「IWC」脱退から2年ちょい

IWC(International Whaling Commission:国際捕鯨委員会)が発足したのは、1946年に国際捕鯨取締条約が採択されて、48年に同条約の効力が発生し、翌年に第1回の年次会合が開催されたことによる。
わが国は、独立回復前の51年(昭和26年)に加盟した。

つまり、占領軍によって、加盟させられた、ともいえるから、最初から「カモ」だった。

食糧不足が深刻だったわが国では、当然に「栄養不足」という問題が社会全体を覆っていた。
特に、学校で昼食の弁当が食べられない「欠食児童」が、栄養失調で青鼻を垂らすふつうがあった。

冬場、お古のセーターの腕周りが、ぬぐった鼻水で固まってテカテカと光っていた同級生が何人もいた。

学校給食がある学校では、アメリカから緊急輸入した「脱脂粉乳」が、牛乳の代わりに提供されて、戦中は「代用食」と呼んでいたコッペパンには「人造バター」と呼んでいたマーガリンを付けていた。

アメリカで脱脂粉乳が日本への緊急援助として輸出が決まったことの報道をみて、対日戦で戦死や負傷した息子を持つ各地の主婦たちが、大反対運動を開始した。

「日本人は餓死しそうだという報道があるのに、豚の餌を大量に送るとは何事か!贅沢にも肉を食うのは未だ早い」というのが理由だった。
しかし、それが「人間の子供」の給食のためだと判って、寄付運動に変わったというエピソードがある。

アメリカ人にとって、脱脂粉乳とはあくまでも、豚の餌以外に考えられなかったのである。

そんな状態だから、学校が斡旋して『肝油ドロップ』の販売申込みを、学級単位でやっていた。
お菓子のようにおいしかったから、つい食べ過ぎて「薬なんだよ」と叱られたものだ。

クジラは給食の定番で、竜田揚げか大和煮がよく出たものだ。
なんとも硬くて、獣肉の匂いがしたから、わたしは苦手であったけど、不思議と缶詰の大和煮は、大好きだった。
いまでは、考えられないほどの高級品になってしまった。

もちろん、「クジラ」が高級品になったのは、IWCによる捕鯨の制限があったからである。
南氷洋を捕鯨船団が行く姿は、もう見ることはできない。

ナガスクジラの捕獲禁止は、1976年のことで、文楽人形のバネに使っていたクジラの「ヒゲ」は、在庫限りという状況に追いこまれたと新聞に出た。
人工の材料では代わりがない。

結局のところ、「反捕鯨」という政治運動で、にっちもさっちも行かなくなって、戦後の日本が初めて大決断したのが、「IWCからの脱退」だった。
2019年6月30日、わが国は正式に脱退した。

「全方位外交」という名の、どっちつかずという大方針を曲げなくてはならないほどに、加盟メリットがないということが理由だ。
「いい子」をやめたら途端に不良になるのかと、各国は疑念を持っていたらしいのは、「どっちつかず」がやっぱり「信用されない」ということだ。

それでも、わが国は「不良」にならずに自己規制して、世界のルールを守っている「いい子」だった。
「調査捕鯨」すら、南氷洋から撤退したけど、「調査結果」も提出しなくなったら、クジラ資源の実態が誰にもわからなくなるという事態になった。

わが国の「加盟費」という収入を失ったIWCは、資料さえも作成できなくなったのである。

ならば、わが国は次に、「WHO」からも脱退したらどうか。
ついでに、「国連」そのものからも脱退したら、なんだかスッキリするのである。

なにも、戦前の「国際連盟」ように、振られる前に振ってやるという若い男女の痴話げんかのような、これ見よがしの「脱退劇」をしなくともいい。
静かに、誰にも気づかれないように、フェードアウトするがごとく、消えていく。

どうせ、他の各国が気づくのは、「加盟費の振込がない」というタイミングでしかないだろう。
大騒ぎするのは、外務省だけだ。

国連大使のポストやら、大使館員のポストやらが不要になって、職員が余るのが困ると、国民は困らないのに「困ったふり」をするだろうからである。
ついでに各省庁からの「出向」で、国際機関の長になるポストがなくなると扇動して、これに「記者クラブ」のマスコミが加担する。

IWCのときもそうだった。
マスコミが、とにかく「脱退するな」と騒いだのである。
まさに、国民にとって、「逆神」になった。
正しさは、マスコミの「逆」にある、ということだ。

国際機関からの「脱退」は、ソ連が崩壊して大喜びした「逆」になる。

あのときは、「独立国家共同体」になって、バルト三国や中央アジアを中心に、「国」が増えたのだった。
勢い余って、ユーゴスラビアも分裂してくれた。
だから、「自動的」に、滅多にない大使のポストが増えたのである。

国民にとって、国際機関は必要なのか?というシミュレーションすら、外務省はやっていない。
やるはずもないのは、外交官試験に合格したひとたちがつくる、コミュニティになっているだけだからである。

なんとまぁ、このコミュニティは、婚姻による親戚関係ばかりが「上層部」なのである。

「第二国連」を作ってやる、という気概がない。
国民は、華やかな「国際」に欺されてはいけない。

とはいえ、戦後全方位外交の「成果」からすれば、たかが国際機関を脱退しても、外務省は胸を張って「大丈夫だぁ!」と、故志村けんのように、言ってこそ、なのである。

いまこそ、「成果」を国民に披露するときだ。

それができないのは、どっちつかずというお気軽のコミュニティであったと告白するも同然だ。
じつは、世界のどこにも「お友達」なんていないし、つくる気もない。
省内の仲間うちで楽しければそれでよかったし、そうしないと昇格できないからである。

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