発表されていない段階での研修だった.

それから,人事制度がいろいろかわって,評価制度も試行錯誤の状態があった.
「制度」だから,コロコロ変わるのは好ましくないが,好ましくないのがそのまま続くのはもっとこまるから,なかなか難しい.

とくに部下の評価はたいへんで,ボーナスだけでなく昇進・昇格にも影響するからおざなりにはできない.
「自己満足シート」の記入で泣き出すように,ひとの人生を預かっているのだ.

再生現場にたったとき,「自己満足シート」の記入をお願いしたことがある.
会社の破綻という事態がおきたばかりだから,これを記入するときの心も荒んでいるひとがおおいのは想定どおりだ.
それで,しばらく保管して,再生が動き出してから時期をみて,もういちど描いてもらうと,適確な変化かそうでないかがよくわかる.

これをもとに,個別面談するのは効果的だ.
心の変化の瞬間を「微分」して聞き出すことができたり,満足度の面積が「積分」でイメージできたりする.
従業員のこころの動きがプラス方向になるのと,業績がプラス方向になるのには若干の時間差があるけれど,こころの動きがプラス方向にならないで,業績がプラスになることは,ほとんどない.

もちろん,この図に正確な数値はないから,当然に計算不能なのだが,しっかり傾向だけは理解できて,ちゃんと紙に残るのだ.

こういうのを,数学的思考というのではないか?
こころの微分積分が,業績を左右するバロメーターになるものだ.

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