フルサービスの理髪店

散髪の需要は、ひとに髪の毛がはえるかぎりなくならない。
それに、少ない資本で開業できるので、個人事業としてうってつけでもあるから、夫婦で営む店がおおいのは当然だ。
また、売上が「現金」だし、その本質は「技術料」だから儲かるのである。

理容と美容の垣根は、ざっくり「顔そり」ができるかできないかである。
ほんとうにひとがサルから進化したのかどうかしらないが、ひとの顔は毛でおおわれていないようにみえるけれど、じつはうぶ毛がけっこうはえている。

ひかりの加減で、可愛いかおをしたひとにうぶ毛があるのはまだしも、あんがい若い女性でも「ヒゲ」が濃いひともいる。
そんなひとは、理容店にいって顔を剃ってもらうとスッキリするし、化粧の「乗り」がよくなるという。
だから、理容・美容には、利用するのに男女の区別はない。

歴史をさかのぼれば、ちょんまげと日本髪だった江戸時代まで、「床屋」といえば「髪結い」のことだったが、すでに男女の区別があった。
ちゃんとしたちょんまげは、月代(さかやき)を剃らないといけない。

時代劇で、青々と剃っているかつらをつけるのは、役柄もちゃんとしたひとで、これを好き放題にのばしたままだと、浪人や博徒など、ちゃんとしていないひとのキャラクター・シンボルとなった。

だから、男性には「剃り」がつきものだったけれど、髪は女の命だった女性側は、そもそも「結う」ことはあっても切ったり剃ったりはない。
それで、女性のための髪結いは、店をもつより顧客先に出向いていたようだ。

明治になると、西欧文明的でない「日本髪」が、なんだか「恥ずかしい」ことになった。
岩倉使節団が伝統的スタイルで欧米を歴訪して、絶賛されたことは、新聞すらもなかった時代に、関係者以外だれもしらなかったのだろう。

世にいう「断髪令」がでたのは、明治4年だが、同じ年の岩倉使節団が出発する前で、これは誤解があるがちょんまげ禁止令「ではなく」髪型自由令だった。

しかし、明治6年に福井で3万人からなる「散髪・洋装に反対する一揆」がおきた。
時代の変わり目にたいする、文化のちからが、良くも悪くも「あった」ことは、あんがい重要なことだ。

いまのひとはこんな一揆を「笑う」かもしれないが、100年後の子孫たちが、いまの時代を「笑う」かもしれない。
明治だといっても「一揆」だったから、首謀者は6人も死刑になっている。

かれらが命がけで守ろうとしたものは、なんだったのか?
わたしたちが忘れてしまったものにちがいない。

牛丼チェーンのすきやには、文明開化当時の絵が壁にある。
ちょんまげに着物のひと、散髪のひと、ドレスをまとった女性。
これは、いまよりもかなり服装や髪型に「主張」があったことをしめしている。

女子大生の卒業式で定番となった「ハイカラさん」スタイルは、洋装と和装のハイブリッドであるが、日本以外ではみることができないから、まちがいなく「和装」の範疇になるのだろうが、なんともすさまじい主張の「発明」である。

ひとむかしもふたむかしも前までは、床屋談義は落語の世界だけでなく現実の、ごくふつうの風景だった。
町内にだいたい床屋は一軒あって、ご近所さんしかお客がいないから、待ち時間がおしゃべりタイムになるのである。

組合がさだめた料金で統一されていて、たいていが「フルサービス」の散髪・洗髪・顔そりをしていたから、ひとりのお客に最低30分はかかる。
子どもでも手間はおなじだから、じっと座っているのはつらかった。
だから、「運がわるいと」一時間待ちはふつうだったのだ。

ちょっといってくる、といって混みそうな時間にじぶんの家から散髪屋にきて、くつろぐ商店街の店主たちもたくさんいた。
もちろん、髪を切ってもらいながらも、会話はつづくのである。
そうかんがえると、客にも店にも余裕があった。

ちょんまげの「さかやき」は、ヒゲと同様すぐにのびるから、これを剃るのも毎朝の身だしなみである。
この「身だしなみ」という伝統で、紳士たるもの月一度の散髪は、おしゃれというより社会的義務だったのだ。

35年前、エジプトのカイロにすんでいたころ、やはり散髪はひつようだから、町の床屋へいっていた。
「へー」とおもったのは、フルサービスの中身がおなじだったからで、やっぱり「床屋談義」をやっているのだ。

かれらが床屋に足しげくかようのは、身だしなみ以前の「衛生」という需要がつよかった。
アラブ人には成人男性はヒゲをたくわえるものという常識があるから、ヒゲをそり落とすわたしは「あやしい男」だったようである。

それでか、二回目からは「顧客」になって、だまっておなじ髪型にしてくれて、それからは町や国のいろんな事情をおしえてくれるようになった。
これに、待っているお客もはなしにくわわるから、おわってもなかなか帰れない。
ちゃんと紅茶もだしてくれて、くつろげるのである。

最近は外国人旅行者に、日本の理容・美容室が人気だという。
日本的なこまやかなテクニックが話題になるが、会話「こそに」魅力があるのではないか?

じつは、いろんな事情をしることができるから、理容・美容室は「情報産業」なのである。

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