コロナ疲れで飽きてきたけど

学者は、論文を生産する、という仕事をしている。
これは、「研究成果の発表」であるから、教育者としての側面をもつ、大学教授は、これらの研究をふまえて学生にむけて授業をしている。

昨年末に、「論文査読」を依頼された。

いまさらだけど、「査読」とは、論文内容の「審査」をすることである。
正式には、「二次審査員」に指名された。
複数の審査員が、その論文の審査をすることで、論文誌や論文集への掲載の可否を決めるのである。

世界的に有名な科学誌だって、こうした査読の関門をくぐったものしか掲載しないから、その権威も構築されている。
つまり、読者からの「信頼」こそが、論文集発刊元の生存理由なのである。
だから、学者は、論文生産に精を出さないと、学位はあっても「学者でなくなる」のだ。

基本を書けば、査読のポイントは、テーマ設定の適確(目的と研究手法)さ、とか、先行研究との兼ね合いをもって、あたらしい「論」を立てることに成功し、もって、その論文が世の中の発展に寄与することにある。
なので査読者は、どこかに不足があれば、それを充たすための指摘もする役割がある。

しかしながら、査読者も同じ分野を研究することがふつうであるから、そこには、穿った見方もできるので、論文集編集者としては、査読者の選定にも注意しないと、おもわぬ事態が起きるやもしれない。
それは、査読者自身の研究における、「盗作」誘発だったり、いちゃもんをつけて、その論文を葬る行為だってありうるからである。

学者も、清廉潔白なひとだけでない、ふつうの人間がたくさんいる。

査読者を複数立てるのは、これらの懸念を防止することはいうまでもなく、むしろ重要なのは、「先行研究」についての知見が、複数でないと漏れてしまう可能性があるからである。
これは、審査対象の論文の質を高めるためにも重要なポイントだ。

べつのいい方をすれば、自身の主張に合致した先行研究しか引用しないで、つまり、「反証」となる先行研究を無視して書き上げられていたら、それは、「論文」とはいえなくなって、「論評」になってしまう。
こうした内容では、「論文集」への掲載はできないし、もし掲載してしまったら、その論文集の権威はたちまち失墜する。

そんなわけで、「先行研究」をたくさんしっている、ということが、じつは学者の学者たるゆえんとなるのである。
ここが、学部学生との決定的なちがいだ。
研究者は、その頭脳に先行研究のデータ・ベースをつくる訓練をうけたひとなのだ。

当然ながら、人間の認知力には限界があるので、「論文データ・ベース」ができている。
このデータ・ベースにアクセスできるのは、研究者となっていて、一般人なら「有料」なのだ。

ここに、研究者と一般人の、情報の「壁」がある。
この「壁」を乗り越えるためばかりか、一般人に「易しく解説する」ために、報道機関には専門家が雇われて、研究者たちの研究成果のなかでも、世の中に有意な研究を「解説」してきたのだ。

つまり、報道機関には、「解説」という重要な機能があった。
しかし、昨今の「偏向報道」は、報道機関全体におよんで、「解説」も「偏向」した。
こまったことに、一般人が自分で「解説」を探して、それを読んだり観たりして、それぞれが判断しないといけないことになったのである。

これは、論文の社会的意義を減衰させるだけでなく、研究者の立場をも危うくする、危険なことなのである。
優れた論文があっても、一般人にフィードバックされないままで、象牙の塔のなかだけで流通するなら、学問の発展にも寄与しなくなる。

わが国の高等教育機関である、大学やその傘下にある研究機関には、国家予算が投じられている。
いまや、「私学助成金」を受け取らない私学だって一校もないのだ。
そんな状況なら、国民が税の配分をする必要なしと判断することだってありうる。

先日紹介した、『コロナパンデミックは本当か?』という書籍だって、立派な「先行研究」なのである。
しかも、先進国ドイツでの事例を中心にして、ヨーロッパやアメリカのことにもしっかり言及している。

もちろん、著者は、ドイツを代表する学者=研究者なのである。

こうした「反証」を完全に無視して、政策提言までする、わが国の「専門家」とは、もはや「研究者ではない」ただの、「政治ゴロ」だ。
国家の政治権力と結託して、自分たちの野心を優先させる態度は、職業倫理上の背信行為にほかならない。

日本政府は、権力をむき出しにして、とうとう「自粛」から「命令」への転換を要求しだした。
命令に従わない事業者に罰金を課す、とは、「犯罪者」にするということだ。

まったくもって、共産化=全体主義化した、アメリカ民主党の真似っこである。
このような社会的負担を課しても、風邪は万病の元である風邪を撲滅する「効果」は、世界のどこにもでていない。

社会の破壊活動をしているのは、日本政府である。

日本国民は、日本政府を相手に「破防法適用」するよう、最高裁に訴えなければならないところまで追いつめられた。

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