おそるべき成功体験

横並びで安心する心理

伝統的な温泉地でよくみられる光景である.同じような宿が集まっていて,たいがいはボス的な高級旅館の数店を頂点に,だんだんと広がるピラミッドのような構成になっている.そして,頂点にいるボス的な旅館のなかから「旅館組合」の長が選ばれることになっている.

さて,こうしたヒエラルキーのある構成での特徴は,「同格」とされる階層内で,「横並び」という二次的な構成をつくるということだ.経営者のこうした心理は,従業員にも浸透して,旅館をあげて同格と同じ構造のサービス体制を目指すようになる.これを,視覚的に確認するのは容易で,旅行会社のパンフレットをみればよい.その温泉地における旅館の格付け,その格付けのなかでのほとんど同じ料金と特徴のない料理(写真)がみてとれる.旅館の自主的な「横並び」整列を,さらに外部から仕向けているのが,旅行会社であることもわかるだろう.

「マス」でからめとっていた時代の名残

『細うで繁盛記』(よみうりテレビ,1970年1月~71年4月)というドラマを覚えているひとは,もう50歳代以上でしかないだろう.「戦後」をどっぷり引きずりながら,昭和30年代の高度成長を背景に伊豆の温泉地で「独自」に旅館をもり立てようとする大阪の料亭から嫁いだ主人公と,その路線に徹底的に反対し,「昔ながら」の秩序を守ろうとする嫁ぎ先の家族と温泉地の派閥のボスとの壮絶な人間ドラマだ.結局,主人公は数々の試練を乗り越えて成功してゆき,反対した側は没落するのだった.

このドラマの肝は,「独自」だ.マイケル・ポーター教授の名前をあげるまでもないが,「競争の戦略」でもっとも重要なのは「独自性(オリジナリティ)」だからだ.

ところで,主人公が「成功させた」という意味は,ドラマでは「大きく発展させた」ことだったことにも注目したい.すなわち,ドラマでの時代設定が昭和30年代の辛酸期を終えて,刈り取り期は昭和40年代になっているのだ.もし,この宿が平成も終わろうとしているいまも実在していたら,おそらく厳しい経営を余儀なくされている可能性が高い.主人公の命が永遠なら,「独自」を追求し続けることは,すなわち「団体」から「個人旅行」への市場シフトをいち早く見ぬき,なんらかの手を打ったろう.しかし,生身の人間には寿命がある.一度刈り取った成功体験が,次世代にとっては「曲げてはならぬビジネス・モデル」に変容するだろう.それは「破滅」への道になりかねない.

三パターンが混在する温泉地

日本旅館,とくに温泉旅館の衰退がとまらない.この背景には,第一パターンから第三パターンまでの三つがある.

第一パターンは,ドラマの主人公とあらそった,「昔ながら」をいまでもやっているパターンだ.すなわち,60年以上前の思想だが,「老舗」に多く,もっといえば複数回「破綻」しているかもしれない.そのエリアではもっとも高級かつ有名だから,再生のためのスポンサーは付く.しかし,「思想」がかわらないから,業績不振は改善しないのだ.

第二パターンは,ドラマの主人公が成功させた,昭和40年代の巨大温泉ホテルだ.上述したように,成功までの新進気鋭の「独自」という思想はよかったが,そこで進化が止まってしまったパターンだ.これは,「思想」が「守り」に変容したことからはじまる.現実に,たいへん厳しい経営状態に追い込まれているだろう.

第三パターンは,新進気鋭な「独自」を追求するパターンだ.たいがい,若いチャレンジャーが運営している.地元では,かつてのドラマのような展開が,現実に起きているにちがいない.第二パターンにならないよう気をつけたいが,おそらく第二パターンとは「成功」の意味がちがうはずだ.それは,「大きく発展させる」ことではなく,「地元での『オンリーワン・ブランド』の確立」だろう.

「思想」がことのほか重要なのだ.

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