人間は正確に同じ動作ができない

簡単な動作にみえるから,まねれば簡単にできる,かというとそうはいかないのが人間という動物である.
それで,長年の「研鑽」とか「修行」をこなして,なんとかできるようになるものだ.
こうしてできるようになったひとを,マイスターとか職人と呼んで尊敬のまとになる.

芸能の世界もまったくおなじで,それはなにも伝統芸能の分野だけではない.
しかし,わかりやすいのは伝統芸能における「芸」である.
子どものときから訓練されるが,不向きな子にとっての稽古は地獄の時間にちがいない.
「能」の狐役をこなせるようになるには,20年以上の歳月を要するというから,気が遠くなる.

もちろんスポーツの世界も「芸」のほかなにものでもないから,職人,は一夜にして誕生はしない.
かつて,名選手の長嶋茂雄に,バッティングを習おうとしたら,カーッときた球をカーッと打つ,と説明されてあきらめたという逸話があるが,職人の域に達したひとには,そう表現するしかないのだろう.

それは,長年の自分の努力を惜しんで教えないということでも,長嶋氏独特のとっぽさということでもなく,たんに自分がかつて練習で掴んだときの理屈の記憶をわすれて,感覚の記憶に昇華してしまったのではないか?
だから,ことばにならないのである.

日本が誇る,すばる望遠鏡のレンズを手作業で磨いて仕上げた伝説の職人も,自分の手のひらの神経がつたえる感覚がすべてであって,その感覚をことばでは説明できなかった.
このデジタル時代に,なぜ手作業で仕上げをするのか?
それは,現代のセンサー技術をこえる精度で研磨することができるのが唯一,訓練を積んだ人間だけだからある.

だから,ものすごく繊細な分野では,人間の職人技がぜったいに必要なのだが,IC(中央演算処理装置)をつくるときの精密かつ高速なハンダ付けにはマシンが活躍しているから,はなしは単純ではないようにもみえる.
しかし,キーはセンサー技術にある.

センサー技術の範疇におさまるのであれば,マシンが人間よりもすぐれる.
しかし,これをこえると,マシンはまったく歯がたたない.
ここに,人間の技の優位分野がある.
ここでいう「センサー技術」とは,センサーで見つけて修正すること,だ.

つまり,どんなに細かな「異常」を発見できても,それを修正・修復できなければ製品にならない.
すばる望遠鏡の例では,レンズの歪みを発見するのはセンサーで,それをひとが手作業で仕上げたのだ.
巨大なレンズにおいて,センサーがみつけた歪みを感じながら修正する,という動作が,マシンには不可能だったからである.

さて,以上のことを前提にすると,組織をうごかすのはやはり人間しかできないことだとわかる.
組織のなかのさまざまな状況を,マシンが把握するためのセンサー技術すらない.だから,修正も修復もマシンにはできない.
現在のAIの限界だ.つまり,いま話題の「AI」は,おもちゃみたいな段階でしかないから,過剰な依存は禁物である.

ところが,組織のうごかしかた,を肝心の人間がどこまでしっているか?となると,とたんに苦しくなる.
訓練を受けていないからだ.
これは、前回のブログで触れたとおりだ.

もう一方の,現場,という場面でも,おなじ状況がある.
人的サービス業のばあいは,とくにこれを強調したい.

カリスマ的な人材のみごとな動き.
簡単にまねできそうでぜんぜんできないことを,現場のひとほどしっている.
これを,あの人を見習え,というだけでいいのか?
どうやって見習えばいいのか?の追求がなくていいのか?

そこには,前提として,人間は正確に同じ動作ができない,ということをしらなければならない.

もっといえば,そのカリスマのかんがえ方,からまねる用意をしなければならない.
人間はかんがえる動物なので,思想が行動の原点になるからである.
それで,有名なカリスマの本には,そのひとのかんがえ方がくわしく書いてあるのだ.
具体的な方法は,じつは二の次なのである.

にもかかわらず,「この本はつかえない」といって投げ出すひとがたくさんいるのは残念だ.
もっとも重要なことを無視する態度は,うわべを追った浅はかな態度である.
だから,単なる方法が羅列してあっても,こうした読者には不満だろう.
「なにもあたらしいことが書いていない」と.

カリスマのおおくは,なにもあたらしいことなどしていない.
こころをこめて,最善の方法をつねに行動にしていたら,それが体に焼き付いてしまったのだ.
だから,その場その場について,適確な説明などできない.

それならばと,映像に記録して,本人の動作を瞬間瞬間でまねる訓練までしている会社がある.
本人が健在なうちに,これらの映像の「瞬間芸」を切り取って,本人に「コツ」を解説させる試みまで実行している.
その「解説」に,かならず「思想」の説明があるから,わかりやすい.

だから,こうした会社の訓練は,はじめ座学から,そして実技になるのである.

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