ビールが主役のレストラン

EU本部が設置され,ヨーロッパの首都となったベルギーは,むかしからグルメの国で有名だった.フランスが「ヌーベルキュイジーヌ」で湧いた70年代以降,美食の都はパリからブリュッセルに遷都した.じっさい現在も,人工調味料と冷凍食品を多用して店の特徴が薄れた,パリのレストランはまずいと不評である.

ベルギーは緯度が北すぎて,ぶどうがとれない.フランスとの国境は,ベルギーからすれば南端だが,フランスからすれば北端にあたる.丸太の一本橋でもわたれる,さらさら流れる小川が国境だ.それで、国境沿いの二つばかりの村でだけ,ぶどうが栽培されている.

フランスの宮廷料理の本流を受け継ぐベルギーで,ワインは当然このまれてはいるが,この国の酒は麦からつくる「ビール」である.人類がいつからビールを愛飲していたのか?メソポタミアや,エジプトのツタンカーメン王の遺品からもビール瓶が発見されているから,千年単位のむかしになる.

いまのわたしたちが愛飲するビールの主流は,19世紀に発見された「ビール酵母」のおかげで,工業的につくることができるようになった「ピルスナー」である.古来ビールは「エール」であった.上面か下面かの発酵のちがいが,この飲み物を区分する.日本人が知るエールの代表は,英国のギネスビールだろう.地図でみると,英仏海峡の向かいはベルギーだからか,ベルギービールといえばエールを指す.

九州よりちいさなベルギーには,政府が認定するビールで約800銘柄というが,愛好家が勘定すると1,200銘柄になるというからおどろきだ.日本とは酒税のかんがえ方が違うとはいえ,その差もおおすぎる.

たかがビールというなかれ,エールがもつじつに複雑な味わいは,どれを飲んでもすばらしい.ほとんどが小瓶なのは,ワインのように瓶内発酵しているからで,ラベルにあるアルコール度数表記は,瓶詰めのときのものだから,じっさいはそれ以上である.購入したてのビールは,個人宅にもあるワイン倉で約1年ほど寝かせると飲み頃になる.だから,エールのばあい,ビールは鮮度がいのちではなくほどよい熟成が大切なのだ.

世界どこでも,役人はつれないもので,EUでもピルスナーとエールを一緒にして,エールにも賞味期限をもうけてしまった.おなじヨーロッパでも,しらないひとは賞味期限を確認して購入しているというから,もったいないはなしだ.

さて,前置きがながくなったが,そのベルギーにはビールを料理の中心に据えたレストランがある.数種類のビールが料理コースの骨格をなすから,それらのビールに適した料理がたのしめるという趣向だ.
じぶんがふだん飲んでいる有名銘柄と,意外な料理の組み合わせや,しらない銘柄と名物料理との組み合わせなど,「食をたのしむ」とはこのことかと納得する.さすがはグルメの国ならではとおもう.

つくり手は「これでどうだ」という想いで,いろいろかんがえているのがよくわかる.つまり,「提案」しているのだ.魚料理では,やはり日本のビールの方にイメージが引きずられていく.じぶんが日本人であることに気づかされるから,これも意外な発見なのである.

それにしても1,200銘柄.これにあう料理も1,200あるということか?「提案」とは,「情報発信」のことである.「ビールにあう料理」というコンセプトは,無限の可能性ゆえに無上のよろこびを客にあたえる.このレストランは,「情報産業化」したのだ.

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