グローバリズムとナショナリズム

世の中の複雑は、妙なことから「ねじれる」ので、話がこんがらがることで起きるものだ。

こうした「複雑」を理解するために、「単純化」、という手法が使われる。
ちゃんとした「分析」ならいいけれど、「複雑」の「成分」を恣意的に取りだして単純化したら、ずいぶんと粗っぽいことになって、「いい加減」なことになる。

たとえば、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)という「図解」が流行ったことがある。
原点から、X軸は市場占有率(マーケット・シェア)の低から高にして、Y軸には市場成長率を低から高にして、図示する。

それで、X・Yともに低いエリアを「負け犬」、Xは同じでYが高いエリアを「問題児」とし、Xが高くてYが低いエリアを「金のなる木」、両方とも高いエリアを「花形」として区分するのである。

なんとなく「わかりやすい」から、ずいぶんと人気があったのだけど、見せられる側と見せる側とで、話が変わる。
あなたが企画担当者だとして、自社商品やライバル社を分析せよといわれたときに、どこで「線引き」するのか?という問題にぶつかる。

結局は、もっともらしいけど、見せる側の恣意的な工夫による、という粗っぽいことになってしまうのだ。
こうして、「伸び盛り」のはずの商品が、「負け犬」認定されて、市場から消されてしまった、「しまった」がたくさんある。

反論は承知しているが、安易にこの手法を用いて「判断」に使うと、火傷をするという「警告」である。
マーケティングは重要だけど、思わぬ落とし穴があることに注意したい。

さてそれが、「政治思想」という区分になると、もっともらしいことと、そうでないことの区別がつきにくい、という厄介がある。
「学問」としての「政治学」が、特に「理系」から認知されないのは、「論拠」となる「根拠」の設定が困難という大問題がつきものだからだ。

つまり、ほとんどの「根拠」が、「流動化」するからである。
あちらとおもえばこちら、といったように、政治では「一寸先は闇」なのである。

そこで、「利害」のベクトルをどう読むのか?が政治学に入り込んで、様々な「予想」を公表する学者が現れる。
これが、「あたった例しがない」のは、利害関係者ですら読めない利害があるからだ。

別の言い方をすれば、「変数」が多すぎて、かつ、連立させるべき方程式も多数あるので、計算不能、ということだ。
だから、「政治学」という学問自体を認めない、という余計なお世話の別分野の学者は多い。

ただし、「地政学」という分野は、世界の指導者や軍人によって「実学」扱いされている。
「地理」と「政治」の関係を「学問する」という学問だ。

亜細亜大学の倉前盛通教授が書いた『悪の論理』は、1977年から80年にかけて、大ベストセラーになった。
当時は、「ソ連研究」というターゲットであったけれど、揺れる東アジアとなったいまこそ、再認識する必要がある。

予備校の「世界史」で有名な、茂木誠講師は、じつは地政学者でもある。
歴史と地政学を駆使して、「現代を観る」という茂木氏の解説は、政治学の権威とされる大学教授より、ずっと当を得ている。
文科省に制約されない、予備校講師の実力を舐めてはいけない。

菅氏が総裁選挙不出馬を決めた頃、茂木氏は「自民党」を地政学的に分析していて、改めて「納得」できる解説になっている。
X軸は、原点から右に「自由競争」、左に「統制と分配」、Y軸は、原点から上に「グローバリズム」、下に「ナショナリズム」をとっている。

なお、自由競争の「→」の先には、アメリカ国旗を、統制と分配の「←」の先には、中国国旗を示している。

第Ⅰ象限の、「グローバリズム」で「自由競争」には、原点に近い側に「清和会:細田派(96人)」、その右に「志公会:麻生派(56人)」が配置され、第Ⅱ象限の原点に近い側に「宏池会:岸田派(48人)」、その左隣に「二階派(37人)」、さらに左に「竹下派(56人)」が位置する。

第Ⅲ象限と第四象限は、「ナショナリズム」で共通するけど、「自由競争」か「統制と分配」とで分かれる。
「自由競争」、に派閥はなく、無派閥の「高市早苗氏」がポツンといる。
「統制と分配」には、原点に近い側に「石原派(12人)」、その左に「石破派(17人)」という配置だ。

単純だがよくできた配置図で、自民党が圧倒的に「グローバリズム政党」であることを示している。
また、「統制と分配」でも圧倒する。
これが、宏池会を「保守本流」と呼ぶことの理由なのである。

ちなみに、茂木氏がこの図を示した時点では、誰が総裁になるかは不明で、なおかつ、勝利した岸田氏はまだ「新しい資本主義:成長と分配」を発言してはいない。
けれども、こうした基本分析に立ち返ると、岸田氏の発言は驚くに値しないのである。

さてそれで、高市氏「しか」いない、第Ⅳ象限(自由競争でナショナリズム)は、アメリカ共和党保守派:トランプ氏がどっかり座っている位置である。
わたしは個人的に、高市氏がこの位置にいるとは思えないけど、自民党だけでなく、わが国「政界」にとって、「ブルーオーシャン」なのだとわかる。

逆に、この位置にいた自民党は、いつの間にか別象限にシフトしてしまったのだ。
これが、「政治不信」の原点だとも分析できる。
わが国を「占領した」アメリカ民主党政権の呪縛であろうか?

楽天の三木谷氏が、激しく「社会主義」だとして岸田政権を批判したのは、「成長」を目途とするなら、第Ⅳ象限に回帰しないといけないはずが、「統制」への道を突き進むことへの反発に相違ない。

ライバル派閥がひしめくこのエリアは、まさに「赤潮」によって酸欠した「レッドオーシャン」そのものである。
国民も、窒息しそうなのは、ここに理由がある。

なんだか、岸田内閣が「新しい近衛内閣」に見えてくるのである。

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