『月光仮面』成功の条件

こないだの『もう一人の「森さん」』で予告した、『月光仮面』の別の角度からの話である。

「イノベーション」といえば、なんだかスゴイ「もの」や「コト」を想像するけど、当事者たちには余計なお世話なのである。
なぜなら、一心不乱に打ち込んでいて、それが、「イノベーション」であることすら意識していないものだからである。

だから、一通りの「コト」が済んで、あとから「そういえば」とじっくり気づくようなものである。
こんな状態を、「歴史になった」というのだ。

「イノベーション」の言い出しっぺは、いわずと知れたシュンペーターだ。彼はイノベーションを、「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」と定義した。
『経済発展の理論』(1911年:明治44年)のことである。

昨年2020年に刊行されたこの書籍は、「初版」の翻訳だと明記している。
その理由は、わが国に伝わった「2版」で削除された、「国民経済の全体像」を新訳している「完全版」という意味なのである。

初版から、半世紀ほどした1958年(昭和33年)に、『経済白書』が「技術革新」と訳しているところが興味深い。

経済企画庁は、そもそも1935年(昭和10年)に発足した、内閣総理大臣直属の「内閣調査室」がはじまりで、陸軍「統制派」と呼ばれる「計画経済」を目指すひとたちの影響を強く受けていた。
統制派に対抗した「皇道派」は、2.26事件(1936年)によって自滅した。

それで、1937年には「企画院」に再編されたから、わが国の、軍を含む官僚組織は、計画経済に邁進することになった。
ちなみにわたしは、「軍」こそ、徹底した「官僚機構」だとおもっている。
職業軍人とは、軍事官僚のことをいうからである。

それで、1938年(昭和13年)に、「国家総動員法」ができて、ようやく法と官僚機構が合致する。
35年からみごとに、毎年、いじくって3年がかりで「総力戦」の準備をしている。

この大元が、1931年(昭和6年)にできた、「重要産業統制法」だということは、記憶していていい。

1939年から、開戦の年である、1941年(昭和16年)までの「企画院事件」は、とうとう企画院という役所の幹部たちが共産主義者として、特別高等警察に連続逮捕される、というすさまじさがあった。
わが国の内部における、複雑な構造が垣間見えるのだ。

この事件の間にあたる、1940年(昭和15年)12月には、「経済新体制確立要綱」が閣議決定されていて、この中には、「資本と経営の分離(所有と経営の分離)を推進」とある。

まるで、現代の企業再生手法かと思いきやさにあらず、「企業目的を利潤から生産目的に転換すべき」という倒錯が書かれているのだ。
まさに、共産主義そのものである。

それで、「敗戦」したら、アメリカ民主党政権下にある狡猾な占領軍は、この組織をして「経済安定本部」(略して「安本」)に看板をつけかえた。
それで、もう一回看板を替えて、「経済企画庁」になったのである。
すなわち、計画経済を「緩やかにする」という意味の、温存であった。

これが、先に書いた昭和33年に、イノベーションを「誤訳」した理由だろう。

ところが、このおなじ年に、とんでもないイノベーションが起きていた。

それが、『月光仮面』のテレビ放送なのである。
そして、この年が、日本映画の観客動員数で圧倒的ピークを記録(11億3千万人弱)し、二度とこの数字を超えることはなかったばかりか、わが国映画産業の衰退がおそるべきスピードではじまったのだった。

5年後の昭和38年には「半減以下の5億人」となり、さらに昭和44年にはその「半減の2億5千万人」になったのだ。
年率を計算すると、△12%という減少率である。
しかし、この間のわが国経済成長率は、なんと17.7%(4年半で2倍になる)という驚異的な数字なのである。

つまり、世間がすさまじい成長をしているなかでの体験的イメージは、ジェットコースターどころか、まさに、「自然落下」状態におもえたのではないか?
もちろん、この成長に乗ったのが、テレビだった。

国産初の「連続テレビ映画」として、月光仮面の成功は、絶頂を極めていた映画産業との「交点」にあたる。
月光仮面のスタッフは、全員、映画界での「アウトロー」(専業では生活できない)だった。既存の映画会社がいっさい無視したからである。

それに、製作予算ばかりか機材がない。

カメラは手巻きで、ワンカットは28秒までしか撮れない。
台本を5冊持ち歩き、俳優はどんな物語かを知る由もなく、与えられた箇所の演技をした。

ところが、これらの制約が、スピード感あふれる作品になったのである。
また、「一人ひとりの小さな思いが大きな塊の力になった」のも、組織論と管理論の統合としてかんがえる、バーナード経営理論の示すところと合致する。

国家が介入して、イノベーションが達成できるものではないことの証明が、『月光仮面』なのである。

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