あかるく今年をおわりたい

「暦」があっての年末・新年である。
「暦」がなかったら、あるいはしらなかったなら、ふつうに一日がおわってしまって、とくべつに「おわり」を感じることもない。
なので、一年をしめくくることが、かえって強調されるようになっている。

昨夜は、恒例の「日本レコード大賞」が決まった。
回数にすると61回目ということになる。
さいしょは1959年で、水原弘の『黒い花びら』だった。
このときの水原弘も、「新人」だったから、世間はおどろいたはずだが、賞の認知度がなかったから、驚きはあとからやってきた。

もう「ことわざ」のようになった、

歌は世につれ世は歌につれ

は、オリジナルをNHKの「顔」だった、宮田輝アナウンサーをはじまりとする。

わたしは歌謡曲にくわしくないが、いつからか興味をうしなって、おそらく半世紀になるかもしれない。
それでも、時代を代表する「歌」は記憶にある。
それが、だんだんと「わからなくなる」のは、時代がわからなくなったからなのだろう。

昨夜きまった受賞曲を、まったくしらなかった。
つまり、聴いたことがないから、記憶にない。
まさかとおもって、検索したら、やっぱりぜんぜんしらない歌だった。

「東京2020」の「公認」だと書いてあって合点がいった。
NHKをまったく観ないどころか、テレビを観ない生活をして何年かになる。
歌っている子どもたちは、「みんなのうた」でも活躍しているというから、きっと「国民歌謡」の位置づけなのだろう。

曲名は『パプリカ』だ。
「ピーマン」を想像するのは、どちらもナス科唐辛子族だからだ。
平成5年に輸入が解禁された「あたらしい野菜」だが、この曲をうたう子たちには生まれながらにあったことになる。
けだし、どちらも「なかみがない」。はなしがピーマン、なのである。

うがった見かたでじぶんでも嫌になるが、全体主義国家における「宣伝(=プロパガンダ)」を、いまようのヒトラーユーゲントがやらされていて、それに日和ったおとなたちが「賞」をあたえたようにみえるから、なるほど「時代」なのだと納得した。

きっと、この受賞を契機に、全国の小中学校で、音楽か体育かあるいはダンスかしらないが、「課題曲」になって、みんなであかるく歌って踊るにちがいない。

楽しくないのに、楽しく感じさせるのは「音楽の力」である。
ベートーヴェンは、「人びとが、行進曲で行進し、ワルツで踊るのは、音楽に逆らえないからだ」といった。
音楽には「催眠効果」がある。

そして、作曲家はその「効果」が最大になるように曲をつくっているのだと。
西洋音楽はキリスト教会音楽を最高としていたのも、これだ。
「聖歌」や「賛美歌」によって、宗教的気分が高まるからである。

数学と音楽が、リベラルアーツにおける「正課」である理由でもある。
「神」へのアプローチとかんがえられたのだ。

いま、わが国の大学は、文科省の役人がつくった「ポイント制」をもって運営されている。
高いポイントを得ると、高額の「助成金」がもらえる。
つまり、どんなポイントなのか?という役人がつくる「制度設計」が、大学の学校法人としての経営状態をきめるしくみになっている。

うらがえせば、わが国の大学は、国からの「助成金」をもらわないと、経営が成立しない状況に追いこまれてしまった。
国公立か私学かはとわない。
それで、地方の私学が公立大学へと移行している。

もっと「税金を投入する」のは、地元の若者を東京に出さないで、そのまま地元の企業へ就職させるのがねらいだ。
まるで「防衛大学校」のようになっている。
地元企業への「任官拒否」もできるからだ。

けれども、こうした公立化の対象は、おおくが「理系」大学である。
なぜなら、ポイントが理系優遇されているからである。
文系の悲惨は、ポイント制において「役に立たない」という了解になっていて、産学連携という実利がないとポイントがもらえない。

こんな「制度」を「設計」しているのが、偏差値で最高の大学でも文系のひとたちだから、「安全地帯」としてあるのは、「偏差値で最高」というあからさまをやっている。

なるほど、「文系」が「役に立たない」のは偏差値と関係ないのだとわかるけど、だからといって「文系=役に立たない」がぜんぶにいえることではない。
むしろ、偏差値が最高の大学の文系が、世の中の役に立たないということだけを証明している。

欧米にはギリシャ以来のリベラルアーツという「伝統」があるけれど、わが国は「儒学」をもって「伝統」としていた。
帝王体制に都合がいいのが「儒学」だから、明治期にリベラルアーツを輸入したけど、根づかなかった。

いまこそ、文系が文系の底力をもって「リベラルアーツ」を推進しよう。
学問と実学の区別がつかないひとたちこそが、役立たずなのだと声をあげるべきである。

教養のない役人ではなく、教養のある民間人なくして発展はないのだ。

来年のテーマがみえてきた。

読者の皆様には、よい新年をお迎えください。

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