今さらの「安倍政権」を評価する

妙なことだけど、安倍政権というと「第二次」からをふつうは指すようになった。
これは、小泉純一郎政権の後を継いだ「第一次」の影の薄さがあるからだろう。

民主党政権の後に登場した「第二次安倍政権」への世人の期待は、「第一次」のときとはぜんぜんちがっていた。
ちなみに、第一次安倍政権の次は、福田康夫、麻生太郎がそれぞれ1年間ほどやって、民主党への政権交代になった。

このときの「妙」は、第一次小泉内閣で上司だった福田康夫官房長官を差し置いて、官房副長官だった安倍氏が後継内閣の首班になって、その後を福田氏が「継いだ」ことにある。

それが、もっと「妙なこと」に、わたしにはベートーヴェンの『ロマンス第1番ト長調』(作品40)と、『ロマンス第2番ヘ長調』(作品50)との関係が連想されてしまうのである。
なんだか、「1番」が地味で、「2番」に人気があることも連想の原因だ。

どちらも、「バイオリンと管弦楽のためのロマンス」ということであったけど、いまではもっぱら「バイオリン・ソナタ」に編曲された方が一般的な演奏になった。
しかも、作曲の順番は、2番が先で1番が後という不思議もある。

ベートーヴェンといえば、「古典派」とその後の「ロマン派」の中間に位置していて、初期のころは古典派、それがだんだんと「ロマン」に転じていくので、橋渡しのような役回りをした。

この曲ができた時代背景は、ナポレオンが「独裁」をはじめるときと合致している。
交響曲で言うと「2番」と「3番:エロイカ」の間にあたる。
ナポレオンへの憧れで創った3番の題名「ボナパルト」を荒く削り取って、「エロイカ:英雄」と書き直した逸話は有名だ。

もちろん、「ロマンス」とは、「甘美」という意味で、小品ならではの気品にも溢れている。
この曲を背景に、口説かれた女性はいかほどの数にのぼるのだろうか?
いや、ロマンチックな乙女は、自分の頭の中で「再生」して、自己演出に酔っているにちがいない。

さてそれで、安倍氏をベートーヴェンに例えているわけではぜんぜんないけれど、小泉氏が「ぶっ壊す」と絶叫していた、自民党が、ほんとうに壊れたのが第一次安倍時代から麻生時代といえるのではないか?と言いたいのである。

このブログでは、田中角栄が「被告人」でありながら、自民党の「乗っ取り」に成功し、その成果を竹下登にかすめ取られたときに、「終わった」と言ってきた。
派閥はあってなきものとなり、ぜんぶが経世会の利権方式となったのである。

こうして、角栄の愛娘である眞紀子は、自民党からスポイルされて、民主党政権にいったのである。

元来、自民党内の二大派閥とは、大銀行が合併してできた「旧行」の人事体系とおなじで、合併後の新入社員が頭取になるまで残るようなものだった。
吉田茂の自由党と岸信介の民主党の系統が、さらに細胞分裂したのだから、それぞれのDNAは、「祖先のDNA」を同じくしている。

銀行とちがうのは、派閥の看板がいつまで経っても消滅しないことにある。
ただし、上述のように、「やり方=金銭・利権で管理する」という方法は、どの派もおなじで、その源泉を派によって異にするから、消滅しないのである。

だから昔とおなじ、なのではなくて、「ちがうことができない」ということが、国民にとっての不幸のはじまりなのである。

それでもって、「憲法改正」という「甘言」をもって、安倍氏が選挙の陣頭指揮をとれば、何回やっても「圧勝」したのは、国民が「OK」を出しているからである。
しかし、8年もかけて、このひとは「できなかった」のだ。

このことの「損失」は、計算が難しい。
ここに、「時間価値」も加えないといけないからである。
ましてや、自国内の計算では済まず、外国の成長を含めた事情も加えるならば、「計算不能の損」をわが国にもたらした張本人だといえる。

それで、次の菅内閣は1年で終えた。
岸田政権が長期政権になる予想をするものは誰もいないなか、参議院選挙「前後」での交代も十分に予想できるほど、「支持されない」という難がある。

まともな「野党」が存在すれば、政権交代が起きる第一次安倍政権の状況とよく似ているけれど、不幸にもそんな野党が存在しない。
これには、野党への最大支援をしてきた「労組」の責任を、国民が「どうしてくれる」と問うても答えることができない不幸が痛い。

そんななか、憲法改正論議が進み出しのは、あろうことか国民を強制支配するためという、本来の改憲議論とはちがうことが喫緊の「目的」になってきている。

それもこれも、安倍氏の「未必の故意」による。

あえていえば、わが国に「明文憲法」は必要ない。
世界最古の王朝が現存するわが国にあっては、不文憲法で十分なのである。
これを、「保守」がいわないのは、「えせ」だからで、自民党の保守派とは、えせの集団に成り果てた。

しかるに、これらはぜんぶ「戦後の占領」がつくったDNAなのだった。
GHQのポチ=吉田茂しかり、CIAエージェント=岸信介しかり。
これからどうやって脱却するかが、わが国の未来を決める。
その意味でのレジスタンスをはじめないと、間に合わない。

近隣の独裁者が、わが国を舌なめずりして眺めているけど、ベートーヴェンのように「表紙を書き換える」ことでは済まないのである。

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