「逆恨み」をしてはいけない

6日、小池百合子都知事が緊急事態宣言の延長についての記者会見で言い放った、「いま、緊急事態宣言中なのをみなさんご存じですか?」に憤慨しているひとがいるという。
さらに、彼女は「収束条件」のハードルを異様に高めたから、「オリンピック開催」にかぶるのでは?という意見もでている。

それから、神奈川県知事の黒岩氏(元記者)が、小池知事からの電話で、千葉県知事(元俳優)も同意しているから、緊急事態の延長を一緒に取り組みたいといわれたけれど、その後、森田知事に電話をしたら、黒岩知事本人が同意しているといわれ驚いた、と曝露した。

まったく、いまどきSNSを多用する子どもでもやらない、いったいわないの話で、その稚拙さに呆れるけど、小池氏はすぐに認めて謝罪したという。
根っからの詐欺師ならではの、見事な神経反射といわざるをえない。

現職外務大臣に、彼女の爪の垢を煎じて飲むよう勧めたい。
なるほど、「大臣経験者」が、国政復帰を狙うのも頷ける?
それでも、このひとたちは「延長要請」の当事者になったから、他人のせいにはできない。

こんな話から、「都民をばかにしている」と憤慨するひとたちがいる。
なぜに、このような勘違いをするひとが多いのか?についてかんがえてみる。

結論から先にいえば、「ばか」なのは都民だし、千葉県民それに、神奈川県民もおなじなのだ。

前に「B層」について書いた。

これがぜんぜん改善されていない、ということにすぎない。
いま一度「B層」の定義を確認すれば、それは、比較的知能が低くて、マスコミ報道に影響されやすいひとを指した。

「知能」だから、もう改善しようがないのか?それとも、マスコミ報道を信じなければ改善するのか?という問題になる。

しかし、もう一方で、日本人の人口に占める割合が、B層は「8割」という調査もあるのだ。
これは圧倒的だ。
すると、我が国は、知能が低い人の国、ということになって、よくいわれる日本人の「優秀さ」とは話が合わない。

いったい全体、現代日本人は知能の低さが問題なのか?そうでないのか?

しかも、知能となると、どうしたら改善できるのか?
遺伝的方法での問題解決となると、実行不可能である。
ならば、もはや手の打ちようがない。

だから、せめてもの「努力」として、教育が重要となるのである。
もちろん、学校教育だけでなく、生涯教育という長き人生の広きにわたる。

では、どんな分野が重要なのか?

古来、我が国では「四書五経」をもって基礎としてきた。
四書とは、論語、大学、中庸、孟子。
五経とは、易経、書経、詩経、礼記、春秋をいう。

四書より入門し、五経へと進むから、武士の子が3~4歳で論語の素読をはじめたのも順番どおりなのであって、だいたい7歳の頃に論語は「暗誦」しているものだった。
子どもに対する、イスラムの『コーラン』や、ユダヤの『トゥーラ』の暗誦とおなじで、意味はあとからしぜんにわかるのだ。

中でも、春秋は孔子が書いたとされる歴史書で、編年体である。
のちの司馬遷による史記が有名だけれど、我が国には、江戸末期、頼山陽が書いた『日本外史』が、空前のベストセラーとなった。
なお、水戸光圀がはじめた『大日本史』は、明治になって完成した。

想定読者は、当然武士であって、中でも「志士」を自認したひとたちには、必読だった。
つまり、四書五経を10代までに修めたひとたちの中でのベストセラーだということだ。

その四書五経は、「崎門の学」としてしられた、山崎闇斎を始祖とする「朱子学」の譜系にあって学んだはずである。
しかし、その朱子学を批判したのが「陽明学」で、松下村塾はこれを採用していたから長州閥は陽明学を基にする。

『回天の思想』といわれる陽明学は、帝王に仕えるための思想である朱子学とはちがっていて、いまようにいえば「自己実現の思想」である。
だから、領主がいた時代の「回天」になったのである。

その後、現人神の「日本教」をつくるベースとなった。
ちなみに、戦争末期の特攻兵器「人間魚雷」につけた呼び名も「回天」だった。

戦後の常識は、「国家神道」を全否定することをベースにつくられた。
つくったのは、グローバリズムを信奉するアメリカ民主党の意向を受けた、アメリカの日本研究者たちである。

わが国発展の「アキレス腱」が、日本教だと見抜いたのは見事な研究成果である。
すると、日本教の復活こそが、わが国の復活であり、我が国民の復活の原動力なのである。

この視点から見渡せば、国民大多数の知能の低下とは、日本教が限りなく薄まったことの「副作用」なのであると理解できる。

日本教は「毒」ではなくて、日本人にとっての「必須アミノ酸」なのだ。
この決定的不足が、国民の脳を冒して知能を低下させたとかんがえられる。

であれば、小池氏をはじめとした、おかしな政治家たちや経営者などの言動がどうしてなのかも理解できるのだ。

左翼思想をもったひとたちに、学ぶべき点があるとすれば、これである。
脳を支配する、「思想=意志」がないといけないのである。
人間は、思想をもって行動する「唯一の動物」だからである。

ばかにされたといって、ただ憤慨してもすぐに冷める。
その、冷めた頃に、また選挙の時期がきて、これらのひとたちの「巧言令色」を聞かされて、その気になる。

単に、これを繰り返していれば、ぜんぜん「学習効果」もないので、見切ったひとがいつの間にかに「大政治家」になってしまう。

選んでいるのは、われわれなのに。

日本教を復活させる、いまは最後のチャンスなのかもしれないとすれば、「逆恨み」する前に、やることがあるのである。

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