ナルシストの個人主義

「自己陶酔」から「うぬぼれ」に転じる意味がある.
ギリシャ神話で,ナルキッソスという美少年が水面に映った自分の顔をみて恋をしたはなしに由来するから,性的な意味もある.
ちなみに,外国語では「シ」が二重で,「Narcissism:ナルシシズム」「Narcissist:ナルシシスト」という.

平成バブル崩壊後の時代になって,自信をうしなったからか,外国人から褒められるというコンセプトの番組がおおくつくられるようになったとの印象がある.
昭和時代は,外国人からどうみられているのか?というコンセプトの「日本人論」※がおおかったから,その「発展形」といえなくもないが,かなり「自己愛」がつよい.

※日本人が書いた日本人論の傑作は,「日本人とユダヤ人」(イザヤ・ベンダサン=山本七平,昭和45年)がある.また,いまの「うぬぼれ」の素は,「ジャパンアズナンバーワン」(エズラ・ヴォーゲル,昭和54年)だとおもう.

  

日本に住む外国人を特集する番組内で,登場した外国人から,「日本人はナルシストばかりではないか?」と発言があった.このあとに,「もっと歴史や伝統を見直すべきだ」という意見がつづくから,内容的に矛盾しない.
しかし,外国人に褒められるコンセプトの番組で,昭和的な「日本人論」がでてくるのは,「自家撞着」ではないかとおもう.

「自家撞着」とは,自分の言行が一致しなくて,壁につきあたってしまうことをいうから,おおむね正しかろう.
「自己愛」から「自家撞着」へと発展するメカニズムについては,専門家ではないので正しくしらない.けれども,これらはセットになりやすい親和性をかんじる.

たとえば,「謙虚」をたいせつな価値観だと公言するひとが,じつはたいそう「傲慢」な人物であったり,「権威主義」の権化だったりするのは,みごとな「自家撞着」だが,それは,自分かわいさという「自己愛」あってのことだとおもえば,「メカニズム」として納得できる.

もちろん,このような人物が可能性として組織のトップになるというのは組織内の構成要員にとっては一種の「悪夢」である.しかし,なぜ,そのような結果になるのか?をかんがえると,本人ではなく,「前世代の目線」が問題になる.
血縁企業とそうでない企業とで,就任の可能性の高さはどうなのか?なかなか調べるのが難しいだろう.

それは,あなたは謙虚ですか?
と質問すれば,はい,とこたえるだろうし,
あなたは傲慢ですか?
と質問されて,はい,とこたえるひとはまずいない.
すると,これは,「嘘つきのパラドックス」になるからだ.

つまり,かような人物が組織のトップになる「悪夢」とは,日常が,「嘘つきのパラドックス」にまみれるから,組織全体が「疑心暗鬼」に陥ってしまうのだ.
そうなると,かような人物をトップにしてはいけない,という「律」の合意が,前の世代になければならない.

ところが,その世代も,「なっちゃった」世代であると,上記のような「律」をもたないから,これは「遺伝」する.
こうして,企業・組織は頭から腐るのである.

すると,ここに重要な本質がみえてくる.
「年功序列」の日本企業が,次世代トップの選定をする方法は,「年功序列ではない」ということだ.
そして、企業内に「律」をもたないばあいは,規模の大小にかかわりなく,おおくが前の世代による「好き嫌い」によって決まるのだ.

それで,ナルシストで自家撞着をする人物ゆえに,周辺を「嘘つきのパラドックス」にはめている姿が,まるで「リーダー」のようにみえるのだろう.
それを,「謙虚」という「嘘つきのパラドックス」がまとう覆いにだまされるのだ.

どうであれ,ナルシストの個人主義という「自家撞着」によって,長い時間をかけて組織細胞は破壊されることになるから,崩壊は急激にやってくる.
それは組織構成員の集団心理がなせるわざだから,将棋倒しの事故のように,ひとたび発生すればだれにも止められない「流れ」になる.

経営には「心理学」が必要である.

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