ファンタジー作家の司馬遼太郎

「司馬史観」という言葉ができたほどの、「歴史通」が、司馬遼太郎という作家であった。
その「人気」から、「国民作家」とも呼ばれて、1993年の文化勲章受章者となって、96年に没した。

一部に、「わたしは司馬遼太郎のよい読者ではない」という、自己紹介のフレーズがある。
少なくとも、全面的に信用しないで「読む」ことを主張していて、もしや「否定」もしているといいたいのだ。

この意味で、わたしも「司馬遼太郎のいい読者ではない」といえる。

いわゆる、司馬遼太郎ファンのひとたちがいう、「司馬史観」なるものの「あやしさ」は、「史観」なる「マルクス史観」用語をスライドさせた用法であるから、ツンとした危険な匂いがするのである。

こまったことに、「司馬史観」を受け入れてしまうということは、彼の小説(物語)世界があたかも、「事実」であったと思いこんでしまう。
人間というモノは、いったん思いこむと、じつに厄介な頑固さにまで変容して、これをそぎ落とすのは困難になる動物だ。

もちろん、他の動物にはこんなことができないのは、「本能以外の知性」の発達が、脳の構造上の無理だからだ。

想像上の「物語作家」という意味での「小説」を思えば、池波正太郎という恐るべきストーリーテラーがいる。
彼の机の横には、「江戸古地図」がかならずあって、これを観ながら脳内に構成できた立体映像を、そのまま書いた、と書いている。

彼は、古地図の中に、想像だけで暮らしていた。
その想像の暮らしから、物語を書いていたのである。

すると、必然的に物語は、「ミクロ」な世界になっている。
その場、そのときの人間模様の物語になるからで、背景にある「時代の事情」は変化しないのである。

だから読者は、特別に、「池波史観」とはいわないで、「池波正太郎の世界」というのである。
それゆえに、「エンタメ」として読んでいて、「史実」だと読者を思いこませるような仕掛けはない。

これが、池波正太郎の誠実さなのだ。
そして、時代背景を借りながら、人間模様の機微を描くから、人気が絶えないのである。

ところが、司馬遼太郎にはこれがないばかりか、「史観」といわれる「解釈」の押しつけがある。
このことが、読者をして二分させるのだろう。

だから、司馬遼太郎の小説世界が「史実」だと信じる読者と、あくまでも「眉唾」あるいは「作りばなし」だと思って読むひととに分けることができるのだ。

テレビの「歴史物」でいえば、司馬遼太郎はNHKの常連だった。
そこでさまざまな「解釈」を語っていた。
しかし、これは、改めてかんがえるまでもなく、NHKという「作り手」が、司馬遼太郎に「語らせた」という番組構成なのである。

どんな「台本」があったかしらないが、あるいは、この「台本」も司馬遼太郎が書いていたかもしれないけれど、最高学府を出たディレクターが、司馬を「多用」したのは、「制作意図」に合致していたからに相違ない。

『笑っていいとも!』に出演した、橋田壽賀子が、この番組ディレクターが「一橋大学」の出身者であることをしって、思わず生放送中に、「あなた一橋を出ていて、こんなことしていたらダメでしょ」と言ってしまった記憶がある。

「こんなこと」、とは、エンタメ番組の制作のことだろう。
しかし、その、橋田壽賀子が書いた「脚本」だって、「エンタメ」だから、なかなかに「自己矛盾」した発言であった。

もちろん、橋田だって、日本女子大学文学部国文学科卒業で、その後、早稲田大学第二文学部国文科に入学し、芸術科に転科して演劇専修に移り、中退した「エリート」なのである。

しかし、彼女には、一橋大学が別物に思えたのは、「商学」か「経済」の専門家に対するエンタメ側からの「敬意」があったからだろう。
それで、「もっと社会の役に立て」と言いたかったのだと。

話は変わって、GHQが定めた、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム:WGIP:戦犯裁判広報計画」というものがある。
原文は、国立公文書館にあるというけど、アメリカ側にもある。

ウィキペディアが「都市伝説」とした記述を変えないのは、「これぞネットの玉石混交」なのであるし、WGIPが現在も「有効」なゆえんかもしれない。

さてそれで、敗戦までNHKは、いまでいう「一般財団法人」であった。
つまり、一般企業とあまりかわらない存在だったけれども、GHQによって、「公共放送」になったのである。

もちろん。NHK「だけ」でなく、その他のテレビ局も、ぜんぶ「WGIP」に基づく「認可事業」だ。
この「認可権」を、いまは「総務省」が引き継いでいる。

そんなわけで、露骨な「反日放送」をやっているのは、「当時」の世代が物故したことをいいことに、宣伝のギアをさらにアップしたからだ。
これに、司馬遼太郎が加担していた。
もちろん、橋田壽賀子もである。

彼らが「オブラート」に包んでいた「本音の反日」の、オブラートが溶けてむき出しになったのが、いま、なのだ。

そうすると、一橋を出たという『笑っていいとも!』のディレクター氏は、「良心的」だといえるのである。
そもそも、職業選択の自由があるから、橋田の一言は、「お里がしれる」ものだった。

その上の「高度」が、司馬遼太郎なのである。

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