ポイントカードはお好きですか?

個人的な好きと嫌いでいえば,嫌いである.
個人商店で好みに合致する商品がある店なのに,ポイントカードがあるとがっかりする.
全国的なチェーン店だと,ポイントカードではなくてプリペイドカードのばあいもあるから,財布の厚みはそれだけでも増す.

これに,クレジットカードも,企業チェーンや系列での利用のために発行されている.
だから,いつのまにか,財布は紙幣ではなくてプラスチックのカードによって占拠されてしまうことになった.
スマホのアプリとしてこれらが進化しているというが,決済のおおくを現金にたよる国だから,財布を忘れると身動きがとれない.

それで,たまに財布のなかのカード類を抜いて薄くする.
ところがどういうわけか,ふだんいかない店のポイントカードを抜くと,その店に立ち寄ることがある.
そして,レジでの支払にポイントカードがないと気づくと,妙に「損をした」気分になる.

だから,最初からポイントカードをもらわないように努力する.
「ポイントカードはお持ちですか?」
「いいえ」
「おつくりしましょうか?」
「いいえ」
「失礼しました」と口で言っても,なにか不思議そうな態度を店員さんはとるものだ.
そんなにおかしいことなのだろうか?という気分になることも嫌いな理由のひとつだ.

そもそも,なんでポイントカードを発行するのか?
スーパーマーケットのばあいは,顧客が購入した商品のデータを得るためのものだった.
だれが,いつ,どんな商品を,何個購入して,どのくらいの金額をつかっているのか?
これで,店舗全体というおおきな枠でABC分析をするのとはちがった細かさで,顧客の購買行動をしることができた.

たとえば,店舗全体で分析すれば,月間で数個しか販売実績のない商品は,取扱商品から排除されるのがふつうだ.
ところが,この商品を購入しているのが,その店舗での購入金額トップクラスのひとだとわかれば,排除してしまったらそのお客様まで来店しなくなるかも知れない.

こんな重要なデータを,ポイントカードという媒体をつうじて店は得るのだから,そのデータの購入料として買いもの代金の数パーセントをお支払いする,というのが本来の趣旨だった.
それは,消費者サイドからみれば,ポイントカードを見せると数パーセントの割引がもらえる,ということになっていた「だけ」である.

この「だけ」が,ひとりあるきしだして,なんだかわからないがスタンプを貯めるとなにかもらえるようになる.
店側は,どんな情報を得たのかさえもないから,「ただ」の割引でしかない.
こうして,所得が店から客に移転する「だけ」になった.

ただし,客側はいつつかうともしれないポイントカードを,つねに携行するという手間をかけなければならない.
だから,客は客なりにその面倒さというコストを払っているから,ポイントによるメリットは当然のものとなった.要は,ありがたくない,のだ.

貧しいはなしである.
上記の「貧しい」とは,貧乏ということではない.
発想の貧しさのことである.
なんのためのポイントカードなのか?ということをかんがえることをやめた,発想の貧しさのことである.

やっぱりポイントカードを好きになれない.
嫌いなのだ.

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