人間だけがつくる「基準」

動植物とかの生き物だけでなく、広く宇宙や細かな原子にも「法則」がある。
これを総じて「科学法則」と人間は呼んでいる。

ただし、その法則の主人公たる、動植物とか宇宙とか原子が、この法則を自己認識しているとは限らない。
なので、あくまでも人間が発見した法則「だけ」を、法則と言って、それ以外の「未知」を、見つける努力をしているのも人間だけだ。

たとえば、「最新」の宇宙論では、宇宙は11次元(時間を含む)で出来ていて、われわれが生きている時空の次元を超えた「高次元」は、とても小さくまとまっているから、「見えない」という理屈になっている。

それで、「一個の宇宙」は一枚のパネルのようなもので出来ていて、そのパネルが何枚もあって、これらが衝突と離散とを繰り返しているという。
従来言われてきた「ビッグバン」とは、このパネル同士の「たった」1回の衝突のことを言う、との解釈である。

もちろん、これまで、何回の衝突があったのかはわからないけど、ずっとむかしから何回もあった、と考えるのが「最新」なのだ。

すると、パネルの衝突でできた「宇宙」は、何度も「再生」されるのかしれないので、なんだか、後に「お釈迦様」と言われる、ゴータマ・シッダールタがイメージした「宇宙」に似ている。
そして彼はこれを、「輪廻転生」の概念にしたのだった。

人類が宇宙にロケットを飛ばす時代になってから、最先端の宇宙工学や天文学を勉強すると、おおくの研究者が「仏教徒になる」という話は聞いたことがあるけれど、いよいよ宇宙論が仏教になってきた感じがする。

色即是空、空即是色

ゴータマ・シッダールタがいつ生まれたのかは、諸説あってわからないけど、紀元前7世紀がいちばん古い説で、紀元前5世紀がいちばん新しい説である。
要は、紀元を基準とするイエス・キリストよりか、最低でも500年古い。

「信じる」ことを要求される「宗教」であったものが、「科学法則」だということになると、「話」は変わってくる。

結局は、人間には言語あるため、「話」とか「物語」が「伝わる」のである。
だから「定義」とか、「基準」も、人間「しか」つくることができない。
それがあたかも「法則」の「顔」をしていれば、「法則」になったのだけど、何事にも「行き過ぎ」があって、おかしなことになるのである。

前世紀の終わりから「先進国」では、文明が進み過ぎて、人為である政治と科学法則らしきものが合体して、おかしなことが起きてきた。

このことの「実験」は、人為だけでつくった国家の「ソ連」で経験済みだったけど、西側諸国ではあんがいと知られていない。
その悲惨な末路は、シベリア送りになった科学者の人生の悲惨だけでなく、ロシアになったいまでも、遺伝「学会」の遅れに痕跡が残るほどの「被害」をつくった。

それが、何度も指摘している「ルイセンコ問題」なのである。
独裁者の「政治意図」と、「(エセ)科学」が結合してできた「化学反応」は、社会主義の畑でつくる小麦の優位性という「神話」を無理やり信じこませて、農業に大被害を出しただけでなく、万人単位の死者を出したのだった。

スターリンの政治意図とは、人為的な「人口削減」であったから、見事な「達成」をとげたのである。

こんな「実験」があったのに、半世紀以上がたった西側社会は、見事な「繰り返し」を意図している。
それが、EUによる「グリーン認定」の「基準見直し」である。

まるで悪魔に取り憑かれたような、「地球温暖化」という「エセ科学」に支配されて、「脱炭素」なる、視野狭窄症という病に罹ってしまった。
もちろん「目の病気」ではなくて、「精神病」が原因である。
ただし、この精神病の発症とは、利権がつくる生活習慣病の合併症なのだ。

連合国が決めた「SDGs」の根本にある思想が、地球温暖化対策という欺瞞の政策だから、これを「曲げない努力」とは、嘘の上塗り、しかない。
それで、もっともらしくするために、学術界の権威におカネを払って、政治目的に合致した「見解」を発表させるのである。

このときの「政治目的」とは、「利権」そのもののことをいう。

日米の「二極」に対抗して生まれたのが「EU」で、当時、彼らが着目し研究した「日本の強み」が、勘違いの「官僚制」だったのだ。
それでもって、日本以上に強大な官僚機構(「EU委員会」という)をもってヨーロッパを管理することに決めたのである。

EU委員会は、EU議会の「上位」に位置することが、ミソなのだ。
よって、EU議会の議決は「参考」とされるけど、それ以上でも以下でもない。

もちろん、いまでも旧田中派に「恩義」を表明する、中国のひとたちも、「日本型」の(利権)統治機構を学んで「パクった」のであったけど。

そんなわけで、原発を「グリーン認定」するばかりか、天然ガス発電も「グリーン認定」することにした。
石油より炭酸ガス排出が「少ないから」という理由で、申し訳なさそうに「化石燃料だけど」と言っている。

こんな「グダグダ」なヨーロッパを尻目にして、わが優秀な(文系)官僚機構は、震災以来止めていた原発を稼働させるのに躍起である。
ところが、電力会社が悲鳴を上げだしたのは、「運転要員」の技術者がいない、という深刻だ。

10年で「要員」が劣化する。
文系脳には思いも付かない事態が、現場ではできていた。
しかも、国立大学でさえも「原子力学科」を廃止してしまっているのだ。
経産官僚が、同級の出来の悪さで有名な文部官僚を「叱咤」していることだろう。

ゴータマ・シッダールタは、漢字で「瞿曇悉達多」と書くから、「叱咤」とは書かない。

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